02 経緯
「で、どういう経緯で……彼氏が浮気? してると思ったんだ」
あれから数分が経過した。
僕はテーブルをまたいで対面、用意したパイプ椅子に二人を座らせた。……まずは経緯を聞くところから、僕の部活動は始まる。
早速、僕は阿久津アキに問う。
”経緯”。
「あれはですね……はい。一昨日のことでした」
「日曜日か」
「はい。日曜日の夕方。私はお母さんと一緒にショッピングモールでお買い物をしていたんです」
「うん」
「その時に、偶然私の彼氏である……山林凛を見つけたので、話しかけようとしたんです」
時は日曜日の夕方。
明確な時間ではないが、取り敢えず今回はさほど時間が大事ではないので……今と同じ五時ごろと仮定しておく。
そして場所はショッピングモール。
ふむ──基本的に休日引きこもりマンの僕には、縁遠い場面設定だな。いや設定じゃないか。
「話しかけようとしたんですが……その時の凛は、女の子を連れていたんです」
「女の子?」
「はい。しかも可愛いったらありゃしないです! 凛はニコニコの笑顔で、私なんかよりもずっと可愛い女の子とデートしていたんですよ!? もうなんだかわけわかんなくなって、その時お母さんの前にもかかわらず私……泣いちゃったんです」
「そうです、か」
凛。山林凛という男の名前を、僕は知っていた。
……たしかサッカー部の部長を勤める、みんなに優しいスポーツ万能イケメンだったはずである。異世界に転生しなくても、モテモテなハイスペック男。
そう。山林凛はクラスのムードメーカーであり、同級生からの信頼も厚く、人気が高い。この高校に通っていれば、いやでも名前を耳にする……生徒なのだ。
───勘弁してくれ。
僕がそんな太陽に触れたら、翼をもがれるどころか、蒸発するぞ? 浮気調査とかいう名目でお近づきになろうものなら、他の取り巻きからフルボッコにされそうなんだが。
そんな冗談はともかく。
いや、未来予想はともかく。
つまりこのネガティブ思考少女は、そんなキラキラ君と付き合っているわけだ。
一見とても相容れなさそうな二人だが、案外共通点があるのかもしれない。
少なくとも、僕には見つけられなかったけれど。
「僕も名前だけなら聞いたことあるけれど、山林は女癖が悪かったりするのか?」
「……分かりません。いつもみんなに優しいから。でも、私をしっかりと愛してるって言ってたし。でも、凛はみんなにモテモテだから。裏ではそうなのかも、しれません」
彼女は山林凛の裏を脳内で想像したのか、肩が震えていた。涙目で予想する彼女は、なんだか可哀想である。
───ま、僕は『リア充爆発しろ党』の一人だから。
悪い気はするが、共感することは出来ない。
すまんな。
「今日の朝も、『放課後遊ばない?』って凛を誘ったらですね……今日はショッピングモールで買い物しなきゃいけない用事があるから、無理って。断られたんです。因みに昨日もですよ!?」
「ああ」
「これって、おかしいですよね」
「おかしいな」
そうだな。お菓子食べたいな。
「まあ、調査する価値はあるかもな……。分かった。浮気調査なんて──やりたくないけれど、やってみよう」
「本当ですか!?」
「まあな、一応部活動だし」
僕は現在部員一人の、探偵部の部長だからな。
探偵らしいことはしておかなきゃならないだろう。
……そう。実績をつくっておいて、新たなる部員を募集するのだ。
そういう作戦。
やはり時代は学歴なり、実績なのだ。
〇〇事件を解決した名探偵が部長を務める──探偵部へぜひ! どうだろう? こんなキャッチコピーはありじゃないだろうか?
