583話:弟の派兵準備3
弟のために動いて今日は学園にいる。
魔法学科の管轄の研究施設へ向かうけど、以前の塔とは違う場所。
ハリオラータの侵入と破壊があったせいで、全体的に改修が必要になってるんだ。
だから入ってた研究室は学園内外にバラバラに仮の部屋を割り当てられてる。
僕はその一つ、教養学科に近い研究施設に足を踏み込んだ。
「イール、ニール、約束の時間ですよ」
「「あ、ウィー」」
ノックするウェアレルに、黒と白のユキヒョウ先生が内側までもこもこの耳を立てる。
雑に積み上がった書籍や紙類は、急いで引っ越した名残にも見えた。
ただからになって乾いたインク壺や、羊皮紙に描かれた魔法陣なんかも床に散らばってるのは、明らかに整理整頓ができてない。
「今日来ると言ったでしょう。掃除の一つもしてください」
ウェアレルの苦言に、黒いユキヒョウのイール先生が手を振る。
「ハリオラータから押収した魔法の解析や呪文の検証が終わらないんだって」
「こっちに回って来るぐらいだから、魔法学科の教師ならわかるはずだけど?」
白いユキヒョウのニール先生は、魔法学科所属のウェアレルを睨むように見た。
「ふ、私は自分に回された分は全て終わっていますから」
「「早! なんで!?」」
答えはセフィラと、直接ハリオラータに聞けるっていう立場的なチートを使ってるから。
最初から解析や検証の必要がないんだよね。
「あーしには回ってきてないだす」
いないはずの相手の声に、僕だけじゃなく、ウェアレルもユキヒョウ先生たちも耳を立てて声の方向を見る。
いつの間にか僕の後ろで、魔法学科所属だけど教師じゃないヨトシペが、丸い秋田犬の尾を振ってた。
それを見て、イール先生が黒くて長い尻尾を不満げに揺らす。
「ヨトシペは冬の間海に行ってたでしょ。最初からうまく逃げてるじゃないか」
「それに、あなたに回したところで、解析しても結果がこちらの理解できる形で上がって来る可能性も低いですし」
冬の間、ヨトシペが海のある方向に行ってたって言うのは知ってた。
それにウェアレルがけっこう能力疑うこと言ってない?
当のヨトシペは相変わらず笑って答える。
「わはー、難しい言葉で報告書作るの難しいんでげす」
「まぁ、検証実験くらいだったら、声かかるんじゃない?」
ニール先生が半端に笑ってるのは、危険なハリオラータの押収品回されるってことかな。
そこに呼ばれるってことは、怪我しない信頼というか、雑に強さを見込んでるって言うか。
ウェアレルは一度僕を見て、ヨトシペに水を向けた。
「それで、あなたは海から戻ったのですか? 随分早いようですが、あちらの国の様子はどうだったんです?」
ヨトシペは海、つまりこの内陸から行ける北西に行った。
行く先はハドリアーヌ王国。
そこには、僕の要望も入ってる。
アズロスとして来てる僕は、知らないふりで話を聞いた。
「小児ポーションの輸送は問題なかったでごわす。お姫さまがわざわざ出迎えてくれて、歓迎されたどす」
うん、絶対それ第二王女のナーシャだよね。
そもそも小児ポーション持ち込んだのが二年前で、そこから検証がされた。
結果をフィードバックの上で、密かにまだ流通してない小児ポーションをやり取りしてたんだ。
それが今回、ようやく公に小児ポーションを手に入れられるようになった。
ナーシャ本人としては達成感があっただろう。
それと同時に、僕に言われて待っていた体力維持の呪文も心待ちにしていたんじゃないかな。
「あーしの話、王太子さまと一緒に面白がってくれただす」
どうやらナーシャだけじゃなく、王太子自身とも面会できたらしい。
これは僕に対して、呪文はちゃんと教えたっていう、ヨトシペからの報告かな。
ここら辺で反応してないと、逆におかしいかもしれないし、僕も口を挟もう。
「ハドリアーヌの王族と、なんの話をしたのか聞いてもいい?」
「アズとロムルーシで会った時のことでごわす」
「え、それはちょっと…………」
笑いを堪えるナーシャの顔が浮かぶんだけど。
それと同時に、自分が罪人扱いでさらされてた話ってどうなの?
