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597話:聖女の遺物2

 数日後、またマクスが僕たちの教室にやってきた。

 僕の机に近寄って来る時にはイルメも一緒だ。

 ただ、マクスが及び腰で、イルメが先導してる形になってる。


 作りかけの暗号は、一緒にやってたらトラスが回収してくれた。

 僕は見せられないものはあらかた片づけて、イルメとマクスのほうに向きなおる。


「単刀直入に聞くわ」

「あの、本当に仰るのか?」


 うん、ぐいぐい行くイルメを、マクスが止めようとしてるなぁ。

 ここは先輩として忠告をしておこう。


「何かわからないけど、イルメは性急なところがあるから、止めるなら一から理論立てて止めたほうがいいよ」


 イルメってけっこう猪突猛進だと伝えると、マクスはやはり迷う様子を見せる。

 ただ当のイルメがマクスの尻を叩くように言った。


「調べてもわからないなら、本人に聞くのが一番よ」


 ちょっと警戒しそうになって、笑顔で誤魔化す。

 もちろん、僕は調べられたら後ろ暗いことしかない。

 そもそも偽名だしね。


 その上で調べられてもわからないよう身元も偽装してる。

 どうやら僕はマクスに調べられたらしいけど、正解にはたどりつけなかったってことはわかってちょっと安心。

 その余裕で聞き返すこともできた。


「僕を調べたの? 聞いてくれれば答えるのに」

「なんでもこちらの文化では、政治と宗教と競技について世間話にしてはいけないとか言うのでしょう?」


 前世でもそういうのあったけど、こっちでも諍いの元だから避けられるのかな?

 イルメがそう聞くってことは、エルフにはない考えってことだろう。


「まぁ、喧嘩したくないなら、きちんと討論って形でやるべき話題だろうね」


 イルメに答えて、マクスに聞く。


「もしかして、宗教的に僕の家のこと調べたかったとか?」

「はい、そのとおりです」


 マクスが諦めたように答えた。

 身分偽装のために選んだインテレージ家という、何処の国にも身分にもいるよくある家名。

 子だくさんなところもあるし、親族同士で認知してない例も多い。

 ちょっとおおらかすぎる一族。

 そこに紛れ込んでるから、調べても似た人物が現れて、直接本人に聞く以外特定のしようがないんだ。


 ただマクスは宗教的に強い家系。

 そうなると、洗礼名っていう教会に登録するみたいな名前のほうで辿られた可能性もある。

 僕はその辺り疎いし、偽名については皇帝の父任せでどうなってるかわからない。

 しかもマクスが知りたかったのは、アズロスの宗教背景。

 帝国には国教があるけど、その国教の中で会派っていうものに別れてる。

 主義主張や神話の解釈、教義の姿勢なんかが違うそうだけど、正直知らないんだよね。


「うーん、調べても特に何も出ないよ。僕、信仰薄いから。教会にもまともに行かずに部屋に籠って錬金術してたんだよね」

「そのようですね」


 調べられなかった上に、アズロスとしてのこの二年で宗教的な動きはしてない。

 レクサンデル大公国に行く途中に、旅の安全祈願で教会に寄ったけど、僕は完全に初見の対応で不思議がられた。

 その時に、今言ったみたいな言い訳をして誤魔化したから、たぶん僕に信仰心が薄いことはイルメに聞いてたんだろう。


「だから実家がどの会派とかも知らないんだ」


 これは誤魔化しでもなく本当。

 そもそも皇子扱いされないから、公式行事出ないし、教会がルカイオス公爵派閥に近いから、僕は近づけないし。

 あと、家庭教師とかの近い大人が異種族なせいもあって、宗教関係が完全に弱い。

 乳母のハーティがいた頃はまだ子供ってことで、そういう学習もしなかった。


「はぁ、アズはそういうところ平民と同じよね。私たちの国でも、末端はただ拝めばいいみたいなところあるもの」


 エルフの宗教家出身なイルメが、信仰心の薄さを嘆く。

 国自体が宗教熱心な王族のマクスは、そういうものかという感じだ。


「はは、そんな僕より宗教色ないネヴロフの話聞いたらどういう反応するんだろうね」


 辺境過ぎて、通える教会がなかったネヴロフ。

 教会から説法にくる司祭もいない山の上。

 さらに言えばロムルーシという別宗教の村出身だったし。

 そもそも人間の宗教にどれだけ造詣があるかわからない獣人たちの村だ。


 簡単に僕とイルメが説明すると、マクスは盛大に驚いた。


「帝国領内に、そのような場所が」


 ある程度知識のある王族であっても、地域差に驚くようだ。

 その上で、実際の礼拝なんかしなくても知ってる僕はましだと思ったらしい。


「できれば、尊崇の念を持ちつつ、距離を取っていただけるような心持ちなら…………」

「あぁ、だからイルメのほうはいいんだ?」


 いっそ違う宗教のエルフ。

 その上で信仰に対しては真摯で尊崇の念もある。


 一方僕は帝国出身って言うことで同じ宗教。

 だけどその宗教にかける尊崇の念はない寄り。


「うーん、宗教という括りじゃなく、そうした文化やそこに根差した知識、過去の偉人の功績に対しての尊崇だったら抱けると思うよ」

「それは、うーん」


 宗教的には駄目かな?

