04 転
……あれから、何十分が経過しただろうか。
かなり探し回ったけれど、結局彼は見つからなかった。終わりだよもう。そう思いながら、三階を回り続ける。
三階には一つゲームセンターがあるのだが、そこに彼らしきヤツはいなかった。
他の店も沢山回ったけれど、結果は先述した通りである。
「はあ、いないな」
スマートフォンからはまだ何の通知も来ていない。
つまり、彼女たちもまだ見つけられていないということだ。
やはり、山林凛の言葉は噓で、最初から彼は……ショッピングモールにいなかったのだろうか──?
「トイレに行くか」
ため息を一つこぼして、そうすることにした。
今は午後六時半。フードコートの方はまだ混んでいそうだが、もう三階付近の人だかりはなくなってきている。
……もうみんな帰りつつあるのだ。
もう時間はないだろうな。
取り敢えず僕はトイレに行こうと、辺りを見渡す。どうやらこの三階、僕がいる……エリアにはトイレがないらしかったのだ。
ここから下へ一個下りればすぐ近くにあると全体マップに書かれていたので、僕は再びエスカレーターを利用した。
そして、二階へと降りる。
確か二階では……阿久津が探し回っているはずだけれど。エスカレーターを降りる人間が僕しかいない中、ゆっくりとした足並みで降下を待つ。
そして二階へと降りきると、僕は最寄りの男子トイレへと直行した。
「ふぅ、間に合った」
安堵の息をもらしながら、トイレを済ませ……お手洗いする。
そこで僕は気が付いたのだが、そういえば今日は『ハンカチ』を持って来ていない。だから石鹼と水で洗った濡れた手を拭く手段がなかったのだ。
緊急事態に焦る僕だが、まあ濡れててもいいだろう。
綺麗好きからしたら嫌われるかもしれない結論で、僕は自然乾燥を待つことして、トイレを後にした。
まあ、いいでしょ。
これぐらいのことは。
うんうん。
「ん?」
濡れた手のまま僕はトイレから出た。
その時だった。ふと、一人の人物が目に映る。『阿久津アキ』。その人物の名前が、脳裏をよぎったのだが……そりゃそうだ。
僕はなにせ彼女の、衝撃的な現場に遭遇したのだから。
そう。
阿久津は隠れているつもりなのか、ショッピングモールの柱の角に立ち、そこからどこか遠くをじーっと見つめていたのである。
そんな傍から見たら明らかに不審者すぎる──現場。
思わず、この僕でも苦笑いのリアクションしか取れなかったのだが。忍者のような足で、僕は彼女の背後へと迫った。
そして声をかける。
「見つかったのか?」
「……え? あ」
声の掛け方が相当下手な僕だ。
最初の第一声が多少裏返ってしまったのだが、気にしないでほしい。それよりも重要なことが、今あるからな。
阿久津も急に声をかけられてびっくりしたのか動揺した様子を見せていた。
「ど、どうした?」
「……いや、え、っはい」
「え?」
「見つかりました」
それもかなり、だが。
それは言及するべきではないだろう。
なにせ彼女は僕が先程見た衝撃的な現場よりも──衝撃的で、ショッキングな現場を目撃してしまったのだから。
彼女は柱の先、数十メートル離れた先、運が悪いことに……『彼女が好きな』本屋の前を歩いている男女をバレないように指差した。
そして僕は気が付く。
あの男女。そのうち、制服を着た男の方の正体が……山林凛であることに。
女連れ。
それが何を意味するか。それは言わなくても分かるだろう。
「……ああ」
そこで理解する。
なんで彼女がこれほどまでに動揺しているのか。
その理由は、僕が思っていたものではなかったのだ。
『僕が急に声を掛けて、驚かした』。
そのせいで動揺しているのではない。
……いや、原因として一割ぐらいはあるかもしれないけれど。あっても、それぐらいだろう。
彼女が動揺している原因の九割は──そう。
”阿久津アキの彼氏である山林凛が、別の女の子を連れて歩いていた”という事実が確定してしまったことなんだろう。
そりゃそうだ。
浮気されたら、びっくりするに決まっている。
それも、高校生だ……。
メンタルが完全に成長しているわけじゃない高校生に、この仕打ち。
そのショックの大きさは、決して計り知れるものではない。
それでいて、彼女は自分自身に追撃を仕掛けるように。更なる事実を述べた。
「日曜日と、違う女だ……」
「え?」
……。
…………。
それ以上、僕が彼女に何か言う事はなかった。
ただ無言で携帯を取り出して、カメラアプリを起動して、この現場……をしっかりとデータとして残しておく。
僕には、それぐらいしか出来ることがなかった。
ああ。
これなら、彼を見つけない方が良かったかもしれない……。
この僕がそう思ってしまうほどに重い空気だった。
だけれど、彼女はそれが許せなかったらしい。その空気をぶち壊すつもりだったのだ、阿久津アキは。
だからこそ、彼女は僕から離れて、乱暴にも走って──彼のところへと向かうのだった。
それはまずい気がする。
「ちょ、阿久津さん、待って!」
でも、そんな制止の言葉が通じるわけない。
そんなのは分り切っていた。
だから僕も、遅れながらも反応して、彼女を追う。
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