07 アフターストーリー①『探偵部』
二年生の五月。
あれから一か月が経過した、今日。僕は……部室に設置されているパイプ椅子に座り、目の前の机で倒れていた。
「……今日は疲れた」
「疲れた? 疲れてなんかないわよ」
隣のパイプ椅子に座っている少女は、我が助手になった──鴉坂朱奈。黒髪ロングで、プライドを溺損なった毒舌美少女だ。
今日の彼女はなんだか優雅である。
いや、いつもそうだけど。
僕は眼下の机に寝そべりながらも、ゆっくりと顔だけを横向きにして……鴉坂を一瞥した。
「というか、鴉坂。何してるんだよ」
「私? 私はいま、コーヒーを飲んでいるのよ」
「スマホと弁当は例外としてさ。この学校て基本的に、勉強で使うもの以外は持ち込み禁止じゃなかったっけ?」
「禁止ね」
どこから持ってきたのか。
鴉坂は湯気がたつ、真っ白なコーヒーカップを持つ。カップの側面には、可愛らしいウサギがワンポイントにデザインされていた。
「そのコーヒーカップ、学校のか?」
「いいえ。私のよ? それの何が問題かしら」
「さっき言っただろ、禁止だぜ。それ」
勉強で使うもの以外は持ち込み禁止なんじゃないのか……?
彼女の私物だというコーヒーカップは、大丈夫なんだろうか。
「別に意味の分からない校則なんて……裏じゃ守る必要なんてないわ」
「あるだろ」
「いいえ、ないわ。だって私がルールだもの」
「あんたは、どこぞの英雄王かよ──」
「そうよ?」
「そうなのかよ!?」
僕の驚きに、彼女は冷淡なリアクションのまま言う。
「噓よ」
「……噓なのかよ!?」
「そうよ」
「そうなのかよ!? ──って、ループしてるじゃねえか!」
「それもそうだけれど。『ウソ』と『ソウ』……回文ではないけれど、この二つの言葉は面白いわ。一つの言葉を反対に読むと、もう一つの言葉になるのよ」
ウソ⇔ソウ。
「……はあ、そうだな」
確かに、面白い関係だ。
だが僕は、そんなことを話したいわけじゃない!
「それよりもよ」
「それよりも?」
「なんでかしら」
「なんて?」
彼女は放課後の──赤光を浴びながら、コーヒーを音を立てずに飲む。汗の一つすらなく、余裕そうな表情で彼女は液体を喉へ入れたのだ。
「なんで探偵部なのに、探偵らしいことをここ一か月させてくれてないのかしら! この……私に」
あからさまに苛立つ声。
そんな声で、彼女はそう現実を憎んだのである。
『せっかく探偵部に入って助手になったのに、なんで探偵らしい……事件一つやらせてくれないのか』
という事実に対して。
いや、それは僕も知りたいよ。
「この一か月。私たちがやったことと云えば……『ごみ拾い』『トイレ掃除』『校長の接待』ぐらいしかしてないわよ」
「そうだな、それは僕もそうだ」
「なんで力をつけるために助手になったのに、こんな他の誰にも出来るボランティア活動しかしてないのかしら?」
「……いやだって、ああいう風に『依頼』が来ること自体が稀だしな」
彼女の願いを叶えてやりたい気持ちは、山々である。
だけど、そんなことは出来ないのだ。……なにせ、探偵が必要になる事件なんてそうそう起こるはずがないのだから。
事件が起こらなきゃ、探偵は要らない。
探偵らしいことなんて出来るはずがないのだ。
「そうなの?」
「そうだよ。それに依頼が来たとしても、それこそ……ただの奉仕活動みたいなことをしてほしいみたいなもんだし。『なんでも屋』だよ、僕たちはな」
「なんでも屋……。想像していた探偵部とは、違うわ」
「そうかもな」
痺れを切らした美少女は、立ち上がる。
そしてなんでかこちらを睨んできた。
その眼力で、僕は殺されそうだ。
「……」
「な、なんでしょうか?」
「事件を探しに行くわ──」
鴉坂朱奈は『やると決まれば、やる』タイプ。
『動くと決まれば、すぐに動く』タイプ。
「探しに行くって、どこに?」
「決めてないわ」
それが『氷結の天才お嬢様』の本性である。
悪く表現してみると、そう。『見切り発車の冷酷毒舌お嬢様』だ。
「じゃあ僕もついていこうか?」
「付いてこなくていいわよ」
「探偵に助手は憑き物なんだろう? なら、助手に探偵は憑き物なんじゃないか?」
「それは反例として成立しないわ」
と。
そんな会話をしていた時。
ふと、彼女が部室を出るよりも早く──誰かが、探偵部の扉を開けるのだった。誰だよ、こんな時に入ってくるヤツは。
「やっほ~」
……前言撤回しよう。
それは完璧なタイミングだった。開いた扉から入ってきたのは、いかにも能天気な雰囲気をまとう女性。
ミルクティー色の長い髪に、茶色の瞳。
整った顔立ちに加えて、そのビックな双山。
現れた女性の正体は。
”ほんわか系”国語教師『貝絵楓』先生だった。
「貝絵先生、どうしたんですか?」
「えぇ? 私は一応、探偵部の顧問だからね? 視察に来たんだよ~。あのお嬢様が、氷室くんとどんなお話をしてるのかなって気になってたしー」
「はあ……」
一応、いま彼女自身が言ったように貝絵先生は探偵部の顧問である。
しかし、ここに来る頻度はとても少ない。一か月に二回くれば十分、といった程度。
なので実際、貝絵先生は……幽霊顧問だ。
「で、何を話していたの?」
「何も話してません、貝絵先生」
即座に会話をしていた事実を否定する少女が一人。……おい、それは哀しくなるぞ? 内容がないよう、だったかもしれないけどさ。僕は彼女と会話していたつもりだったんだが。
「あらぁ、そりゃごめんね~」
貝絵先生が来ると、いつも部室の空気がのほほんと……ほっこりするのだけど。
今回の場合は『恐ろしいピリついた』空気を纏う鴉坂がいるので、その空気感は相殺されている。
貝絵先生と鴉坂は、なんだか、吐き気がするほど相容れないのだ。
理由は良く分からないんだけれど、それだけはハッキリとしていた。
たぶんだが。
生徒と先生。という関係以前の問題で。
性格が正反対な所為なのだろう。
「はあ、空気がキツい」
「なんですって?」
緩慢に起こした体で、机に頬杖をついて僕はそう愚痴を漏らす。
僕の孤独。唯我独尊の独壇場だった探偵部は──いつから、彼女たちに支配されてしまったのだろう。
一年生の時は、辛かったけれど、同時に面白かった。
その記憶を、これから上書きすることは出来るのだろうか?
否。きっと出来ない。
「なんでもないよ……。ただ、新生活に慣れる必要があるかなって。ちょっと思っただけ」
でも、また別の楽しみ方は出来ると思う。
いくら出来損ないで孤独になった僕とはいえど、プライドだけは溺損なってなどいないのだから。
”出来損ないの僕は、プライドだけを溺損なわないのだ”。
───だから自分らしく、新しい環境での楽しみ方を見つける必要があるだろう。空白の一か月。始まりの一か月間を超えた末に、僕はそんな結論に至るのだった。
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