あんたのそういう所が嫌い
「え」
彼女はパチッと瞬きをした。怒った表情が剥がれて、素の顔になった。
「でも、私はあなたと踊りたいの。だから我慢できない事は言って。直すよう努力するわ」
彼女はふんとそっぽを向いてから起き上がった。次はリリーの番だ。マーガレットの冷たい手がリリーの足首をつかんだ。彼女は視線を避けながら、小さい声で言った。
「あんたの、そういう所が嫌い。不気味よ」
言葉は辛らつだったが、その口調は弱弱しかった。
「何で取り繕うの? 私の事嫌いなくせに」
「別にそんなことないわよ」
「嘘。皆私の事を嫌っているのに?」
皮肉げな声だった。
「嫌うほど、あなたのことを知らないもの。だから私は、あなたのものを隠したり、いじわるする気はないわ」
「そんなのわかってる」
彼女は体を離して横を向いた。これが最大限の彼女の譲歩なのだろうな、とリリーは察した。
そんなリリーとマーガレットを、クラスメイトも、ミス・レガートでさえもじっと様子をうかがっていた。
「リリー、マーガレットと何を話していたの? 嫌なこと言われなかった?」
練習後、皆口々にリリーの心配をした。リリーは平気だと手をふってみせた。
「大した事じゃないわ。どうも体調が悪いみたいね、彼女」
実際彼女はわかりやすい。ただわがままでプライドが高いだけに見えた。クラスメイト達が悪魔という
ほど悪い女の子には思えなかった。
「ふうん…体調ね」
いい気味だわ、とハニーは言いたげだった。そこでマーガレットがじろりとこちらを睨んでいるのに、リリーは気が付いた。
「さ、行きましょう。おなかぺこぺこ。今日のお昼は何かしら」
最後にちらりと振り返ると、マーガレットはまだリリーの方を見ていた。不満なような沈んでいるような、なんとも言えない表情だった。
日ましに寒さが厳しくなっていく。一面の銀世界に、真っ白な樹氷に覆われた木々を見慣れたころ、皆が待ちに待ったクリスマス休暇が来た。
「じゃあね、リリー。良いクリスマスをね」
「来年の休暇には、私の家に遊びにきてよね!」
玄関は生徒たちでごった返している。ハニーもアリーナも、旅行鞄をもって意気揚々と出ていった。家に招待されたが、リリーはどちらも断った。
(弟をあの屋敷にひとり置いて行ったくせに…自分は友人とクリスマスを楽しむなんて)
その思いがちらりと胸によぎった。忘れようと思っていても、弟は心の底にたしかにいて、時々こうして顔を出す。
ほとんどの生徒がいなくなり、空っぽ状態になった校舎をリリーはあてどなく歩いた。今日は冬晴れで青空がまぶしい。リリーは廊下の柱にもたれ、少しの間目をつぶって日光浴をした。こんな風に暇があると、普段は忘れていた罪の意識がふと沸き起こる。
(ユーナは、どうしているかな。私の事など、忘れただろうか)
そうなっていてくれればいい、とリリーは心から思った。母様でも誰でも、一緒に楽しく過ごしてくれていれば。
そう思うと、ふとマーガレットの事が頭に浮かんだ。彼女などきっと、実家に帰って豪勢な休暇を過ごしている事だろう。学校ではハリネズミのようにとげとげしい彼女だが、家族の前ではくつろいだ笑顔を見せるのかもしれない。
(…そういえば、彼女の笑った顔を見たことがないな)
取り巻きたちに囲まれている時でも、彼女が楽しそうにしている顔を見たことがない。いつも見下すような無表情か、片頬だけの冷笑だ。
一方で自分は、ちょっとしたことでも笑いさざめく年頃のハニーやアリーナたちに囲まれ、いつも楽しく過ごしている。彼女たちが鈴のように笑うさまは、目に快かった。けれど、一緒に声を上げて笑う事はできなかった。
(…マーガレットは、鋭いな)
「あんたのそういう所が嫌い」という声が耳によみがえる。
彼女にそんなつもりはなくとも、取り繕っているという言葉は自分の現状をぴたりと言い表されたようで、内心ぎくっとした。
楽しい友だちに囲まれていながら、一緒に声をあげて笑うことはできない自分。
皆を眺めて微笑みを浮かべるのは、本心をさらけ出さないためだ。
別れの時、リリーを責めたユーナの、涙をいっぱいにためたあの顔を思い出すたびに、苦い後悔が胸に広がる。
「ずっと好きだった」という言葉の意味を、半年以上たってもまだ考えている。あちらがとっくに忘れているとしてもだ。
これが、彼に心を寄せた代償だ。
人を想うと、無傷では済まない。だからハニーたちに囲まれて賑やかに過ごしながらも、自分の本心は口にできない。また代償を払う事になるのが嫌だからだ。
ユーナの時のように、猫に名前をつけられなかった時のように。
そんな自分のうわべの嘘を、言い当てられた気がしたのだ。しかし、リリーは首を振った。
(せっかくの休みなのに…やめよう、何の役にも立たない事を考えるのは)
ふと顔を上げると、窓から木立と、その向こうの街が見えた。教会の尖塔や、宮殿の丸屋根…。
(そうだ、街にいってみようか)
入学してまだ一度も学校の外へ出ていない。
リリーは事務所で外出許可を取り、足取り軽く門を出た。地面には雪が積もっていたが、この程度はどうということもなかった。
街中は、さすが都会なだけあり冬でも活気があった。立派な店構えの建物が立ち並び、ショーウインドウをのぞくだけで楽しい。
ぴかぴか光る色とりどりの靴、立派な毛皮のコートに、リボンやガラスの玉で飾り付けられたクリスマスツリー…。そのきらびやかさにわくわくしながら、リリーは歩き回った。
中でも目を引いたのは、お菓子屋さんのショーウインドウだった。大きなビスケットでできた家に、粉砂糖の雪が積もっている。家はシロップ漬けの果物や艶めく飴で飾りたてられて、煙突からはチョコレートでできたサンタクロースがプレゼントを背負って入ろうとしていた。
リリーは思わず前かがみになって見入った。
(お…おいしそう)
とたんにおなかがすいているのを感じた。学校に帰れば昼食にありつける事をありがたいと思いながら、リリーは立ち上がった。
その時、カランコロンとベルが鳴って店の扉が開いた。
「あっ…」
出てきたのは、なんとマーガレットだった。