 マクスは悩み出すけど、イルメが説得するように言い聞かせる。


「少なくとも、アズは理解の及ばない遺物を軽んじることはしないわ。というか、そんなことをしていたら、錬金術師なんて目指さないわよ」


 イルメも二年でだいぶスタンス変わったよね。

 その上での認識が、錬金術師は軽んじられるというのだから世知辛い。

 そして否定できない。


 あとイルメのことだから、マクスからも錬金術隠したいくらいのことは聞いてそう。

 宗教関係で、実は錬金術禁止だとかも。

 まぁ、そこはエルフも同じだから気にしなさそうだけど。


「では、一度私の滞在先に来ていただければ」

「あ、もしかして原本見せてくれるの?」


 僕が聞くと頷く。

 どうやらあの謎言語で書かれた写しの原本を見せるかどうかの問答だったらしい。


「イルメは?」

「一度見せてもらったわ。けれど私じゃ無理ね。植物の絵が描いてあったのだけれど、知っているものとも違って。こちら特有のものかもしれないけれど、マクスも調べた限り該当する植物はないというの」


 そんな話をしながら謎の言語で書かれた文書を見に、放課後一緒に帰ることになる。

 行く先は学園都市の中でも、貴族屋敷の界隈だ。

 皇子として暮らす屋敷と離れてるから、そこは良かった。


 ウォレンシウムはそれなりの国だけど、大きくはないし、影響力も強くない。

 ただ、歴史はあるし血筋も続いてるとか聞いた。

 帝国の皇帝は、その血筋を何度か変えている。

 確実に初代の血縁だけど、他国に出た傍系の子息が継いだり、臣籍に落とされた元皇子が反乱して帝位奪い取ってたり。

 さすがに僕の父のような、隠し子から皇帝になった例はないらしいけど。

 そんな皇帝に比べれば、確かに由緒正しい国なんだろう。


「こちらです、先輩方」


 そう言ってマクスに案内されたのは、同じような縦長のタウンハウスの一つ。

 一階の応接間に通されて、使用人から給仕されて待つ。

 すると制服姿のまま、マクスが一つの箱を使用人に持たせて戻った。


「この箱は元から?」

「いえ、持ち出す際にあつらえましたが?」

「元のものだったら、何か手がかりになるかと思ったけど」


 僕が言うとイルメも、金属で補強された箱の木目を見る。


「そうね、使われた素材から地域の特定もできたかもしれないわ」

「残念ながらそうしたものはなく。作成されたのはわが国であることは確かなものです」


 それもまた不思議な話だ。

 帝国の文化圏なのに、どうして謎の言語が使われてるのか。


「そうか、最初から暗号として存在しない言語を一から作ったのか」

「その可能性は考えたわ。そもそもこれ、ずいぶん書き慣れた様子なの」


 先に見たイルメが教えてくれる。

 そう話してる間に、マクスの指示で使用人が柔らかな布を敷いて、その上に箱から本を出した。


 装丁は古く、外見を覆うだけの羊皮紙で、この世界では当たり前だけど、手作り感満載。

 本を閉じるために紐がついてるくらいの特徴で、表紙なんてものもない。

 中を見れば、前書きも何もなく、ただ目次はあったけど、それは読める文字。

 つまり、後づけのものだった。


「…………もしかしてこれ、元は本じゃなかったの?」

「ご明察。元はただの手稿でした。それを先祖が保存のためにこの形に」


 マクスに言われて、ひと通り見たけど、宗教関係には見えない内容だ。

 文字が読めれば違うかもしれないけど、けっこうな数ある挿絵はどれも、裸の女性が何かしている様子や、植物、星、謎の図形が赤、青、緑、黄色で色々描かれてる。


「まぁ、これで見てわかるのは…………それなりに身分のある人が書いたんだろうね」


 僕の言葉にマクスは目を瞠る。

 完全に予想外って感じの反応は、まるで図星を突かれたような雰囲気だった。


定期更新

次回:聖女の遺物3

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― 新着の感想 ―
作りかけの暗号は、一緒にやってたらトラスが回収してくれた。 作りかけの暗号は、一緒にやってたらラトラスが回収してくれた。 トラスって誰だろうと悩んでしまいました(笑) 聖女のエピソード出てくるのか…
そもそも本じゃないなら、ページの順番はあってるのか…
本として纏めると読めなくなる構造だったり?
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