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18.  キャンプ運用 <17> 怪しい監視人

 男は何もいわず、一瞬できびすを返し逃げた。

「おい!」

 洋は、声をかけたが、追わなかった。かわりに、ナノマシンを含ませた唾液を、高速でとばした。

 唾液は、逃げる男の背中にかかり、服にしみこんで、信号を発信しはじめた。男がどこへ逃げようと、簡単に居場所を突き止めることができる。


「どうしたの?」

 圭が、両脇に男の子を抱えながら、訊いてきた。

「いや。――こっちを見てたから」

「ひょとして、ストーカー? わたしのことを狙ってた?」

「わからない。木の陰に隠れてたから、怪しいのは、怪しいけど」

「わたしのこと、守ってくれるよね?」

「もちろん!」

 洋は、すぐさま答えた。男の視線は、洋のほうを向いていた。圭のストーカーじゃないかという考えは、飛躍しすぎだと思ったが、まったく無いとはいえない。子ども、幼児狙いの可能性もある。


 コホーが、いつのまにか追いついてきていた。

 コホーがそばを通ると、キンモクセイのにおいが一気に強くなった。その隣のヒイラギも、においがきつくなった気がする。

 コホーは、何事か、キンモクセイに話しかけた。コホーからも、甘いにおいが漂ってきた。


 コホーが話し終わるのを待って、洋たちは全員いっしょに植物園を出た。

 植物園の建物の近くにあったペンギンとシロクマの檻を、ワイワイいいながらのぞいて楽しんだあと、動物園を出た。出口のところで、コホーたちと一応別れる風をよそおい、今度は圭がトイレに入っている隙に、動物園をかこむ生垣の陰で、コホーと自動人形をキャンプに転送させた。


 電車を乗り継いで、家に帰り着くと、

「――楽しかった。また、行こうよ!」

 圭は、久しぶりに洋と出かけられて満足したのか、にこにこして隣の自分の家に入っていった。


 夕食を食べた後、洋は、唾液をとばしてつけた男を探すことにした。

 あの男の信号の発信場所は……驚いたことに、すぐ近くにいた。眼を閉じると、瞼の裏に信号の発信源を示すマップ映像が映る。男は、洋の家の前の狭い道を、少し行った先の四つ角を左に曲がった電柱の陰にいた。

 植物園から逃げたあと、洋の家まで引き返し、帰ってくるのを見張っていたようだ。

  

 家の勝手口を出て、裏口から麦畑のあぜ道を通って、見張っている男の背後から近よった。

 身体障壁のレベルを上げ、不動産の広告がベタベタはられた電柱の陰から、洋の家の玄関を窺っている男の背中を軽くたたいた。


 男は、ギョッとして振りむいた。

 洋をみるなり、ななめ後ろにとんで、逃げようとした。洋は、その前をふさぐ。男は右に左に踏み出そうとするが、洋は素早く動き、男の動きを封じた。男は、助けを求めるように、きょろきょろと辺りをみまわすが、誰もいない。


 洋は、男に向かって、一歩踏み出した。

 ふいに、男が洋に突っ込んできた。洋は、男の身体を受け止めようと、両手を広げ、身がまえた。改造/再構築された洋なら、これくらいの突進物は、たやすく止められる。

 と、男は洋に触れる寸前、立ち止まり、真横に方向を変えた。

 ――しまった! フェイントだ!

 洋は、あわてて真横に手を伸ばした。

 男は洋の手をかわし、脱兎のごとく逃げていった。すぐ追いかけたが、男はこの住宅街を熟知しているらしく、角を曲がると、まったく姿がみえなくなった。


 キャンプのトラブル対策班から、男の発信する信号が、中心にいる洋からどんどん遠ざかっていくマップ映像が送られてきた。ブロック塀や家屋を飛び越えて追いかければ追いつけるが、陽が沈んで暗くなったといっても、それでは目立ちすぎる。


 どうしようか悩んでいると、思念メールで追跡計画が送られてきた。洋は、了承すると、素早く誰もいない路地にはいった。

 洋は両手を、首とあご先にそえた。顔全体の力も抜いた。首と肩の接続部で、ガチッと何かが切り替えられるような音がした。両肩が細かく振動し、首の付け根に軽い痛みが走った。


 洋の首が、胴体から離れて浮かんだ。一瞬止まったかと思うと、すさまじい勢いで、上空に飛び上がった。

 首だけになった洋は、下界を見渡す。マップ映像をたよりに、逃亡中の男を探す。

 ――いた!

 眼下を北方向に男が走っている。男は、誰もいない夜の公園を、突っ切ろうとしていた。

首だけの洋は、ヒュンと風を切り、立入禁止の芝生の上を走り抜けようとしていた男の前をふさいだ。


「ひいっ!」 

 男は、声を上げ、激しく転んだ。

 浮かぶ首だけの洋をみて、

「首! ろくろっ首!」

 恐怖で腰が抜けたのか、足をもがくように動かすが、立ち上がれない。

 男は座り込んだまま、頭をかかえ、眼をつむっている。ナンマイダ、ナンマイダ、とお経のような言葉を、震える声で繰り返している。ひたすら、首がどこかへ飛んで行ってしまうのを待っているようだった。

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