閑話120:ソティリオス
学園行事の春のパレードは、教養学科ではあまりやることがない。
去年と同じく関係のある子弟がやっている催しを回って、顔見せと社交に費やすつもりだった。
客としてやって来る当主連中のほうからユーラシオン公爵家の名に引かれて声をかけてくるのだから、時間は足りないほどだ。
そう思っていた予定を変えたのが、いつものとおりアズロスこと第一皇子。
集客を見込め、名を高められる場を用意できるというのに、何故かこっちに振ってきた。
いや、それだけ得られる評価に微塵も興味がないことはわかっているんだが。
そもそも目立たないよう立ち回った上で、好き勝手している様子が窺えるのが、何をする気だとこちらの警戒心を煽っても来る。
少しくらい前に出る場面で引きずり出せないか、そう思って今日は錬金術科に足を運んだ。
「アズロスはいるか?」
そう言って入った錬金術科の教室だったが、私の声は教室内の声にかき消される。
「なんで知らないの!?」
普段そこまで騒がない猫獣人のラトラスが、アズロス相手に声を上げるという珍しい構図だった。
当のアズロスは答えに窮した様子で半端に笑っている。
「それは、えーと、見たことがないから…………」
「毎年決まった時期にやってる祭りだと言ってるだろう。見たことがないわけがない」
帝都にいたというレクサンデル大公国の貴族子弟エフィも、一緒になって責めるようだ。
他の錬金術科も顔を見合わせており、海人のウー・ヤーが首を捻る。
「時期を聞くに、春分、夏至、冬至祭りらしいが。それを見たことがないとはな」
「あ、俺の村も夏至と冬至はちょっといいもん食ってたぜ。他のとこでもそうなのか」
獣人でクズリという他にいない種類のネヴロフは、辺境の育ちだという。
エルフのイルメは、ネヴロフさえ祝う祭りを知らないと言ったアズロスを見据えた。
「宗教関係に興味がないなんて聞いていたけれど、それどころじゃない無知さね」
珍しく、アズロスが知識のなさを責められているらしい。
だが、興味がないことで無知を晒すことは、なくもないと私は身をもって知っていた。
貴族関係や上下の隔たりなど、全く意に介さず、私が責めたところで無視するのだから。
「…………何を騒いでいるんだ?」
「あれ、ソー? どうしたの?」
第一皇子として関わった時のことを思って、少々強くノックして声をかける。
すると当人は本当に気にせず応じた。
「自分でレックスの提案しておいて、どうしたとはずいぶんだな」
「あ、それでわざわざ来たんだ? だったら…………」
アズロスがこれ幸いとこちらに来ようとするのを、ラトラスが掴みとめる。
「つかぬことを聞くけどさ、貴族って帝都で俺たちみたいな平民でも知ってる教会の祭り、知らないことってある?」
「アズロスは帝都に住んでいながら、生誕祭も、復活祭も、降臨祭も知らないという」
エフィが補足して、ようやく私も話が見えた。
それらは確かに誰でも知ってる祭りであり、帝都でも盛大に催される。
主神の生誕を祝い、祖神の復活を称え、都市神の降臨を喜ぶ祭りだ。
ネヴロフの辺境の村でもやると言ったように、他の種族の国々でもやるのだろう。
それくらい知っていて当たり前のことを、アズロスは知らないと言ったらしい。
育ちを思えば言いそうではある、か。
宮殿で行われる催しで見たのが、私も一度きりだ。
「帝都の教会で行われるのならば、盛大に鐘も鳴らされ参加せずとも感じ取ることはある。帝都の造りとして、王宮やその付近の貴族屋敷は遠く高低差もある。だが、そちらも季節ごとに催しは行われていた」
帝都出身のラトラスと、帝都で学んでいたエフィがいるから下手なことは言えない。
そして言っていて思ったが、本当に知らないのだろうな、アズロスは。
そもそも宮殿にまで帝都の鐘の音が聞こえるかどうか怪しい。
それに宮殿で祝いがあっても、第一皇子が出ることはなかった。
アズロス側の理由はわかるが、ここで事実を言うことも憚られる。
どう誤魔化したものかと思っていると、イルメが頷いた。
「そう聞くと、やっぱり存在も知らないというアズが特殊過ぎるのね」
「祭りなんてみんなでやるもんだし、アズだけ知らないなんてないだろ?」
ネヴロフに、ウー・ヤーがいたずらに笑って見せる。
「祭りごとに、罰則を受けて出させてもらえないということはあったがな」
確かにそういうことはある。
私の弟はやんちゃをして、祭り不参加を言われた時には大泣きしたこともあった。
どうやら他種族も、そういう罰は同じようだ。
そう思っていたら、アズロスが笑顔で声を上げた。
「あ、そうそう。そんな感じ。僕住んでるのが家の端だったし、何かあっても知らされないし、催しがあると出ないように見張りつけられるくらいだったから」