反応する人がいないので、何とも言えないけれど。
「ありがとうございます!」
さて。取り敢えず、経緯は聞いたので……重い腰をあげて浮気調査をしようじゃないか。
「で。探偵さん、これからどうするつもりなの?」
パイプ椅子から立ち上がった僕に、今まで黙っていたシュナが問いかけてきた。それは愚問じゃないだろうか。
何をするかは、言ったばかりだぞ。
「え? だからそりゃあ、浮気調査だって」
「浮気調査。その具体的な行動を教えてほしいのよ」
「あ。あー……そういうこと?」
なるほど。
そういうことだったか。
愚かだったのは、シュナの質問ではなくて、僕の国語力だったらしい。まあ僕は現代文苦手だし、仕方がないよね。
「そりゃあまあ、うん」
「もしかして決めてないの?」
「悪いか!? 僕は出来損ないの探偵なんだよ……」
「それなのに、そのプライドだけは溺損なっていないようね?」
どういうことだよ!?
もしかして、出来損ないのくせに、そのプライドはまだ捨ててないんだねって嘲笑してる皮肉か───?
なんてことを言ってくれやがる。
「あのな、そういう言葉遊びはヨソでやってくれ。僕は現代文が苦手なんだ。国語苦手系探偵だ」
「あぁ、だから酷い語の羅列でしか貴方は喋れないのね……?」
「僕の国語は、酷語だって言いたいのか!」
「よく分かったわね。褒めてあげるわ」
……コイツ。僕のことを舐めてやがるな。
「僕のことを舐めるなよ!」
「あら、貴方が動いてくれる報酬はそんなことでいいのかしら?」
「はい?」
「ほら、最初に言ったでしょう。貴方がアキの依頼を遂行する代わりに、私が貴方の言うことをなんでも一つだけ聞いてあげるって」
「あ、ああ……確かにそうだが。って、まだそれを使ったわけじゃないからな!」
『僕のことを舐めるな』
僕は決して、それを命令したわけじゃない。
誤解だ。
それは誤解である。
「そうなの?」
「……そうだ」
「まあ意外だわ。貴方のことだから、『オレの大事なところを、ほら、舐めろよ』とか言ってくるのかと思ったもの」
「お前は僕のことをなんだと思ってるんだ」
本当に気になるぞ、これは。
「───もちろん、出来損ないの癖にプライドを溺損なわない。変態さん」
「出来損ない云々はともかく、どうして僕が変態扱いされなきゃいけないんだ!」
「だって貴方、私たちが頭を下げている時に……私たちをいやらしい目で見ていたもの」
「なんで知ってるんだよ!?」
「あら、カマかけただけなのに……本当だったのね」
ドン引き。
本当にそれが似合う大袈裟なリアクションで、シュナは目を見開いて立ち上がり、一歩後退した。
違うんです、これは何かの間違いなんですシュナさん!
僕はただ、お前の罠にはめられただけんだ!!
……くそう。
「ま、待ってくれ! 今のは誤解だ!」
「本当に? じゃあ貴方は変態じゃないの?」
「変態じゃない! 信じてくれ!」
「ふーん」
シュナが目を細めて、更に追及してくる。
だが残念だったな、シュナ。
僕はもうトラップに抗体が出来たんだ。
数秒前の出来事、そのおかげでな!
だからもう……何を聞かれようと、もうトラップには引っかからないぜ。
「探偵さん。いいや、氷室政明くん?」
「な、なんだよ」
「どんな女の子が好きかしら?」
何を言うかと思ったら、急になんてこと聞いてくるんだ。これこそ、愚問だろう?
「え? いや別に──僕は『金髪ツインテールの絶壁クールデレお姉さん』が好きだけど……」
その一言で、空気が凍ることを、これを喋っている最中の僕はまだ気がつかなかった。気が付く頃には時すでに遅し。全てを言い切ったあと。
僕『氷室政明』のタイプが、金髪ツインテールの絶壁クールデレお姉さんであるとこの二人に知られた後だった。
「あぁ、そういう感じね」
彼女たちが僕を白い目で見てきたのは、言うまでもないことだろう。
ごめん。
「…………」
───僕は、変態だった。
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