19. キャンプ運用 <18> 怪しい監視人
洋は、男の前に浮かんだまま待った。
もういいだろうと思ったのか、男が、恐るおそる顔を上げた。
「ひいっ!」
男は、浮かぶ洋をみつめたまま、硬直した。
芝生についた両手のひじが、ぶるぶる揺れていた。
男の噛みしめられた奥歯が、きしむような音をたてている。これ以上、力を入れて、歯を食いしばると、男の歯はすべて折れてしまう。
「あなたは、なぜ、僕たちを監視する?」
「勘弁してくれ! 命令でやってるだけなんだ!」
男は、ひたすら平身低頭、お参りをするときのように、手を合わせ、まともに洋と目を合わせようとしない。
洋は、辛抱強く、怒鳴りつけたくなるのを我慢しながら、もう一度問いかけた。
「あなたは、なぜ、僕たちを監視する? 命令だといってたが、命じたのは誰だ?」
――これは、夢だ、現実じゃない、現実じゃない、現実じゃない……。
男は、何度も何度もつぶやいている。
洋は、男をにらんだまま、待った。
男は、眼をきつくつむり、開け、またつむり、開けている。
やがて、あきらめたのか、震える声で話し始めた。
「田村さんから、命じられたんだ」
タムラ? 特定の名前をいわれても、さっぱりわからない。
「タムラとは、何者なんだ?」
「俺の会社の上司の名前だ」
会社の? いったい何の会社だろう?
「あなたの会社は、何をしている会社なんだ?」
「調査会社だ。個人じゃなく、企業や国の組織からの、いろいろな調査を請け負ってる」
少し落ち着いたのか、男の声から震えがなくなってきた。
「僕の監視も、どこかからの依頼なのか?」
「ああ、土木建設大手の会社から頼まれた仕事だ」
「なぜ、僕を監視する? なぜ、大手の建設会社が、子供ひとりを気にする?」
「理由は聞かされちゃいない。田村さんなら、知ってるだろうが。下っ端には詳しいことは、何も知らされない。――俺たちは、いわれたことに口ごたえせず従っていれば、給料がもらえる。……だから、理由なんて気にしない」
「そのタムラには、どこに行けば、会える?」
「わからない……会社に席はあるけど、ほとんど外出してて、居ない。スマホで連絡がくる。――いちおう電話番号は聞いてるが、こっちからかけても、出てくれない」
洋は男の真上に移動し、キャンプで生成された、無害だが悪臭を放つ液体を、大量に口から吐き、男の顔に浴びせかけた。
「――ひいいっ! 毒? 毒の水? 」
男は浴びた液体をなんとかしようと、両手で体中をこすり、土、草にこすりつけるように転げまわった。
「呪いをかけた……」
「――ひいいっ! なんで? なんで?」
男は、涙と鼻水で、顔をぐしゃぐしゃにしながら、組んだ腕のなかに頭をつっこみ、地面に潜りこもうとでもするように、うずくまった。
「タムラに会わせろ! そうすれば、呪いを解いてやる!」
洋は厳粛な声で、告げた。