586話:春の行事1
学園に入ってから三年目。
訳アリが多い新入生だったけど、後輩たちのオリエンテーションは成功した。
そんな滑り出しで、好調だったはずなんだけど。
「研究者にも絡まれたけど、今度はリーウス校かぁ」
僕は目の前で、泥だらけになってるリーウス校の学生たちを見てぼやく。
リーウス校は、アクラー校と同じくラクス城校の分校だ。
だいたい騎士や軍人を目指す王侯貴族の子女が集まる。
そんな相手との腕試しに参加してないイルメが手を打った。
「そう言えば、去年の春はアズいなかったわね。エフィが絡まれるから、私たちも何度か騎士科とはやったわよ。春にはもう毎年のことになるわね」
僕がいない間に、ラクス城校の騎士科ともやり合ったそうで、もう春には腕試しが恒例らしい。
もちろん負けてたら再戦って言いだすだろうし、それがないなら勝ったんだろう。
そもそも僕以外は魔法が得意なクラスメイトたち。
騎士を近づけさせないようにして勝ち筋もある。
「私たちはそのようなことがあったとは聞こえていませんでしたが」
帝国貴族出身のトリキスが、これ普通なのって顔してるから、首を横に振っておいた。
胸を撫で下ろすショウシが、そもそもリーウス校が喧嘩を売ってきた理由を確認する。
「先日は魔法と比べて、錬金術の能力に疑義を呈されましたが、今回は?」
「そこは僕も聞いてないね。槍対策必要になるから監修してって言われただけで」
今回は僕も突然クラスメイトに巻き込まれた形だったから、事情を知るウー・ヤーが応じた。
「説明してなかったか? 工房に通う中で武器防具をあつらえる騎士科やリーウス校の学生に絡まれることがあって、都度あしらってたんだがな」
つまり、それなりに心得があるウー・ヤー、フィジカルで人間を超えるネヴロフに敵わず。
以前から軋轢が生じてた結果、こうして準備万端で正面から挑む手合いが現れたらしい。
個人の突出した力量も、集団戦だと覆せると、集団戦を仕掛けてきたのは悪くない。
ただし、エフィに言われて考えた、地面をぐずぐずにする方法を仕込んだせいで、大前提の地形条件が変えられ対応できずに終わってる。
各個撃破で、リーウス校は指揮官役の学生以外は泥にまみれてる状況だ。
「ていていていてい!」
楽しそうに網状の粘着ジェルを、発射装置から打ち出すのは後輩のポー。
バネと回転の力を使っただけの簡単な発射装置だけど、元が病人で体力ないから、装置から動かずに補助と妨害に専念してるのは性に合ってたようだ。
「全く、不覚を取った自身が腹立たしい限りですわ」
「そう言わずに泥落としとけよ、俺が仇取ってやるぜ」
相手も考えていて、フィジカルが強い獣人のネヴロフとウィーリャを集団で落とそうとした。
けど結果として逃げることをしたネヴロフは残り、正面からお行儀よく受けちゃったウィーリャは、勝敗をわかりやすく表すための鉢巻き奪われて退場状態だ。
「ネヴロフ、止まるな! ラトラスが行ったぞ!」
エフィは指揮に専念してて、退場するウィーリャによそ見したネヴロフを叱る。
それと同時に危ない仲間に援護で魔法放つこともした。
そしてラトラスは、早さを活かして鉢巻きかっさらいまくってる。
うん、この形式で勝敗決めるってなって、一番にラトラスをエフィが指名したの、このためだよね。
で、見るからに獣人として強そうなウィーリャも入れたのは、ラトラスを最初に潰されないための囮だったんだろう。
「戦う前から勝敗決まってたよね」
「そういうものなのでしょうか? 大変傲慢な物言いでも、鍛えている様子はあります」
イデスは工房行ってる組だから、絡まれたことあるんだろう。
そして言うとおり、ちゃんと武器防具揃えてるリーウス校は、怠けてる様子もない。
何より、身体強化したウィーリャを抑え込める程度には鍛えている。
ただし、そこがまず戦う前から行われてた意識誘導の罠だ。
「本当に最初に押さえなきゃいけなかったのは、足元泥にするための工作をした、アシュル、クーラ、タッドの三人だったんだけどね」
すでに体力のないアシュルは落ち、そっちを庇ったクーラも落ち、戦いに向かないタッドも落ちてる。
けどすでに足元はぬかるんで、きっちりした装備が重しにしかならない状況。
役目は終えてるし、現状でもうラトラスを捕らえられるほど、相手も数が残ってない。
「王手という奴ですか?」
退いて来たタッドが言うのを聞いて、クーラがアシュルを支えながら聞く。
「王手? それは初めて聞いた言葉ですね」
「む、そうなのか? こちらでは有名な遊戯盤の勝利宣言である」
ほぼルキウサリア育ちのアシュルに、僕はイルメやウー・ヤーと一緒に声を揃えた。
