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1. キャンプ設営

 その年は、台風が多かった。

 暴風雨が各地で荒れ狂い、その列島全体に甚大な被害を、もたらしていたのだった。原住民の生命も、数多く失われていた。

 その頃、地球の上に移動基地をつくる案が、わたしたちの母星より持ち出された。星間交流連盟に属する役員やスタッフの、辺境星系への乗り継ぎポイントとして、地球が重要になってきたからだった。


 星間ジャンプの乗り継ぎポイントは、ジャンプの精度の問題から、現在は月面の裏側の一定範囲内を移動するように設定されていて、移動するごとに、その場所にキャンプを設営しなければならない。ジャンプしてくる異星人の旅行客に、次のジャンプまでのあいだ、快適な居住環境を提供したかったが、月には生物の住める環境はなく、いきおい、過ごしにくい、非生命的なストレスの溜まる環境になってしまっていた。


 月面からの観察で、地球とその生物の生態に関しては、かなりのところまで、わかっていた。ジャンプから次のジャンプまでの待ち時間を過ごすのは、殺風景な月面より、はるかに快適なはずだった。

 検討を重ねたすえ、母星の最新技術を取り入れ、特定の地球生物の身体に次元的に重なる形で、移動式の基地を設営しようということに決定し、そのために役立つ生物個体探しを、慎重に始めたのだった。

 

 地球を観察していたスタッフから、ちょうどよい生物個体が見つかったとの、連絡が入った。

 わたしは、準備を整えていた同僚とともに、さっそく、現地に飛んだ。


 地上近くに滞空しながら、現場を確認した。

 崖崩れが起こり、大量の湿った土砂が、道路をふさいでいた。トンネルの出口付近だったために、トンネルをぬけた数台のクルマが土砂に突っ込み、押しつぶされたり、埋まったりしていた。


 見た限りでは、生存者は一人もいないと判断してよいとさえ、思えた。

 土砂に埋もれたバスの内部を、センサーでうかがうと、後部座席に座っていた小型の生物が、シートとバスの天井の隙間で、まだ、かろうじて息をし、生命を維持していた。

 次元切断機を用いて、土砂とバスの車体を切りわけ、あおざめているが、まだ息のある生物個体を、わたしたちの宇宙艇内に収容した。


 生物個体は、生まれてから十四年めに入ったオスの「地球人」だった。地球という惑星上でわたしたちが発見している、最上位の知的生命体であり、彼ら自身が、自分たちを「地球人」と呼んでいるのだった。

 生物個体は、地球人の作る行政セクションのひとつ、「日本」と呼ばれるセクションに属していることがわかっていた。

「日本」は、さらに、こまごまとした無数の小セクションに分かれ、その小さな地球人は、中学校という小規模セクションに所属していた。


 収容した地球人のけがを治すのは、わたしたちの再生技術をもってすれば、簡単なことだった。

 治療後、体調維持のための極微小マシンを数億個、彼の体内に常駐させた。さらに、多次元化に適した身体にするためと、基地防衛のため、一千項目以上の強化・改造措置を行なった。多重次元装置、基地防衛装置の埋め込み、肉体構成物質の質的変換などなど……。


 多次元体と化した地球人は、日本セクションで使われる言語で、名称を「灰島洋(はいじま ひろし」といった。

 彼には、意識を取り戻し、生命を維持できるだけの処置をしたあと、長い時間をかけてわたしたちのことを説明した。わたしたちの星間憲章では、接触が開始されていない原住生物には、たとえ、生物の生命を維持するためであっても、その意思を確認せずに、生体改造を行ってはならないことになっている。

 彼は、最初は、何も信じようとしなかった。

 わたしたちは、地球人にはなしえない、様々な技術的成果を示して、わたしたちという存在を、なんとか、認識・理解させようとした。


 彼は、とまどい、おそれ、深刻なパニック状態におちいった。原住生物対応の脳科学チームが総力をあげて、心理的安定をはかったため、何とか事なきを得ることができたのだった。


 すべての準備が終わると、彼を、地球人のセクションに戻す方法を、考えなければならなかった。

 崖崩れが起こってから、数ヶ月が経っていた。わたしたちの技術力をもってしても、それ以上、期間の短縮はできなかったのだ。生物体の改造処置は、完璧を期そうとすればするほどに、時間がかかってしまうのだった。


 地球人のセクションに帰還させるにあたって、一番自然な形はどういうものか、「灰島洋」本人に、聞いてみた。彼にもよい考えが浮かばなかったので、わたしたちは、彼の所属していたセクションについて、詳しい調査と評価を行なった。 


 わたしたちは、検討の結果、崖崩れの際、通りかかった観光客に助けられ、その人物のもとで、治療を受けていたことにした。

 災害にあったショックで、数ヶ月間、口もきけなかったことにし、ようやく回復して自分の住所を口にすることができたため、彼を助けた人物から、彼の家族に連絡が届いたという筋書きにした。

 事前に、スタッフを送り込んで、慎重に彼を帰還させる準備をととのえた。


 ついに、その日がやってきた。

 「灰島洋」の自宅には、彼を連れていくことを、連絡ずみだった。

 疑問を持たれたときのために、同伴する人物の、偽の身分証明書類も、そろえてある。

 「灰島洋」の自宅前に、地球人のよく利用する、内燃機関を備えた小型の乗り物を止めたのだった。

 乗り物から、「灰島洋」が降りた。

 「ひろっ!」

 わめくような泣き声が、聞こえた。

 地球人の女性が一人、今にも転びそうな勢いで、駆けよってきた……。


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