591話:道を作る1
春の行事にかこつけて、錬金術科で催しに参加することになった。
それとは別に、ラクス城校への暗号の仕込みもクラスメイトの手を借りて行う。
そうして学園で楽しく過ごすだけじゃ終わらない。
僕の手元には、虎獣人のウィーリャから渡された報告書があった。
「うーん」
「どうされました、殿下?」
僕が屋敷の執務室で唸ると、ヘルコフが赤い被毛の熊耳を向ける。
ヘルコフは僕が仕事じゃないことに手を出してるとわかってて気軽に声をかけた。
けどウォルドの下について働いてる人たちが、何か難問かと身構えてる。
さすがに二年も僕の仕事の様子見て、しかもルキウサリア国王から呼ばれたり、僕のほうから気軽に会いに行ったりしてるんだ。
出入り激しい様子は内部にいるからこそわかってる。
そして尽きない報告書や学会からの招待で、僕が帝国に秘密で動いてるのもわかってた。
今回は見覚えのないウィーリャからの報告書を持っていたせいで、また何かするのかと思われたようだ。
「錬金術関係の報告をもらったんだけど、中々問題が多いみたいでね」
言いながら、僕は片手を振る。
すると察したウォルドの部下は、必要書類をまとめて退室した。
これも二年で慣れたもの。
錬金術の話題を理由にしてるのは、さすがに密談の言い訳だって勘づかれてる。
それでも錬金術関連も事実なので、ウォルドの部下は特に突っ込んでも来ない。
執務室の外では力になりたいと言い出した騎士二人も張ってる状況。
今度、錬金術で僕が動いてるのをどう報告してるか、どう上司に認識されてるか聞いてみようかな。
「そちらは、ロムルーシの大公からのものでしょうか?」
他に人がいなくなって、イクトが確認する。
言うとおり、送って来たのは北のロムルーシで縁のあったイマム大公。
そこに出身者であるヘルコフが推測して言う。
「積雪で敷いた橇用の道が埋まるっていうのは、地盤高くして対処してほしいと言ったんでしょ。あれに問題でも起きましたか?」
「あぁ、鉄二本で道を作るあれか。確か、その後にも鉄が歪むとかいう報告ありましたね」
イクトが言うように、二年でロムルーシのほうでも実施に際しての情報が集まってる。
レールを敷いて、その上を橇が走るようにしたのは、それなりに有用性は認識された。
雪で真っ白になっても道を外れないとかで、橇とレールがかみ合ってるのがいいらしい。
けど、逆に雪が多すぎるとそもそもレールも埋まって使えない時もあるとか。
だから土手を作って石を撒いて、枕木をっていう、前世の知識で助言をした。
またそれを実際にやってのフィードバックはありがたいことではある。
「鉄が歪むのは寒暖差による。だからこそ枕木に固定してって言ったんだ。で、今回は高くしたら風が強すぎて滑落事故が起きたらしい。僕としてはもう、防風林植えてとしか言えないんだけど。そもそも橇って、そんなに風の影響受けるものなの?」
「犬や馬の走る速さなんで相当スピードは出ますよ。ただ殿下、車輪が外れないように鉄の道に噛み合う形での橇作れってこと言ってませんでした?」
ロムルーシにも一緒に行ったヘルコフが、対策はあったはずだという。
それを聞いてイクトは片眉を上げる。
「道があるなら使うものだ。本来の用途とは違う橇を勝手に使っている者でも出たのでは?」
「それもあるらしいけど、曲がり道に沿った鉄の道の案を出したんだ。それを実践してくれたらしいんだけど、そこでけっこう風受けて落ちるって」
しかも高いから転がり落ちて必ず怪我人が出るとか。
聞いてヘルコフが手を打つ。
「あー、橇の勢い止めるための棒があるんですけどね、たぶんそれが石で覆った鉄の道なんてところじゃ機能しなかったんでしょうな」
どうやら橇には橇のブレーキがあるらしい。
しかもけっこう原始的なもの。
前世では車輪を止める形のブレーキがあったけど、橇になるとどうすべきかな?
