08 アフターストーリー②『自己分析』
思えば僕は、自分がどんな人間なのか──しっかりと見返したことがなかったと思う。ただいつも『出来損ない』だと一蹴して、自分を真面目に客観視したことがなかったのだ。
それに気付いたのは、二年生。五月の話である。
自分を、他人から見てみる。
「なあ、鴉坂?」
「何かしら」
「お前ってさ、自分で自分がどんな人間か把握しているか?」
「……してるわ」
学校の授業終わり、放課後。
いつものように僕は夕暮れが照らす部室で、鴉坂と会話していた。パイプ椅子に座って、今日は読書に勤しむ彼女。
文学少女はこちらを一瞥すらせず、読書にふけていた。
勉強熱心で何よりである。
「じゃあ具体的に言うと、どんな人間なんだ?」
「そうね。『最強天才ツインテールツンデレ』かしら」
「ここまで何も当てはまっていないことある?」
思わず吹き出してしまいそうな、彼女の自己分析。
……ふざけているのだろうか。天才ってさ、自分のことを天才っていうもんなの? 能ある鷹は爪を隠すんじゃないの?
僕が目指しているやれやれ系主人公は、能ある鷹は爪を隠すパターンだぜ?
事なかれ主義の凡人が、実は隠れた実力者でしたってやつな。
あれ、憧れるよね。
……僕には無理だ。
「でも、なんでそんなことを聞くのかしら?」
「いや、唐突に気になってさ。……僕は今まで、しっかりと自己分析してきたこととかなかったから」
「ふーん?」
「自己分析、大切だろ?」
自分がどんな人間なのか知ることは、とても大切だと思う。
いずれどこかで聞かれた時も、流暢に答えられたほうがいいだろう? 自己紹介をする時とか、就活の面接とか、大学の推薦面接とかで、役に立つはずだ。
少なくとも、僕はそう考えているのだけれど。
「あなたと一緒の意見と言うのは、全細胞が破裂するほど厭だけれど、それには同意するわ」
「要は死んでもイヤってことね」
「そうね」
……そんな僕って、嫌われているのか?
ちょっと怖くなってきた。
対人恐怖症になってしまうかもしれない。
コイツのせいで!
「はあ」
「で、貴方はどうなの? 自己紹介」
「え、僕か?」
「氷室政明クン。貴方は、貴方自身のことをどう思っているのか。興味深いわ」
そこで初めて彼女は、本から僕の方へと視線を寄せるのだった。読書中であった本にしおりを差し込んで、勢いよく丁寧に閉じる。
そして鴉坂は、僕へと話題を振ってきたのだ。
ぼ、僕か……。僕の自己分析か。
「うーん、なんだろうな」
自己分析。
自分を客観視して、自分がどんな人間なのか言語化する。
身分を説明するだけなら、
『日向第二高等学校に通う高校二年の生の男の子』
と簡単だ。
だが自己分析というのは、そういうことじゃない。
性格やらも含めた総称じゃなきゃ、ならないだろう?
だから……かなり難しい。
「僕ってなんだろうか」
「陰キャのアニメオタク?」
「いや、それは正しいんだが……なんかバカにされているようで、使いたくないな」
「あら、気付いたの?」
彼女は思いつかない僕に提案してくれるけど、やはりただの侮蔑だった。
そんなもの使うか!
「……自己分析って、難しいな」
「そんなことないわ。だって私は即答できたもの。あ、ごめんなさい。私が天才だっただけかしら?」
「うざいなおい! 煽るな、僕を煽るな」
───やはりとげとげしく、攻撃力の高い文学少女。
文学少女っていうのは、大人しくて凛々しんじゃないのか!?
僕のイメージと正反対を行く、文学少女に……僕は叫んで、反論することしか出来ない。
「で、どうなの? 出来たの自己分析は」
そんなことをしていると、早く結果をいえと催促されてしまった僕。
しゃーない。思い切って、思いついたことだけで言ってやる!
「そうだな。僕は『天才頭脳派イケメン』っていったところかな」
「……そう」
「ギャグをしたのに、大きなリアクションさえもされずにスルーされるのが一番心に響くんですが!?」
「そう。それを知っているから、私はそんなリアクションをとったのだけれど?」
非道! それが 最強天才ツインテールツンデレのやることか!?
