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卒業、そして



 時はさらに進み、いよいよ私たち最上級生も学園を卒業する時がきた。

 私とその婚約者、側近候補たち、そしてヒロイン(あの子)も、誰ひとり落第することもなく、本日無事に卒業の栄誉を迎える。そして私と婚約者は具体的に婚姻の準備に入り、婚姻をもって私は王太子に冊立される予定だ。側近候補たちはそれぞれ出仕を経て私の側近に正式に任命され、手足となって働く股肱の臣となってくれるだろう。


 だが、その前に、片付けておかねばならない事が残されている。


 けじめを(・・・・)つけなければ(・・・・・・)ならない(・・・・)



 卒業式典はつつがなく終わった。学園長より国王陛下の御璽の()された卒業証紙を賜り、我らは晴れて学園を卒業した。

 式典は昼までに終わり、その後は卒業生たちも在校生たちもその保護者たちもしばし歓談し、それぞれの進路に想いを馳せたりひとときの別れを惜しんだりと思い思いに過ごす。記念に記憶に焼き付けておこうと校舎内を巡ったり、あるいは一旦退去して王都に繰り出す者たちもいる。

 学園の方では卒業記念パーティーの準備へと移る。全校生徒が一同に会せる学園の大広間にテーブルを持ち込み、華やかに飾り立て、料理や飲料を準備し、教職員や在校生たちが卒業生を送るささやかな夜会の会場となるのだ。


 この夜会をもって卒業生たちは御披露目(デビュタント)となる。つまりこれは正式な公的行事であり、卒業生たちが大人として社交界の仲間入りを果たす、大きな、そして大切な一歩となるのだ。

 だから、準備する側も自然と気合が入るというもの。学園関係者のみならず王城からも料理人や警護の騎士たちなど応援が寄越され、この日ばかりはどこか浮わついた、喧噪に包まれた雑然とした雰囲気になる。学園の敷地内に1年でもっとも人が多くなるのがこの日だ。


 もちろん、我々生徒会とて務めがある。会そのものはすでに在校生の後輩たちに引き継がれてはいるが、先代会長として、王子として、事実上私が準備を取り仕切る事になる。

 これが王子という立場でさえなければ、歴代の多くの会長のように後進に任せ切りということもできただろうが、私は王子で、立太子を視野に入れる立場でもある。人任せにすることは許されないだろう。リーダーシップのあるところを見せねばならない。


「殿下」


 そうして忙しく働いているところへ、見覚えのない下級生が声をかけてきた。

 見覚えがなくとも当然だ。この者は在校生に紛れた“影”のひとりだ。変装しているため、私でもこの者が誰か分からない。


「手短に」


 周りには人目もある。密談には向かないが、内密の話ならばそもそもこんな場所では話しかけては来ない。

 ただそれでも長々と話せるわけでもない。先代生徒会長とはいえ、王子に在校生が気安く話しかけられるものでもないのだから。それに、私が独りでいられる時間も多くはない。


「全てお命じの通りに」

「分かった」

「御武運を」


 “影”はそれだけ言うと、一礼してサッと離れて行った。

 つまり準備は(・・・)整った(・・・)ということだ。ならば、後顧の憂いはもはや何もない。


 しかし、武運(・・)か。いささか大袈裟ではあるが、確かに必要とするかも知れんな。

 私は密かに懐に忍ばせたそれ(・・)に、礼服の上からそっと手を添える。これがある限り、もはや惑わされることはないだろう。



 そうして、滞りなく準備は進み、予定通りに卒業記念パーティーは開催の運びとなった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 私は婚約者をエスコートしなかった。もちろん義務として、どれだけ不仲であろうともエスコートしなければならないのは解っていたし、それをしないことでどんな批判を浴びるのかも承知の上だ。

 それでもなお、私がエスコート相手として選んだのは男爵家令嬢。そう、ヒロインだ。もちろん事前に私の色のドレスも贈ったし、エスコートを申し出たら涙を浮かべて歓喜していた。

 ちなみに婚約者(かのじょ)の方は、父の公爵にエスコートを頼んだようだ。


 会場へは在校生が入り、その後に卒業生が入る。在校生は家門の爵位と家格で入場順が決まり、卒業生の方もそれに準じるが、成績上位10名は家格に関わらず最後に回される。

 そして全体の一番最後が王族の私だ。当然、私にエスコートされるヒロインもそれらの順番を飛び越えて最後になる。私のひとつ前は婚約者、つまり彼女が首席ということになる。

 私の順位?そんなものは瑣末なことだ。


 私が婚約者をエスコートしなかったことでざわめきが起きるが、すぐ後に私がヒロインをエスコートして会場入りしたことでそれがどよめきに変わる。

 無理もない。王子(わたし)がこんな事をやらかすなんて、事前に知っていたのは私と婚約者とヒロインと、側近候補たちだけなのだから。


 そうして私は王族専用に設えた壇上に上がる。ヒロインと、側近候補たちを連れて。


 会場を見渡せば、その場の全員が私に対して臣下の礼を取る。


「皆の者、面を上げよ。本日はめでたき日である、堅苦しい礼儀作法はここまでにしよう」


 そう宣言するとみな面を上げるが、どの顔にもどことなく戸惑いの色が浮かぶ。それが浮かんでいないのは………まあ、予想された面々だな。


「ここで、開会の挨拶に代わって皆に伝えたい事がある」


 私はおもむろに口を開く。

 さあ、断罪の始まりだ。







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