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01 依頼

「───なんだって?」


 日向(ひむかい)第二高等学校。探偵部の部室で、僕は思わず……来客した相手に対して聞き返してしまった。

 それほどまでに、目の前に立つ黒髪ロングの少女『鴉坂(からすざか)シュナ』が放った少女の言葉は衝撃的だったのだ。


「だから、お願いしたいの」

「違う。そこじゃなくて、もうちょっと前……内容について、だよ」

「分からなかったの?『私の友達の彼氏が浮気してるかもしれないからって、それが本当かどうか確かめてほしい』のよ」

「ああ、つまり、浮気調査ってやつか」


 座るパイプ椅子を鳴らして、僕の納得が小さな空間に響く。

 そう。こんな高校には似合わない、『浮気調査』なんて言葉が──彼女から放たれたのである。


「そう、その通り」


 だから僕は、シュナの隣に立つ女の子へと視線を寄せた。


 顔を俯かせて、どこか悲しい雰囲気をまとっている。

 つまるところ、彼女の友達というのは──この子なんだろう。名前も知らない。茶髪ポニーテール少女。


「えーとっ、名前は?」

阿久津(あくつ)アキ……です」

「阿久津さん、ね」


 どちらも高校二年生(どうきゅうせい)であるはずなのに……なんだか、彼女たちとコミュニケーションするのは慣れない。


 時刻は午後五時。

 あと一時間もすれば日が暮れて、あと二時間もあれば部活動も終了する。開いた窓から吹き抜ける風は、どこか涼しかった。


「浮気調査、か……」


 それにしても、なんでわざわざ浮気調査をするために、僕のところへ来たんだ?


「浮気調査に、なんで僕が必要なんだ?」

「だって貴方は探偵部? の部長でしょう?」

「いや、そうだけど。部長とはいっても、この部活の部員数は一人だ」

「独り身は寂しいわね」

「やかましいな」


 僕の質問に対し、シュナは即座に回答した。

 なんて素早いのだろうか。

 それでいて、ディスもしっかりしている。


 ……いや、ディスはしっかりとしなくていいんだけどな。反論の余地がない否定だと、単純に僕の心がえぐれるだけだから。


「で、やってくれるのかしら? この子のためにも、美少女に恩を売っておくのも、大切だと思うのだけれど」

「それ、依頼主(あんた)が言っちゃう?」

「私は相手のパーソナルスペースに、何の遠慮なく入ることが出来るもの」

「あのなあ。それとこれは別問題だし、それに……それはそれで問題だな!?」


 っと、話がズレタな。


「ごほんっ」

「?」

「そうじゃなくてだな。一応言っておくけど。ここは探偵部だぜ? それに高校生だからってあまり舐めるなよ。僕は本格派だ。本格的な探偵を目指しているんだ。独りでな。……だから浮気調査とか、したくないんだよ。事件だ! 事件をもってこい!」


 これは、本心。僕『氷室(ひむろ)政明(まさあき)』の嘆きだった。

 しかし、それは届かない。


「本格的な探偵を目指してるのなら、浮気調査はもってこいじゃない?」

「もってこいじゃない!」

「異世界に水浴びエルフがいるお約束みたいに、探偵に浮気調査は付き物じゃない?」

「付き物じゃない! と、願いたい! というかその、妙に分かりやすい例えはやめろ」


 ───ああ、知ってるよ。知ってるとも。


 本場の探偵たちに多い仕事っていうのは、迷宮入り事件の解決なんかじゃなくて、ただの浮気調査だったりするもんなんだって。

 分かってる。

 そんなの、知ってる。


「僕はな名探偵なんだよ。どっか死神じゃあないけどな。……どんな事件でも解決してみせるのさ」

「どんな事件も解決出来るのなら、浮気調査も出来るでしょう? 浮気事件よ」

「それとこれとじゃ事件の次元が違うんだよ、やりたくない」


 ……浮気調査なんて、夢がないし。きっとつまらないだろうし。誰の得にもならないもんだ、僕はそう思っているのだ。

 だからやりたくなかった。


 でも。



「じゃあ分かったわ。この浮気調査をきっちりとしてくれたら、私が貴方の言うことを一つだけ聞いてあげるわ」

「まじで!?」



 そんなトラウマとか──関係なしに。僕は男であり、健全な男子高校生であり、現金なヤツだったのだ。

 ……こんな美少女に一つ言うことを聞かせられるとか言われちゃったら。断る理由なんて、ない。


「マジよ」

「ねえシュナー、そこまでしなくてもいいよぉ……全部は、魅力のない私が悪いんだし」

「いいえ。そんなことはないわ。私は貴方が魅力ある人間だと思ってる。……だからまずは、真相を知るためにも、意地でもやるのよ」

「そ、そう?」


 そんな提案をしたシュナに驚いたのか、初めて顔をあげた阿久津アキはそう心配した。表情はあからさまだったのだ。その表情から──『彼女はネガティブ思考』をする人間だということは、簡単に見て取れる。


 あくまでも、憶測に過ぎないけれど。



「まあそういうことだから、お願いするわよ。探偵さん」



 そしてシュナ。鴉坂シュナは頭を下げて、懇願した。

 こんなド陰キャアニメオタクに、プライドが高そうな黒髪ロング美少女が頭を下げたのである。慌てふためきながらも同様に阿久津が「お願いします!」と続けた。


 美少女が二人、僕に頭を下げている。

 こんな背徳的な景色、他を見渡してあるだろうか?

 ──いいや、ないね。

 きっとこれ以上の景色は、僕がこれから人生で生きていても、きっと見れることのないものだろう。


 頂きの景色?

 いいや、違うね。

 いやらしき景色だ。


 ───と、ここでジョークが行き過ぎたので謝罪しておこう。

 すいません。


 そこじゃなくてだな。大事なのは、僕が彼女のお願いに応えるかどうかだ。応えるか、『イエスオアノー』のどちらに答えるのか。

 一秒にも満たない逡巡(しゅんじゅん)


 僕はあらゆる思考を巡らせて、一つの結論に至った。



「……まあ、そこまで言われちゃあ、やるしかないけどさ」



 長く悩んだ末に、僕が出した答えは。

 そう。”イエス”だった。


 まあ、僕みたいなヤツが……こんな状況で断るとか、鼻から出来るわけがなかったんだけれどね。

少しでも面白い、続きが読みたいと思っな方はぜひブックマークや評価をいただけると嬉しいです。

全八話です。

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