612話:貴人戻る2
僕は隠れた。
九尾の貴人がルキウサリアに帰って来たんだ。
けど、人間よりも他種族のほうが感覚は格段に鋭かったらしい。
「あー! アズ! 頼むから助けて!」
「えー…………、ウルフ先輩?」
僕は存在を気づかれて、錬金術科の卒業生エルフ、ウルフ先輩にタックルされる。
そのまま地面に膝を突いたウルフ先輩は、僕の腰に抱きついて嘆いた。
「もう本当なんなの!? 俺さま? 何さま? 小王さまだったんだよ!」
「なんかすごく砂埃被ってますけど、どうしたんですか?」
「そうなの聞いてー!」
何やら鬱憤が溜まってるらしく、学園にいる時はけっこう距離取る形でいたのに、遠慮がない。
まぁ、言葉の端々から余裕ぶってるだけなのは感じられてたけど。
本当に余裕ぶった性格だったら、あの先輩たちの中でやり玉にあげられることもあったはずだし、それがないってことはけっこう親しみやすいタイプなんだとは思ってた。
そしてどうも、そういう青少年の恰好つけもできないくらい、今は叫びたいらしい。
「行きは寒い寒いうるさくて! 着いたら軍人相手になんでか取っ組み合い初めてさ! こっちは生きた心地しないし! 俺の言うことなんて全然聞いちゃくれねぇの!」
あ、やっちゃったか、ワゲリス将軍。
九尾の貴人の上からくる感じ、たぶん合わなかったんだろうな。
「けど戻って来たなら、軍に拘束されたわけじゃないんでしょう?」
「そうなのよぉ。あの将軍、あたしたちが九尾だって知った途端、なんでか第一皇子に文句言いだしてねぇ」
音楽と踊りと一緒に来てたはずだけど、どうやら先走ったウルフ先輩に追いついてきたようだ。
女言葉に見れば、紫色の竜人トレビが、馬上から僕たちを見下ろしてた。
もちろん横には紺色の竜人ムッフィがいる。
二人とも馬上の人で、威圧感マシマシ。
なのにウルフ先輩は文句を言うのをやめないし、なんで一人徒歩というか走ってたんだろう?
「ウィー先生もなんかしてたみたいで、口悪いだとか厭味ったらしいだとか将軍さんの機嫌悪い要因になってて!」
「あー、うーん。第一皇子の派兵の時に、ぶつかったのかもねぇ。帝都でも、いろいろ良くない噂出回ってたし」
それとなく一般論を匂わせつつも、肯定しておく。
実際ぶつかったし、なんだったら本当に厭味言ってたしね、ウェアレル。
「皇帝の息子、しかも順位が高いとなればたたき上げの軍人など相手にもしないかと思ったが。どうも聞く限り才能は買っているようでな」
なんで取っ組み合いして文句言われた末に、そんな話してるの?
あれ、これはワゲリス将軍がちょろい?
っていうか、何言ったんだろう。
ウルフ先輩はまだ僕に抱きついたままで訴える。
登校見守りの人たちは、僕が無抵抗なせいでどうすべきか迷いながら見守り続行中。
「本当、山に登るまでもひどかった! 途中でも商売ごとで揉めるし、金見せびらかして野盗に襲われるし! 軍のほうとも揉めて、金で殴って、宴して!」
「突っ込みどころが多いなぁ」
「ほんとそれ!」
そう言ってくれる人がいなかったのか、ウルフ先輩が涙目になって頷く。
「いつものことだ」
「いつものことよ」
その上で、九尾の貴人は悪びれず笑ってた。
話聞くことになった登校の見守り要員たちも、あまりの話に困り顔になってる。
僕はウルフ先輩を立たせて、言い聞かせた。
「ともかく、通行の邪魔にもなりますし、学園に行きましょう。預けて行ったドラグーンも、冬眠から覚めて、今は見学の学生たちに連日人気だそうですよ」
「もうやだ、俺歩く」
何故かウルフ先輩がそんなことを訴える。
聞くと、どうやら馬の運転が荒く、ここまでで大変な目に遭ったから降りて走ってたらしい。
平民のウルフ先輩は乗馬技能もないから、貴人に相乗りさせられて泣く羽目になったとか。
「あ、砂埃それですか。じゃあ、馬も休ませるために早く学園いきましょう。走らせないでくださいね」
一緒に学園まで行くことになり、九尾の貴人も馬を降りて、お供の人が馬を牽いてくれる。
その間もウルフ先輩は愚痴を吐いた。
「でさ、将軍さんと一緒に山登ることになったんだけど、ネヴロフの故郷とんでもなくて!」
「あんな所、登ってでも行きたいなんて、最初はどうかしてると思ったのに」
「行ってみれば降りることのほうが億劫となるとはな。初めての経験だったぞ」
九尾の貴人たちも遠い目をして、それぞれ道の険しさに思いをはせるようだ。
僕もファナーン山脈を思い出して、相槌のふりして頷く。
「もう怖いんだよ。とんでもない絶壁の所とかあって。なのに足場悪くても、気になったらこの人たちすぐ立ち止まってさ! そのせいで将軍さんもさっさと進めってまた怒るし! マジで怖いのあの英雄! そりゃサイポール組も震え上がるわ!」
なんかワゲリス将軍のイメージが違う?
