21. キャンプ運用 <20> 怪しい監視人
ドアの右横の、もとは白かったにちがいない、長年の使用で黄色く変色したボタンを押した。
ボタンのうえの壁には、手書きの『用事のある方は、このボタンを押してください。』という文言と、ボタンを指さす矢印を書いた細長い紙が、透明なテープで貼られていた。
部屋のなかで、ガサゴソと動く音がした。部屋のなかを、片づけているのだろうか。
しかたがないので、しんぼう強く、人が出てくるのを待った。
なかなか、出てこない。
もう一回、ブザーのボタンを押した。
――ちょっと待ってください、と人の声がした。男性の低い声で、かろうじて聞きとれた。
人の気配がして、やっと、ドアが開いた。
ポロシャツとグレーのズボンを履いた若い男だった。
「調査を依頼したい」
彼がいうと、若い男は、顔をしかめた。
「今は、俺ひとりしか居なくて……」
「話だけでも、聞いてくれませんか?」
彼が、強く問いかけると、男は、奥の部屋に引き返し、誰かに電話をかけ始めた。
電話を終えると、
「じゃあ、こちらへ」
彼は、ホコリがうっすらと積もったソファーに案内された。
男はホコリに気づいたのか、あわててソファーの上に、薄い空色のカバーの座布団を置いた。
彼がソファーに座ると、男も、低いテーブルをはさんだ、向かい側のソファーに腰かけた。
「渡瀬と申します。田村課長がいませんので、お話だけ、お聞きします。記録には残しますので……」
渡瀬は、テーブルの上に束になって置かれていた用紙を手にとった。素早く用紙のレイアウトをみた。調査用の質問シートのようなものらしい。細かな質問が30以上、箇条書きで印刷されていた。
それから、何の調査をやりたいのか、聞かれた。あらかじめ用意していた、この市内の市場調査について、説明する。
彼は、偽の身分を説明した。偽の会社名と所属部署、役職名を告げた。
「それでは、どのような調査のご依頼か、伺わせてください」
偽物の調査依頼の説明を終えたあと、彼は部屋を出た。
目的は達した。
ソファーの下に感度の良い盗聴器をしかけることができた。
ドアの前の天井にある蛍光灯にも、照明器具の部品のようにみえる超小型カメラを取り付けてある。
しばらく、これで監視を行ってデータを集め、麻薬売買などの情報が手に入り次第、厚労省の該当する部署に連絡するつもりだった。
彼の所属する組織は、あくまでも、裏で動き、実際の取り締まりは、政府の該当する省庁が行うようになっていた。




