03 作戦
行動しようと決まれば、僕は早い人間だ。
すぐさま学校の用意や財布、スマートフォンが入った自身の黒鞄を持ち上げて、浮気調査へと向かう準備をする。
「で、どうするかは決めたの?」
「まあな。取り敢えず、ショッピングモールに行ってみようっていう考えだ。幸い……山林が言ったことが噓じゃなければ、ショッピングモールにアイツはいることになるからな」
「そう」
「だが、もたもたしてると用事が終わってしまうかもしれない。だから今から行くんだよ」
そして。
「そして、アイツが何をしているのか監視する。……他の女の子とまたデートしてたら、浮気、立証完了てところだな」
僕の考えたプランはこうだ。
①『ショッピングモールに行き、山林凛を見つける』
②『山林凛が何をしているか、バレないように監視する』
③『もし他の女の子とデートしていた場合、写真だけ撮って証拠を残しておく』
……本当にアイツが浮気しているのなら、それでチェックメイトである。
写真を阿久津の携帯に送って、あとは勝手に問い詰めてもらう。それでシューリョーの、簡単なお仕事だ。
まあ浮気してなかったら、また何回か監視しなきゃいけなくなるが。仕方がないと割り切ろう。
なにせプロの探偵、彼らが行う浮気調査こそ長丁場と聞くし、ある程度は覚悟しておかなくちゃいけないだろうな。
「なるほどね、じゃあ行きましょうか。ほら、アキ。立って」
「う、うん……」
シュナは、未だ俯いていた阿久津の手を取って立ち上がらせた。シュナが阿久津に送る声色は、僕に対してのものと違って、かなり優しめである。
これって差別ですよね?
僕は泣きたいです。
「というか、お前ら──ついてくるつもりなのかよ」
「ほら、いったでしょう?」
「何をだよ」
「探偵には浮気調査が”付き物”だって」
いや、それは確かに言ってたけどさ。
それとこれ、何の関係があるんだよ。
「それがどうしたんだよ。何の関係性もないように思えるが」
「……それと同じように。探偵には助手が”憑き者”でしょう?」
「ああ、そういうこと」
──どうやら、そういうことだったららしい。まあそうだな。探偵に助手は必須かもしれない。盛り上がるためにはな。
不思議と彼女の論理に納得してしまう自分が、ここにはいた。
「じゃあお前らは仮の助手一号、二号にしてやるよ。ありがたく思うんだな!」
「思わないわ」
「そうくるだろうと思ってたよ。だからといって、何かするわけじゃあないけどな」
そんなわけで、僕たち三人はショッピングモールへと向かうことになるのだった。
ショッピングモール『夢輝』。
それは日本全国に展開している、超大手のショッピングモールである。そして……僕たちの学校近くにも、比較的大きな三階建ての夢輝があった。
そんなわけで日向高校に通う高校生たちの放課後は、基本的にそこで遊ぶというのが定番であったのだ。
映画館はあるし、フードコートはあるし、眼鏡屋に、本屋……他にもファッション系、良く分からない商品が沢山並ぶ店など、様々なジャンルがあるショッピングモール。
そんな便利なここは、デートスポットとしても勿論定番であった。
僕には縁遠い場所である(二回目)。
「やっと着いたか……」
「やっと……って、十分も歩いてないわよ?」
「うるさい、うるさーい! 僕はな運動音痴なんだ」
「それでよく毎日、学校に登校出来てるわね」
……まあ中学校の頃は、体力不足が原因で不登校気味だったしな。
「っと、そんなことはどうでもいいんだ。中に入ろう」
「ええ。……アキも行きましょう」
震えるアキの手を取って、シュナが僕のあとについてくる。
ショッピングモールの大きな自動扉から入ると、一気に音と光、空気が差し込んできた。外とはまるで違う空間だ。ところどころから大きな声が聞こえてくる。
もう夕暮れ後なので、天井につけられた照明は眩しい。
それに空気が暖かかった。エアコンのおかげだろう。
文明の利器というか、人間の科学力というものは……やっぱり凄い。
「アイツを監視するって言ってもな、まずはいるかも分からない目標を探すところから始まるからな。どうしようか。なあ阿久津さん、あんたは分からないか? 山林がいそうな場所とかさ、予想ついたり」
「うーん。本屋、とかですかね?」
「本屋? 彼は本が好きなのか?」
「いえ、私が好きなんです」
へえ、なるほどね。
「彼が好きなのは……そうですね、どこでしょう。ゲームセンターとかですかね? 前に、そんなことを言っていたような気がします」
どうやら案外、ああいうガチ陽キャでもゲーセンが好きらしい。
そうなんだ。意外だな。
「じゃあ手分けして探すとするか、見つかったら互いに連絡してさ。合流っていうことで」
「……ちょっとまって、どうやって連絡するのよ」
「──ああ、そうか。アドレス」
そうだ。
コイツらは家族じゃないんだから、メールで連絡を取れないんだった。……まだアドレスを交換してないんだから。
僕は背負っていた鞄からスマートフォンを取り出して、文句を言ってきたシュナに渡した。
これで彼女と連絡先を繋ごう、という算段。
「貴方、携帯の使い方が下手くそね。アプリの並び方がごちゃごちゃよ」
「余計なお世話だ、ほら。これ」
「……探偵さん。携帯に登録されている連絡先少なすぎない?」
「余計なお世話だッ!」
僕のスマートフォンに登録されている連絡先は、四捨五入してゼロである。……ダメだ。四捨五入して数字を盛ろうとしたら、悪化した。
──これを詳しくいうと悲しくなるので、僕が持つ連絡先は『一桁』であるということだけ明言しておこう。
相手は家族と、たった一人の友人だけだが。
「ほら、登録したわよ……私のやつ。感謝しなさい。貴方みたいな陰キャ探偵が、この私と連絡先を交換出来るなんてね。奇跡以外の何者でもないわ」
「お前は何目線で話してるんだよ」
「上からよ」
「そういうことじゃねえ!」
上から目線なのは、分り切ってる。
そういうことじゃなくて……お前は誰目線で話してるんだよって言いたかったのだ。僕とあんたは同級生、同じ立場、同じ目線に立つ存在のはずだろう?
「まあ、ありがとうさ」
「なにそれ」
「感謝だよ。僕なりのな」
「ふーん、受け取らないでおくわ」
「……なんでだよ」
と、ギャグトークをしていると。
「ごほんっ!」
痺れを切らしたように阿久津が咳込んだので、話を進めることにした。
取り敢えず、僕は人生で初めて……女子とメールアドレスを交換した。とだけ此処に書き残しておく。
「さて、じゃあ探しに行くとするか。僕は三階を探しに行こう」
「じゃ、じゃあ私は二階にします……」
「なら、私は一階ね」
僕が三階。阿久津が二階。シュナが一階。
そういう配分になったので、早速僕たちは分かれることになるのだった。僕がもし彼を見つけた場合、素早く彼女たちに伝えなきゃいけないので、スマートフォンは制服ズボンのポケットに入れておく。
「よし」
そして僕はその場から解散し、エスカレーターで三階へと向かうのだった。
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