まぁ、怒鳴られて怖いはわかる。
ただ、僕の場合カピバラっていう種族のイメージに引っ張られて、あんまり怖くない。
後、怒鳴るとだいたい側近たちが対応してたし、僕が怒るより早く言い負かされてた。
だからもう怖いとかよりも、どう対処しようかって冷静になってた気がする。
「しかもさ、ここで第一皇子が暗殺されかかったとか、ここでウィー先生が暗殺者取り逃がしたとか、怖い情報増やされて!」
「いやねぇ。辺境に捨てた上に暗殺なんて」
「それでも帰ったのはウィーが教えただけはある」
なんか九尾の貴人の評価がおかしい気がするなぁ。
それ、ウェアレルが聞いて喜ぶよりも、明後日の方向見そうな気がする。
「あの、ネヴロフから故郷には毒が停滞していたと聞いたんですが。そこはどうでしたか?」
皇子の発明の話とかで、実際に聞いたことあるから振ってみる。
ワゲリス将軍からの報告でも、問題ないって話だから、もう白い道に毒ガスが溜まることはないはずだけど。
それでも位置的にどうしても火山性ガスが流れ込む土地だから気にはなってた。
するとウルフ先輩が、思い出したように拳を握って愚痴にする。
「それも行って聞いて、本当なんで俺あんな死ぬ思いして山登って、そんな危険な村に行かなきゃいけなかったのかって!」
九尾の貴人たちは、ウルフ先輩の声を無視して考える様子だった。
「皇子がやっていたという、火のついた縄を白い道に降ろすという毎日の儀式があったな」
「あれなんなのかしらね? 火が消えなければいい日って、占いの類なのかしら?」
「えぇと、よくわかりませんが、空気には種類があるので、その種類を探るやり方かなぁって、聞いて思いましたけど」
言ったら、錬金術科で空気の分解はやったウルフ先輩が手を打つ。
「あ、あれそういうことか。つまり垂らすのは重い気体だから。それで火が燃えなくなるのはヤバい気体が溜まってるって、鉱山なんかと同じ話か」
「ちょっとぉ、ちゃんとその時に説明しなさいよ」
「思いのほかビビりで使えんな、まったく」
九尾の貴人に文句を言われて、ウルフ先輩が貢献を訴えた。
「え、ひどい! 野盗の急襲察知して助けたの俺だし、飲んで騒いで軍の山の上までの同行もぎ取ったのも俺なのに!」
なんだかんだ、ウルフ先輩もやることはやってたようだ。
これだから竜人の卒業生テルーセラーナ先輩も、ウルフ先輩を引き込んだのかな。
「で、どういうことなのだ?」
「ほら、ちゃんと説明しなさい」
九尾の貴人二人は、ウルフ先輩に錬金術師としての見解を求める。
しかも餌をぶら下げるように硬貨を一枚目の前で振ってた。
もちろんウルフ先輩はよだれを垂らさんばかりにそれに釣られる。
扱いわかってる感じがするなぁ。
これは冬から春にかけての旅で、仲は深まったと思うべき?
なんか傍から見ると、すごく変な状況なんだけど。
それでもウルフ先輩は、ちゃんと空気を分解すると、空気という一つの塊の中に性質の違う気体が混合されているという説明をする。
重さが違うことや、火が付くか消えるかの違いなど、普段触れる空気も濃度で性質に差ができることを説明した。
「だから、下に沈む火を燃やさない気体があると、あそこは危ないっていう確認作業じゃないっすかね? 毎度!」
説明が終わると、硬貨が弾かれてウルフ先輩の手の中に納まる。
九尾の貴人たちは話し合いを始めた。
ただその会話の内容は、山の上の毒についてじゃないようだ。
「ふむ、土地の特徴というなら問題あるまい。ただ、あれをどうやってこちらに預けてもらうかだな」
「まずは皇子さまと繋ぎかしら。そうじゃないと手を加えることもできないし。買い取りたかったけど」
「えっと、なんの話ですか?」
気になって聞けば、にんまり竜人二人が笑う。
「山の上にはとても素晴らしい岩盤浴という施設があったのだ」
「あれがどうしても欲しかったんだけど、売ってくれなかったのよ」
確かに作ったのは僕だけど、温泉じゃなくてそっちに興味持つの?
というか、皇子に直接交渉のためにルキウサリアに戻った感じがするんだけど?
僕は内心で、ウェアレルに頑張ってガードしてくれるよう祈るしかなかった。
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