600話:聖女の遺物5
新入生のマクスが読み解こうとしてたのは、聖女の日記。
そしてそう言った途端に乱入してきた使用人っぽい女。
僕は狙われた聖女の遺物を片手に、マクスへ聞く。
「これ、僕たちへの危機感煽るための仕込みとか?」
「ち、違います。この者は?」
マクスはすぐに室内に控えてた侍従に問いただす。
「五年前から仕える者だったはずでございます。確かな紹介があっての奉公だったのですが」
「あー、去年ちょっとした事件耳にしたんだけど。そこでも数年前に雇い入れた人が、犯罪者と通じてて、犯罪のために潜り込んでたって話だよ」
僕はソティリオスの誘拐について、濁しながら教える。
その事件自体伏せられてるから、曖昧な伝聞としてしか言えない。
「あら、駄目よ」
突然イルメが、上から押さえつけた使用人を殴打した。
何かと思えば、使用人が舌を噛もうとしたそうだ。
手っ取り早く意識を刈り取ったらしい。
僕はさすがに容赦のなさは見慣れてた。
けど、見るからに知的なエルフの少女が暴力で女性を制圧した姿に、マクスはもちろん、侍従もドン引きだ。
「ともかく、この人の処遇はそちらに任せて大丈夫?」
「は、すぐに!」
イルメの容赦なさに自失してた侍従が、僕の言葉ですぐに外へと声をかける。
腕っぷしの強そうな従僕が縛り上げて猿轡も噛ませて連れ出した。
改めて扉の前に人を置いて、僕たちは座り直す。
そこまでスムーズなのは、さすが王族の連れてきた使用人ってところなんだろうけど。
今その使用人の中に裏切り者がいた状況だし、どう評価すべきかな。
「で、今の襲われたことに対して、説明はあるかしら?」
言って、イルメはまだ僕が持ってる聖女の日記に目をやる。
マクスは返してほしそうだけど、僕の行動でことなきを得たのも事実。
無理に取り返すかどうか迷ってる様子だった。
「こっちが襲われるのかと思ったら、まさか大切な遺物のほうを狙ってくるなんて思わなかったよ」
「大切、そう思ってくださるなら、良かった」
マクスは本気で安心した様子だ。
イルメもわからない顔になる。
「聖女がどのような人かは知らないわ。けれど先人の知恵でしょう、この書物は。だったらあなたたち人間にとって得難いもののはず。それを損壊しようだなんて、どうかしているわ」
「えぇ、全くおっしゃるとおり。どうかしているのです、あの狂信者どもは」
マクスの口から思わぬ言葉が出た。
「狂信者? もしかして別の宗教者なの? 聖女を聖女じゃないって否定するみたいな?」
「いいえ、あれらは聖女の狂信者。故に、聖女が人として生まれ育った我が国に残る、聖女の人としての痕跡を消し去ろうと長く暗躍する者たちなのです」
うぉ、なんかとんでもないのが出てきた。
けどドン引きしてるのは僕だけで、イルメは理解したみたいに頷く。
「我が国でも精霊信仰をおざなりにして、その声を聞く巫女姫を神格化しようとする不埒者がいたそうよ。信仰の本質を見失った愚かな行為だわ。けれどやっている側は自らの正当性を疑わずに暴走するものなのよね」
マクスも同じように頷いてる。
えっと、これはついていけてないの僕だけだな?
けど、これ前世無宗教だったからじゃない気がする。
この二人、けっこうディープな宗教関係者なんじゃない?
「つまり、日記なんていう神聖視する相手の、世俗の暮らしぶりを残されてたら、困るとかそういう?」
僕がついて行こうと聞いてみれば、イルメとマクスが首を横に振った。
「もっと強い思想よ。神聖視させるために、そもそもの人として他の者たちと同じであった痕跡を抹消するつもりなのでしょう」
「はい、等身大の少女であった聖女像など、狂信者にとっては神聖な信仰対象を冒涜すると考えているのです」
わっかんないなぁ。
いや、これはあれか? 解釈違いってやつ。
で、公式で出された設定なのに、そっちをイメージに合わせようって暴れてる感じ?