「いや、接地面の摩擦が発生すればいいんだから、橇の接地面に摩擦力の強い物撒くのが早いかな」
「レールの上に砂を撒くことでも摩擦を生じさせることはできます」
光球姿のセフィラも出てきて案を出す。
ヘルコフとイクトは相談相手に不適と見て、セフィラに譲るらしい。
「あー、摩擦に適した素材探すよりも、確かにそのほうが簡単かも?」
「アーシャ殿下、砂というものはない所にはない素材です」
譲ったと思ったら、イクトがそんなことを言う。
それにはヘルコフも頷いてた。
どうやら砂って、場所によっては珍しい素材らしい。
そういうことはセフィラも知らないから、一歩引いた二人を手招いて戻す。
「手をすり合わせると、くっつく感じしない? それが抵抗っていう力で、進行方向に働く力が生じると、反対に進む力も生じるんだ。えーと、イクトだったら魔法で水放つ時に押すような力感じない? それも抵抗」
僕は抵抗について簡単に説明する。
そして摩擦により抵抗を増やして、速度を落とすっていうブレーキの機能を説明した。
ヘルコフとイクトはずっと手をすり合わせてるけど、想像できたみたい。
「そうなると、強い力ほど急に止めるのは危険ですし、強い摩擦? っていうのはやめたほうがいいですね」
「曲がる時に横に押しつけられるような力、あれも影響してのことでは? 一概に止める方法でなくても良いと思うのですが」
そんな風に意見を出し合って、イマム大公への返事を考える。
「うん、じゃあ、最初から曲がるところはレールに傾斜を持たせる形で、外れないようにする案を中心に、ブレーキに関しての提案もしておこう」
「…………ずいぶん熱心にロムルーシの道に関して取り組まれますね」
一段落したと見て、イクトが探るように聞いて来る。
「これは使っていいって言われてるから、最悪こっちで錬金術の成果が形にならなかったら持ち帰ることを考えてるんだ」
「つまり、帝国でも鉄の道を?」
意外そうな顔をするヘルコフに、僕は笑って頷く。
僕が想像できるのは、前世の歴史の教科書に載っていた浮世絵。
明治大正の頃の街を描いたもので、路面電車のようなものが描かれていた。
けどよく見るとそれを曳くのは馬で、ちゃんとレールもあるのに電信柱もなければ、送電線もない昔の風景だ。
「積雪もほぼない帝都なら、ロムルーシよりも問題は少ないと思うんだ。それに、あれだけ辻馬車が通っているなら、この鉄の道で速度が上がったり馬の負担が減ったり、積載量が増えるのは評価されるんじゃないかなって」
だからこのロムルーシからの報告は、適宜僕のほうでもレポートにまとめてる。
もちろん、実用的な活用方法を提案する形で、ブラッシュアップはする予定。
入学してすぐの頃なら、これを出しても握り潰されただろう。
けど一番の障壁のルカイオス公爵とユーラシオン公爵は、錬金術に実益があることを認識した。
その上で大衆への有益さを説いて提案するなら、一瞥もせずに捨てることはない。
あの人たち、お互い政敵だけど手を組む時には組むし。
だったら、僕が相手でも交渉次第によっては、実現させてもらえる可能性はあると思ってる。
「と言っても、ロムルーシで大公っていうその土地一番の権力者が主導しても二年だ。しかもまだ問題はいくらでも出る」
前世でも交通事故は絶えなかった。
法整備も必要だと考えると、帝都での実用化には倍以上はかかるだろう。
「僕としては、時間がかかる分には問題ないけど」
「弟君方が卒業してから形になるくらいがちょうどいいってとこですか?」
ヘルコフが僕の考えを読むと、イクトもそれを踏まえて確認する。
「しかし、実績が認められるまでの間はどうなさるおつもりで?」
「別の錬金術ちらつかせつつ、宮殿に居座るかな。理由つけてルキウサリアと往復するのもありだ」
なんだかんだ、こっちでやってることもまだ数年様子見ないといけないことがある。
そうして膨らませるだけ、僕は猶予期間を作れるはずだ。
ことの結果が出そうなら、両公爵も様子見に回ってくれるはず。
伝声装置はルカイオス公爵にばれたし、ユーラシオン公爵はゴーレムの実用を考えてるし、今までのように実態さえ見もなしないなんてことはない。
そこ二人が主導しないと大きな動きにはならないから、父でも錬金術として扱うのは大丈夫なはず。
どっちの技術も僕を放り出して広められたらアドバンテージ減るだけだし、貴族としては囲い込みに意識は動くだろう。
「けっこう皇子を続けるには、悪くない状況だと思うよ」
そうつけ加えるのは、ヘルコフもイクトも不服さを隠すように黙ってしまったから。
結局宮殿の端に追いやられる状況は変わらないだろうからね。
僕としては権勢欲もないし、家族に会いに行ける距離ってことに不満はないんだけど。
軟禁生活を受け入れるような言い方が嫌なんだろう。
僕が不遇なのに心傷めてくれているからこそだ。
当事者の僕が、庶民感覚あるせいで、宮殿での暮らしに文句がないのも、我慢してるか何か誤解がある気もする。
「まぁ、少しは状況良くするためにも、動く気はあるし。そんなに重く受け止めないで」
僕は言って呼び鈴を鳴らす。
手回しのためにも王城へ行って、話す必要があるから、まずは先ぶれを出してもらわないとね。
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