天使がみつけた子猫
窓の外は、今日も吹雪いている。リリーが体を縮こまらせながら寝間着を脱ぐと、切るように冷たい朝の空気が肌に触れた。粗末なドレスを身に着け、その上からなけなしのプラトークを巻き付ける。
リリーの持ち物は多くなかった。今身に着けているドレスと、母の形見のメダイとバレエシューズ。それだけ。
その時、部屋のドアがそうっと開いた。
「リリー、おはよう」
義弟の夢見るような青い目が、扉の隙間からこちらを見ていた。
「…おはようユーナ」
2つ年下の弟は、天使のようだとよく大人から言われていた。透き通るような金髪、柔らかな白い頬に桃色の唇。彼は、屋敷のやっかいな居候であるリリーにたいしても優しかった。
「リリー、寒いから僕の部屋においでよ」
「ありがとう。でも大丈夫」
ユーナは少しすねたように窓の外へ視線をやった。すると彼はぱっとそちらへ駆け寄った。
「リリー、見て!」
ユーナが手招きするので、リリーは窓から下を見下ろした。
出窓の下、石のレリーフの上に縞模様の子猫が一匹、うずくまっていた。
どうやら足をけがしているようだ。寒さに震えながら、怯えてこちらを見上げている。
「助けてあげなくちゃ」
ユーナはすぐさま窓を開け、子猫を部屋へと入れてあげた。ミルクをやると子猫はすぐさま飛びついた。
「よかった。このまま面倒を見てやれば、元気になるかな」
「母様に見つかったら、まずいよ」
リリーは用心深く言った。彼の母、タチアナは動物がきらいだ。というより彼女がきらいでないものはこの弟くらいだった。
「そうだね…でも、このまま外に出すなんてかわいそうだよ」
弟はそう言ってリリーを見上げた。彼は言い出すときかないときがある。仕方ない。
「……わかった。私の部屋でめんどうを見るよ。ここには、めったに母様はこないから」
その時。扉の外からユーナ、ユーナと弟を呼ぶ声がした。タチアナだ。リリーはあわてて子猫を隠し、ユーナを部屋から出した。
朝夕、餌をやっていると子猫はだんだんリリーに慣れてきた。常に膝にとびのってくるまでなついた子猫に、普段あまり笑わないリリーの頬にも、思わず笑みがうかぶ。
「ちゃんと歩けるようになってきたじゃない」
なん、と子猫はリリーを見上げた。まだ赤ちゃんで、縞模様の毛はふわふわしている。くるっとした丸い目で無心にこちらを見上げるその様子を見ると、冷えて固くなった肩の力が、ほっと抜けるような心地がした。
「かわいい。でも…名前はつけないでおこう」
この家の居候の自分が、さらに居候を懐に抱え込んでいる。いつ見つかって取り上げられてもおかしくない。
だからこの子の面倒を見るのは春まで。暖かくなったらこっそり外に放してやろう。リリーはそう決めていた。
だが、事件は起こった。
ある寒い夕方に、タチアナの寝室から叫び声がした。耳に突き刺さるようなその罵倒の声に、リリーは恐れていた事が起きたと悟った。
子猫が部屋から脱走してしまったのだ。
「お前だね! 私の部屋に汚い動物を放したのは!」
タチアナは容赦なくリリーに手をあげた。そばに控えるメイドは床にたおれたリリーをさりげなく避けた。
這いつくばりながらもリリーは部屋中に目を走らせ子猫を探した。
そんなリリーに、タチアナは再び手を振り上げた。
「何様のつもりだい、汚らしい、踊り子の娘風情が……ッ!」
打たれながらも、リリーは子猫がベッドの天蓋のカーテンの間に身を縮こまらせているのを発見した。助けなくては。
「ごめんなさい、ごめんなさい、今すぐ外に出しますから…」
リリーは必死に謝った。が、タチアナは傲然と言い放った。
「外に出したりなんかしたら、また私の部屋に入り込んでくるでしょう!今ここで始末しておしまい」
「そ…そんな……」
顔から血の気が引くのがわかる。しかしタチアナの目は本気だった。
「ほら、早く! お前がしないなら、アンナにやらせるわ! 暖炉に放り込んでちょうだい」
母様はメイドに目配せをした。リリーの背筋はひゅっと冷たくなった。
「それだけは、お許しください。お願いです……!」
リリーは勢いよく床に頭をつけて許しを乞うた。