王妃の遺言
『我が国の偉大なる国王陛下
15年もの長きに渡り、お側に置いてくださいましたことに御礼申し上げます。
あの時、治癒の力を使い果たし衰弱していた私に、「生きろ」と魔力を譲渡してくださいましたね。でも、今回はしないでくださいませ。もう、疲れてしまいましたの。これで、やっと、父の、セオドアお兄様の、辺境の皆の側にいけるのですから。
分かっているのです。あの時、陛下が立ち上がらなかったら、もっと多くの命が失われていたことも。この国が滅びていたかもしれないことも。隣国が常にこの国を狙っていたことも。その機を逃さなかっただけだということも。私達が、辺境が弱かっただけだということも。
でも、それを認めてしまったら、父もお兄様もいなくなってしまうのです。
もう凝り固まった私の心を変えることは出来ないのですから、許さないでください。そして、陛下に安らぎを与えてくださる御方をお側にお迎えくださいませ。
これからの陛下の日々が健やかでありますことをお祈り申し上げます。
感謝を込めて ルナ』
『愛しい我が子 ルークとオリヴィア
私の宝物。私の最後の魔力は貴方達への防御に使います。これは病気や怪我から護るもの。ごめんなさいね…この魔法…体を護ることは出来ても心を護ることは出来ないの。だから、どうか、心の強い子に育ってください。母の最後の願いです。
そして、陛下を敬い愛してください。陛下を愛していない…愛さないと決めた…愚かな母に代わって、父親を愛してください。支えてください。頼みましたよ。
貴方達の幸せを誰よりも願っています。
愛を込めて 貴方達の母 ルナ』
陛下が視察で一週間城を空ける今しかない。ただのルナとして力を使い、消えていきたい。その願いを叶えるため、この一週間、名を伏せて数カ所の診療所で治癒の力を使い続けた。回復するよりも多くの量の魔力を使い、やっと、今日、自らの命を糧として力が使われ始めた…あと少し…。
就寝前の親子の時間。息子の部屋と娘の部屋を回り、もう一歩も歩けない私を侍女が抱えて寝室に戻る。自分の中の魔力が全て無くなったのが分かる。おそらく明日の朝、私は目覚めないであろう。
「ありがとう…メグ」
もう掠れた声しか出ない。幼い頃からずっと側に居てくれた姉のような乳兄弟。嬉しい時も悲しい時も、いつも…いつも。先に逝くのを許してね…。
辺境伯令嬢として生まれた。16歳の時、前辺境伯令息である従兄弟のセオドアと結婚予定だったが、式の一月前に王都で王弟によるクーデターが起き、それに便乗した隣国が辺境領に攻め込む。長引く争いに父親の辺境伯とセオドアは戦死。治癒の力を持つルナも共に戦うが、辺境伯軍は壊滅。クーデターを治め、辺境に進軍してきた王弟に助けられる。その後、王弟は即位。ルナは王妃となり、一男一女を産む。元辺境伯領は今も隣国の領土。
知らせを聞き、馬を急ぎ走らせて帰城した国王は、土埃で汚れたマントのまま王妃の寝室に駆け込む。
ベッドに横たわる王妃は、一週間前に見送った時よりも一回り小さく、乾いていた。枕元に置かれた椅子に息子が座り、その膝には泣き腫らして真っ赤になった瞳の娘が座っている。
「ルナ…」
触れた頬は青白く、すでに冷たい。あの日、腕の中で眠るルナの頬も同じように青白かったが、温もりがあった。もう遅い…。目の前が滲んでいく…。涙など王には不要だというのに…。
「お父様…」
体が温もりに包まれた。左右から息子と娘が抱きついている。その子らの体から薄っすらと感じるルナの魔力…。
「あぁ…母はお前達の側に居るのだな…」
「王妃ルナ
治癒の力の枯渇による衰弱死
中興の祖アーサー王唯一の妃」
後の歴史書にはこう記されている。
お読みいただき、ありがとうございました。