うん、前世に合わせてみたけど、やっぱりわからない思想だ。
もうそれ、ただの妄想だよ。
「実は聖女の日記と言ってもいくつか種類があるのです。そしてすべて我が国にあるわけではなく、ムルズ・フロシーズにも秘密裏に保管されています。中には読める文字のものもあり、そもそも日記は文字を知らない聖女の手習いから始まった習慣と伝わっています」
なるほど、それだと俗っぽい。
まぁ、だからってわざわざ侵入して王族の持ち物損壊しようなんて、ぶっ飛んだ考えは理解しがたいけど。
それでも宗教の総本山であるムルズ・フロシーズよりも、ルキウサリアで学生やってる王族狙う難易度の違いは理解した。
「けれどこれは、手習いじゃないよね? 読めない独自の文字を使ったのは日記という他人に読ませることのないものだと思えば納得もするけど」
「あら、日記は本来、後継者や家のために遺す記録よ。アズも貴族なら、家に先祖の日記が残ってはいない?」
マクスも頷く様子から、イルメが言うとおり王侯貴族の日記には、末裔に遺す記録としての意味合いが大きいらしい。
聖女はそれで言えば公人的な立場で、日記を残すなら読まれる前提のようだ。
僕が思い出して本を返すと、マクスはほっと一息つき、いそいそと箱に戻す。
聞けば、その箱は色んな魔法の対策を施していて、燃やしても簡単に燃えないし、そこらの薄い金属よりも固いんだとか。
「ちなみにその狂信者って、どれくらい昔からいるの?」
「本格的な活動は聖女の死後らしいですが、生前からいたそうです」
「無駄に歴史があるって、完全にもう思想は固まってるのか」
しかもこんな乱暴な手に出るくらいだから、説得なんて無理だろう。
けどもっと説得とか論外な情報が増えたし、これはさっさと国で規制すべきかな。
「その狂信者たちって、会派みたいなもの?」
「まさか。教会側からも異端者として破門されています。だというのに今も変わらず神の名を奉じて聖女への信仰を謳っており、知らない者からすれば真面目な信徒と変わらないように偽装するのです。ムルズ・フロシーズや我が国では排除しtえいますが、他国となると…………」
どうやら国でも規制しきれない存在らしい。
「けど、こうして問題起こしたなら、王族としてルキウサリアに忠告みたいなことは?」
「それは、難しいかと。そもそもこの学園都市はとても警備が厳しい。昨年ハリオラータの襲撃を退けたこともあり、学園都市内に連れて入る使用人については厳しくこちら側の責任の下対処するという制約で連れてきています」
そうなったか。
だったらこれは僕のほうから王城に上げるしかない。
ただ、そうなるとアズロスから情報提供したとも言えないから、マクスと連携は無理。
内容はセフィラがいれば漏らせるけど、あんまり国に動かれると、伝手のないイルメじゃなく僕が漏らしたことが疑われるだろう、
そうなると、聖女の日記の解明にも邪魔になる。
「今の者は、屋敷から出す予定のない仕事を振ってある使用人のはず。であれば、お二人が関わったことはまだ漏れていないと思われます」
マクスは心配して、僕たちの身はまだ安全だろうと言ってくれる。
「護衛をつけるべきか。それとも知らぬふりで関りが漏れないようにすべきか」
「そういう気遣いしてくれるなら、いっそ相手をおびき出して、学園都市内部で学生が襲われたっていう事件にしてしまおうよ」
僕が言うと、使用人を殴り倒したイルメが呆れる。
「それは、ルキウサリアの国に対して酷ね。けれど、やり方によってはハリオラータに入り込まれていた分、他の王族を守り切ったという方向にも持っていけそうかしら」
「なるほど、確かに学園に子女を送った者たちから不安の声もあるようです。それを逆手にとって、こちらも責めるのではなく、助けられたという形でつり合いを取れば?」
マクスはちゃんと王族らしく、交渉の仕方は考えられるらしい。
国同士のつり合いなんて考えてると、そこに侍従が注進する。
「しかし、襲われた理由はなんといたしましょう?」
聖女の遺物は公にはできないらしい。
「普通に錬金術の書籍狙いでいいんじゃない? 君が言ったように、錬金術を嫌う宗教勢力もいるし。それとも相手が捕まるとそれがばれて困る?」
マクスは考え、頷いた。
「困りはします。ムルズ・フロシーズは、聖女の遺物を全て差し出すよう命じているので」
そっちはそっちでなんかあるらしい。
マクスが聖女の遺物を所持してること自体、公にできないとなるとさらに面倒だ。
「うん、じゃあ、こっちでは錬金術ってことで押し通そう。実際錬金術に使う有名な植物っぽいものあったし。で、僕は王城に勤める方に知人がいるから、今日のことを耳に入れておいていいかな?」
マクスは根回しってことで了承してくれた。
根回しって言うか、そのままルキウサリア国王の耳に直通だけどね。
ムルズ・フロシーズから口出しあるよって言えば、他国と揉めたくないルキウサリアは聖女の遺物だと言っても黙ってくれてるだろう。
あとは、ことを大きくするやり方と、ルキウサリアが助けたっていう名目の作り方だ。
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