「「「へぇ」」」
なんて言ってる間に、残ってた指揮官一人にエフィが迫る。
「奪われるか、投降するかくらいは選ばせてやろう」
「くそ…………! こちらの、負けだ」
ほぼ動かずに指示を出してた学生は、目の前のネヴロフには敵わないし、ラトラスを目で追うことも難しいと観念した。
ただそれはそれとして、負けたことは悔しいらしく、気持ちを口から吐き出す。
「こんな、知的遊戯も知らないような馬鹿な錬金術科に負けるなんて」
「いや、レックスくらい俺は知ってるから。よく見てよ、種族も違う他国の出身だよ、知らないの」
ラトラスが、知らないから馬鹿なんて言うのは間違ってると指摘。
けどそれにネヴロフが丸い耳を僕のほうへ向けた。
「俺も知らねぇけど、貴族なら知ってるもんじゃないのか? あれ、けどアズは?」
「えーと、遊戯盤ってことはおもちゃ? そんなの買ってもらったことないから」
聞いたら、人間で貴族的な生活をしてたトリキスとイデス、タッドが目を瞠る。
「祖父の世代でも嗜む、歴史ある遊戯で、家に一つは古いものがあるような?」
「えぇ、貴族に限らず富裕層も嗜みますので、人間の文化圏であれば各家にあるかと」
「アズ先輩の戦略って、レックスじゃないならどうやって鍛えて…………?」
どうやらゲームで培ったと思われてたらしい。
単に前世からの発想で、三十年生きた経験則でしかないんだけど。
「結局どのようなものですの?」
ウィーリャが聞いて、知ってるそれぞれが簡単に説明してくれる。
マス目の盤上で、サイコロを振ることで役割を持つ駒を動かして、相手の王を打倒する。
だから王手っていう勝利宣言らしい。
うん、前世のすごろくかチェスのようなルールだった。
本当に初心者以下の僕たちの反応に、リーウス校はより悔しさをにじませる。
けどまた負け惜しみを言う前に、エフィが呆れるように言った。
「そんなお行儀のいい戦いしか知らないから負けたんだろう。少しは何処に勝ち筋があったのかを検証して、自分の身にしろ。そのほうが、勝った相手を貶すよりもずっと建設的だ」
辛らつだけど、顔に哀愁漂ってるよ、エフィ。
もう三年経ったんだし、入学体験でやらかしたのそろそろ忘れていいんじゃない?
なんて、叩き落とした僕が言うことじゃないか。
こんな形で錬金術科に喧嘩を売られる腕試しは終了。
今回は集団戦で人数増やして、屋外で指揮官役をそれぞれに用意した。
入学してからやり始めて、けっこうな進歩がみられる気がする。
まぁ、新入生はびっくりしてたけど。
さらにヴラディル先生が昔はもっと無法だったとか疲れたように言うから、さらにびっくりして見てるだけだったな。
「えーと、それで? 音楽科のほうからこっちに回されてきたの?」
一日経って、僕は悪態吐いてた指揮官役の学生に聞く。
当人も顔真っ赤にして恥ずかしそうだ。
けど、教師の言いつけでしょうがなく、錬金術科を訪れてた。
「あぁ、春の行事のパレード。あれって騎士科やリーウス校は花形で行進するんでしょ? あ、軍楽って言うので音楽にも力入れてる? へぇ」
「入学してから手伝いは錬金術科もしてるはずだろう。どうしてこうもの知らずに知恵を借りろなんて…………」
指揮官役の学生の悔しがりに、他にも一緒に来てたリーウス校にしては細身の学生たちが頷いてる。
「僕、今年が初めてなんだよね。最初は留学に行ってたし、去年は帝都に戻ってたし」
まさか二年連続で関わってないとは知らず、リーウス校の面々はさらに不安げだ
そんな相手が知恵を借りろと言われたのは、音楽科の教師の回しもの。
音楽祭やマーケットで関わったせいで、聞けば答えると思われてる感じがする。
「それで、えぇと? 騎士科やリーウス校は目立つからこそ、二番手、三番手の学生たちがやることなくて困ってると」
相談内容はそんなところ。
パレードは学園都市内部を使っての大々的な催し。
さらに学園ではレクサンデル大公国での競技大会のようなことを小規模にしてやる。
その中で音楽科はコンサートもやるんだとか。
選ばれたリーウス校の楽隊は、パレードに参加するそうだ。
で、あぶれた楽隊が仲間に入れてほしいと音楽科に言ったら、僕に回されたと。
錬金術科のように、やることなくて手伝いに回される科もある。
その分、最初から花形の学科は主役とその補助からあぶれたら、放置というけっこう世知辛い扱いらしい。
ラクス城校の分校リーウス校は、魔法学科ともまた違った実力主義のようだった。
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