アズロスの言葉が教室に虚しく響く。
気軽に事実を言っただろうアズロスも、沈黙に瞬き、狼狽えた。
事実と知ってる私でも少々気まずい。
その上、家というには宮殿の規模は規格外だ。
アズロスの言葉から想像できる話と、実態がかけ離れすぎていて、どう考えても錬金術科たちを騙しているようにしか見えない。
「まぁ、そう、だな」
気まずすぎて相槌を打つと、途端に私のほうに視線が集まる。
その中でネヴロフが率直に聞いてきた。
「え、なんでわかるんだ?」
「そう言えば同じ帝都住まいの貴族ね」
イルメに続いてウー・ヤーも頷く。
「エフィと違って本国も帝国だな」
「そう言えば留学前にソーはアズのこと覚えてるかどうかって話してなかった?」
ラトラスがいうのは、アズロスの正体を知らない私と行動を共にするため、不安を誤魔化した言葉なのだろう。
というか、留学の時素のままで出て、騙し続けるつもりだったのが確定した。
こういうところは鈍いふりの第一皇子でも、アズロスでも性格が悪い。
王侯貴族なら、他人を騙し続けることに呵責などないのも腹芸の内だろうが。
自分が対象とあっては面白くなく、思わず睨むとエフィが目を見開く。
「本当に知り合いだったのか」
エフィも帝都にはいたが、私と関われるような場面はなかった。
ではアズロスはと言われては困るため、当人が慌てて手を振ってみせる。
「知り合いってほどじゃないよ。少ないけど、僕だって集まりに出る機会はあったんだ。その二回くらいで、ちょっと、ね?」
「三回じゃないのか? それにあれらを一回と数えるのもどうなんだ?」
初めて出会った時はともかく、次はディオラ姫に会った際に少し顔を合わせた程度で一回にも満たない。
さらにその後は、ハドリアーヌ王国の一行をもてなすためにひと月ほど毎日顔合わせていた。
その次はルキウサリアに入学体験でまたひと月ほど同じ馬車で移動してもいたのだ。
こうして考えると、どうして気づけなかったのか。
いや、第一皇子に注目するよりも頭を悩ませる問題があったからだが。
それは私が第一皇子を重要視してなかったという、気の緩みとも言える。
近くでよく見て覚えていれば、騙されずに済んだかもしれない。
「ほら、他にも人いっぱいいたし?」
その適当な言い訳にもう一度睨む。
途端にアズロスはさらに言い訳を続けた。
「えーと、うん、僕も慣れない場で息を殺して、存在消してたところはある。みんなすぐ喧嘩するし、意中の相手を前にすると、ね?」
「よし、喧嘩を売っていると取っていいんだな?」
ハドリアーヌの王女たちの諍いは確かに、やり過ごせるならやり過ごしたかった。
だがその他の面倒ごとを投げておいて、息を殺すとはずいぶんな言いようだ。
さらには意中の相手とは、入学体験のことだろう。
つまりは、あれだけ近くにいて同じ馬車で、なんで気づかないんだと煽っているのだろう?
反省はしよう。
自分の至らなさも受け止めよう。
だが、それはそれとして聞き捨てならん。
「べ、別にソーだけの話じゃないって。入学体験の時とか…………」
気色ばむ私にアズロスが言うと、途端にエフィが肩を落とした。
「そうか、あの時、アズもいたんだったな。確かに俺も、アズは記憶に残ってない」
「あ、うん。そうだろうね…………」
気まずげに視線を逸らすアズロスだが、見ているこちらのほうがまた気まずい。
何せ喧嘩を売った当の本人が目の前にいて、エフィは気づけていないのだ。
錬金術科の個性的な学生たちの中でやっていけているようだが、その中に自らの将来像を大きくゆがめるきっかけになった当人が、何食わぬ顔をしているなんて、私なら羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
実際、宮殿でその正体に気づいた時には、周囲を気にする余裕もなくしてしまった。
対するアズロスの冷静さが余計に腹立たしく、口惜しくて煽られたほどに。
だからこそ、エフィもその時があれば同じくやり場のない気持ちを抱えるのかと思えば、憐憫の思いがとめどなく溢れる。
「以前の失態には、なんの擁護もできないほど自業自得だ。だが、現状の努力と状況を変えようとする意欲は間違いではない。いつまでもあんな第一皇子に利用されたことを引き摺るな。絶対に奴はそもそも気にしてさえいない」
そう言ってエフィを慰めつつ見れば、本当に当人は気にせずにいる。
こちらも利用できるならアズロスの案も利用しようとレックスの大会を引き受けたが、その程度ではまだ気にも留めない存在のままなのは、正直業腹だ。
だが今はまだ、この余裕を打ち崩すすべは見えないままだった。
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