16. キャンプ運用 <15> 怪しい監視人
部屋と部屋の境目にある二重カーテンを抜けると、温帯地域の植物がかなりの数、植えられていた。このルームが、三つのルームのなかでは一番広い。
さすがに、植物にうとい洋でも、知っている花や樹木がたくさんあった。桜や金木犀、ねこやなぎ、コスモス、野菊など……。花のあいだを、どこから入ってきたのか、ハチが飛びまわっている。
洋は、ハッとした。
先客がいた。女の子を連れた父親と母親の3人組の家族だった。
女の子は、飛び交っているハチや蝶を怖がって、泣きそうな顔で母親にしがみついている。
ハチはともかく、蝶が怖いなど、洋には信じられない。
圭にもそういうと、それは、昔の感覚だという。
「わたしも、ひろくんの感覚に近いけど……」
今の子どもたちは、自然に、特に昆虫や爬虫類に触れる機会が、極端に少ない。まわりに田畑がないところで育つからだろう。
蝶やハチ、かなぶん、バッタなどを初めて見るのが、動物園や観光地の庭園や植物園、という子どもが多いのだという。
「うちも、ひろくんとこも、小さくても庭があったから、小さい頃から虫には触れてるし、父さんはキャンプ好きで、ひろくんも誘って、いっしょに山野を駆けめぐってたものね」
洋たちが出かけたのは、トイレも炊事場も、調理用燃料も用意されているキャンプ場で、山野を駆けるというのは、ちょっと大げさだが、圭のいう通りだった。
素手で蝶や蛾をつかまえては、圭の前で、パッと手を開き、びっくりさせていた。洋も、圭も虫をみて驚くことはあっても、泣くことはなかった。
親子連れが出ていくと、洋は手を軽く振って、コホーに合図した。
コホーは、うなずいて、眼の前の桜の木と会話をはじめた。やはり、かすれた笛のような音、葉と葉がこすれあって出る、ざらざらという音。音に加えて、蜜のような匂いも漂ってくる。空気の振動に加えて、匂いも会話の手段になっているようだった。