23. キャンプ運用 <22> ねらわれる少年
シンセイ建設は、ここ十年ぐらいで急速に伸びてきた中堅どころの建設会社だった。地元では、国立大や私学の名門大学の卒業者以外は入れない、優良企業とされていた。
国際調査事務所(国内から出たこともない零細企業なのに、こんな社名なのは、少しでも、大きな会社と誤解させて、調査依頼者の信用を得るためだ)の副社長の田村は、シンセイ建設の重役の浮気調査をきっかけに、この会社に食い込んだ。
数件の浮気調査のあと、社員の横領の調査で、素早く証拠をつかみ、信用を得た。
現取締役の知己を得てからは、会社の裏の仕事(贈収賄や談合先の相手の調査など)にも、手を出すようになり、多大な報酬を得ていた。
田村が、シンセイ建設の顔見知りの重役から呼ばれ、去年新築したばかりの本社ビルを訪ねると、ブラインドを締めきった小会議室に、数人の取締役が待ちかまえていた。
取締役たちの、ものものしい雰囲気に驚いた田村は、柄にもなく緊張した。ドアから入ってすぐ左に立てかけてあった折り畳み椅子の、冷えきった背もたれを震える手でつかんで、会議用テーブルの端、自分を呼び出した重役の隣に座った。
取締役のひとりが口を開いた。
「……今から話すことは、他言無用で頼む」
他の重役たちも、厳しい顔でうなずいている。
「ある人間を見張ってもらいたい」
田村は、さらに緊張した。誰か、この市の大物を、見張れというのだろうか?
「見張ってほしいのは、この中学生だ」
ななめ前に座る重役が、思い切り手を伸ばし、スマホを田村の前に置いた。スマホには、田村からみれば、中学生というより、幼い子供としか思えない画像が映っていた。
「なぜ、この少年を? さしつかえなければ、見張る理由をお聞かせください」
「――理由はいえないが、この中学生が、警察や、何らかの公共機関に行くような事があれば、知らせてほしい」
田村は、この場ではいえないのだろうと思い、答えた。
「……わかりました」
報酬額を確認し、契約書に署名したあと、ビルの地下にある駐車場の入り口で待っていると、会議室にいた重役のひとりが、地下まで降りてきた。
重役にうながされて、とめてあった黒い高級車の後ろの座席に座る。
隣に座った重役は、小声で、これを聞いたら共犯だからな、といい、事情を話しはじめた。
今年の夏、シンセイ建設が工事に関わった海沿いの道のトンネルで、崩落事故があった。
ちょうど通りかかったバスが、トンネルのなかで、崩れた岩塊につぶされ、埋まり、バスに乗っていた乗客が数人と、運転手が命を落とした。
直前に大型台風による豪雨があり、トンネル上の地盤がゆるんだのが原因ではないかといわれていた。