事情を知るウェアレルもユキヒョウ先生たちも、微妙な顔だ。
「王族に何を話しているんですか」
「それ本当に楽しめる話かなぁ?」
「愛想笑いだった気がするなぁ」
そんなことを言ってる間に、ユキヒョウ先生たちは手元の作業をいったん片づける。
事前に言ってたから、僕がウェアレルと一緒なのは承知の上。
ヨトシペがここにいるのは急なことだけど、そこは学生時代からの九尾たち。
なんか誰もヨトシペ排除する気配がない。
僕としても別に問題ないから本題に入る。
「それでは、こちらがハリオラータから新たに押収した地伏罠という兵器の設計図です」
ウェアレルが持っていた巻紙を広げると、ユキヒョウ先生たちは苦々しげな顔をして覗き込んだ。
一緒になって覗き込むヨトシペは、首を傾げて聞く。
「ハリオラータの兵器だす? それでどうしてアズ郎がいるでごわす?」
「僕、一度この罠仕かけられたし、爆発する様子見てるんだよ」
表向きには、第一皇子の急な帰郷に相乗りで、僕も実家での急用を帝都で片づけたとなっている。
その実、誘拐されたソティリオスを追って帝都に戻った時のことだ。
帰りはソティリオスを加えてたけど、表向きはソティリオスはルキウサリアにい続けた態で、僕は第一皇子と共に帰ったという状況。
表向き皇子とアズロス二人しかいないけど、知る人はソティリオスを含めた三人と認識しており、その実僕とソティリオスの二人で戻る道中だった。
その帰路で、地伏罠を仕掛けられた上に、ハリオラータからの襲撃を受けたんだ。
思えばあれがクトルたちとの初対面、とんでもない出会いだと今でも思う。
「ち、無駄に器用な改造して。そうか、この機構使って兵器利用したのか。悪用もいいところだよ」
イール先生は黒く長い尻尾で、広げられた図面を叩く。
同じように白い尻尾で図面を叩くニール先生は、重要な機構をすぐに指で押さえた。
「これは解体や除去よりも、その場で起爆させたほうが安全に処理できそうだね」
「僕が見た時の鹵獲方法は、押し込む機構に物を噛ませて起爆しないようにしていました。なので、こうして図面がある以上は、起爆を事前に封じる方法か、もしくはこの魔術式を探査する方法が有用化と」
僕が意見を挙げると、ウェアレルもすでに帝国に送ってる対処方法に沿って誘導する。
「悪用されたからには、ここで無力化を目指してください。魔力は通ってない状態では探査も難しいとは言え、待機状態でも微量には魔力を発しているはずですね?」
「簡単に言ってくれるね。けど、確かに基本は作ったままか」
「できないとは言えない範囲突いて来るとか、面倒だなぁ」
ユキヒョウ先生たちは文句を言いながらも、すぐにメモを取り出す。
ちょっと覗くと、どうやら可能にできそうな術式を走り書きしてた。
それに、僕とウェアレルが口を出しつつ、方策を誘導する。
ある程度落ち着くと、ただ見てるだけだったヨトシペが僕に言った。
「アズ郎は魔法学科でも楽しくやれそうでげす」
「うーん、魔法得意じゃないし、魔法でできることって錬金術でもできるから別に」
魔法自体はファンタジーで、興味がないわけじゃない。
けど、学ぶほどに制約と、そもそも魔力を鍛えて来なった僕には越えられない魔力量っていうエネルギーが足りない問題がある。
だったら、前世の科学では空も飛べたことから、錬金術も突き詰めていけば魔法のようなことができることが想像できた。
なんて話してたら、突然ユキヒョウ先生たちの研究室の扉が力任せに開けられる。
ノブを回す音しなかったから、忍び込んだヨトシペが閉め忘れたようだ。
そしてそこにいるのは怒った顔した魔法使いらしい男性。
「聞き捨てならん! 高尚な魔法が、卑俗な錬金術に劣るなどと!」
「わはー、アズ郎に呪文完成のヒントもらったのに、言っちゃうんどす?」
ヨトシペ知り合いらしいけど、その言い方、もしかしてヨトシペの魔法際限の呪文で行き詰ってたっていう?
錬金術に対抗意識あるけど、可能性示されたら試さずにはいられないとかいう?
ヨトシペに図星つかれて、プルプルしちゃってるけど、聞いた限りの人柄だと、正論言っても怒るだけじゃない?
まぁ、聞いたとおり、九尾への対抗意識だけでかっかしてる様子はある。
だったらここは、面倒がって濁しても尾を引くだけ時間の無駄だろう。
まだ春先の落ち着かない時期に、変に時間を取られるのも避けたい。
僕はさっさと対処しようと決めて、手を挙げて笑いかけた。
「では、魔法学科から錬金術科の学生に腕試しの要望も出ていますし、対決をしましょう。内容は火力を競う勝負でどうでしょう? 威力に自信がなければ、別のことを競ってもいいですが?」
「火力勝負を持ちかけるなど笑止千万! 吐いた唾は吞めないぞ!」
雑に煽ると、すぐさま食いついてくれる魔法学科の研究者に、僕は笑うしかなかった。
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