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32.  キャンプ運用 <31> 無口な少年の証言

 部屋には、以前情報をもらっていた役員と、灰島洋の監視を依頼した取締役が待っていた。

 役員の前の会議用テーブルには、鈍く銀色に光るジュラルミンケースが置かれている。


「来てくれたか……」

 取締役の正面に座った田村に、取締役が声をかけた。

「これを――」

 取締役の横の席から、役員がケースを開けて押し出した。


 田村は、息をのんだ。

 ケース内には、三本のアンプルが、スポンジ状のもので挟まれ、さらにその隙間には細かい粒状の緩衝材を入れられて、保管されていた。


「なかには、服用して6時間後に倒れる薬剤がはいっている。無味無臭のもので、飲み物に入れてもよいし、パンやご飯に浸み込ませてもよい――」

 取締役が、低いくぐもった声でいう。

「これを、灰島洋に摂取させてほしい」


「……ヒトゴロシは、できません」

 田村が答えると、

「――わかっている。これを飲んでも、死にはしない。ただ、体調を崩し、倒れるだけだ。――我々に不利な証言をしないよう警告するだけだ」

 この男は警告といっているが、明確に、これは脅しだ。犯罪行為をやらせようとしている。


「これは、警告をするだけだ。証言をすれば、これ以上の、ひどいことになるかもしれないという……」

「殺す、ということでしょうか?」

「いや、いや。そんなつもりは、まったくない」

 取締役は、隣の役員をみた。

「田村君、我々の会社は、健全な会社だ。人を殺すことを依頼するなど、絶対にない……。ただ、より圧力をかける。それだけだ」

 役員は、うわずった声で否定した。長いつきあいのなかで、この男が、ここまでオドオドした姿をみせるのは、初めてだった。


「どうかね。破格の報酬を約束するが……」

「わかりました。お引き受けします」

「よかった! 君なら引き受けてくれると思っていた」

 もうひとりの役員の男も、その言葉にうなずきながら、ケースを持って立ち上がり、テーブルをまわって、田村にそれを手渡した。


 田村は、帰りのタクシーのなかで、ジュラルミンケースをかかえていた。


 田村は、賭けに出たのだ。

 いま、やろうとしていることがバレたら、大変なことになる。場合によっては、手が後ろにまわるかもしれない。


 だが、人生のなかで、賭けに出なければならない時もある。

 今が、たぶん、その時なのだ。これが、うまくいけば、彼らは、田村を重用せざるをえない。

 この件は、この街でのし上がっていくための、大きな一歩になるに違いない。

 田村は、かかえこんでいたケースを膝にのせかえ、その上で、両手の拳を強く握りしめた。


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