……あ、こいつはそうじゃなかったわ。ただの暴言毒舌ロングお嬢様だった。間違えを心の中で訂正したのちに、僕は続ける。
「なんてやつだよ、お前」
「なんですって?」
「え?」
「私が、暴言毒舌ロングお嬢様ですって?」
「なんでばれてる!?」
的確に、一言一句。
何の間違いもなく、彼女は僕が──鴉坂に対して抱いているイメージワードを当てやがった。
心でも読める異能力者かよ。
「そりゃあ、貴方の顔にそう書いてあったからね」
「そんなバカな……もしかして」
「え?」
「──お前まさかッ、心理〇握能力者か!?」
「え? あ、まぁ、そうよ」
そうなのかよ。
元ネタを理解できていないぽかった文学少女は、呆れたような、困惑したような表情でそう肯定する。
まじか。
まじなのか。
色々な方面から怒られそうだけど、大丈夫?
いや、僕が大丈夫じゃないか。
「そういえば、氷室クン」
「なんだよ」
「……あと一か月ぐらいで体育祭じゃない?」
「ん。まあ、そうだけど。それがどうした」
鴉坂は急に話題を断ち切り、新たなタネをまく。
どうやら一か月後に迫った体育祭の話らしい。梅雨に入る六月。梅雨が終わる六月下旬に開催予定……だったはずなので、まだ一か月というよりは実質二ヶ月先なのだが。
細かいことは、今は気にしなくていいだろう。
「楽しみにしている?」
「しているわけないだろ。僕がスポーツ万能に見えるか?」
「見えないわね」
「……そう即答されるのも、悲しいけど。事実だから反論出来ないな」
うん。
「じゃあ運動音痴、でいいんじゃない?」
「何が?」
「自己分析よ。『運動音痴の無能探偵部長』それでいいんじゃない?」
……それでいいんだろうか。
適当過ぎない? それに、役に立たないパターンの自己分析だ……。自分のダメな部分を押し出す、面接とかで使えない自己分析だった。
「言っていいか。悪い部分が全面的に出ている自己分析が役に立つか?」
「逆に言うけど、貴方に良い部分とかあるの?」
「ない」
「ふ、悲しいわね」
即答だった。
自然と、喉から声が出た。
そうだ。僕に、氷室政明に、『良い所』なんてない。
少なくとも、現時点では……見つけられていない。
だから、ないのだ。
「あー……そうだな」
「?」
だが、なんかそれだとちょっと、いやかなり悔しい気がしてしまったのだ。あまりこういうところで意地を張らないと自称していた僕なのだが。……彼女と一か月接していただけで、少し自分が変わってしまったのだろう。
向上心のあるネガティブ思考な鴉坂朱奈に、少し嫉妬してしまったのかもしれない。
その向上心を、憧れてしまったのかもしれない。
僕も……そんな向上心がほしいと。
柄でもなく、彼女に言ってしまう。
「なら、楽しみにしてるんだな」
「え?」
「体育祭で、鴉坂をツンデレにしてやるからさ」
本当に、柄でもなく。
そんな、ふざけたことを──言ってしまうのだ。良い所がない自分っていうのは、少し悔しい。僕だって他の、普通の、高校生みたいになりたい。
良い所がほしい。普通になりたい。出来損ないではいたくない。
プライドを溺損なった彼女が、もう一度プライドを拾い上げるために頑張ろうとしているのと同じように。
出来損ないである僕は、出来損ないから脱却したいのだ。
──だから僕は彼女に、比喩する。
探偵らしく。
真正面から、体育祭という苦手な分野に。
立ち向かって。
お前がツンデレになるぐらい……、氷室政明は『魅力のある良い人間』なんだって、宣言出来るように。
変わってやると、宣言したのだ。
自己分析した今日は、確かに意味のある一日であったと……僕はそう確信していた。たとえどれだけ部分的な分析でも。自分のダメなところが知れたのだ。『運動音痴』。
まずはそこから、変えていこうと、努力していこうと思う。
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