582話:弟の派兵準備2
テリーの出兵の時期も決まった。
そのために、僕はハリオラータに会いに山の中へと向かう。
日が当たらないと寒いし、山の上にはまだ雪が残るから、正直冬の間もここを身一つで往復してたクトルは、どうやってたんだろう。
「寒さ対策どうしてるの?」
僕は馬車が通れないハリオラータのいる監獄に向かう途中、足を止めずに聞く。
すると、そろっとクトルが木の後ろから顔を出した。
そこにヘルコフが雑に魔法使い風のローブを投げる。
クトルは応えつつローブを着ると、一緒に監獄に向かい始めた。
「たまに出る、ロムルーシの海獣の毛皮で、コートから靴から全部作って防寒してます」
「うわ、どれだけ金使ってんだよ。地元でも金貨詰む珍品じゃねぇか」
ロムルーシ出身のヘルコフが、貴重品だという。
ロムルーシは獣人の国で、大抵の住人には被毛がある。
そんな人でも欲しがるくらい断熱性か着心地がいいものなんだろう。
それを、コートだけじゃなく靴にまで仕込むなら、相応の量がいるし、金額も相応になる。
「そこは魔法じゃないんだね」
「火を焚くくらいで、え? 何かやり方あったり?」
クトルはかかる金銭なんて興味なさそうだったのに、魔法に関わると思った途端前のめりだ。
「地伏罠に使った大本の研究は、お湯を沸かすものだったはずだけど? それを利用すれば発熱する形で、防寒に利用できるんじゃないの?」
「発熱…………、燃やすんじゃなく、熱? 燃やさずに?」
うん、どうやらクトルは魔法なら得意だけど、科学知識となるとあやふや。
そしてこの世界の大半の人と同じで、火と熱の関係というか、燃焼のエネルギーが熱に変換するという考えがなかった。
「…………とっておき、錬金術と魔法を応用して防寒着でも作ろうかな」
「う、気にはなるけど、もうちょっと派手なもんがいいっす」
クトルの我儘にイクトが睨むけど、相手は犯罪者だ。
そこらへんの貴族と違って動じない。
けど僕の側近からの不興もまずいとわかっていて、話を変えてきた。
「今日はもちろん連れ出すために来ましたよ。けど、この国のほうにはなんて言ってあるんで? 特に警備が緩むみたいな様子もないんっすけど?」
「何日見張っての? なんにしても、そんな真面目に勤めてる人が処分されるようなやり方しないよ」
クトルは連れ出すために、あえて隙を作って脱獄させると思っていたようだ。
けどここは監獄で、そんなことしたら看守たちが処罰される。
ハリオラータ捕まえるまでにも、けっこうな数の人が職を失ってるとレーヴァンに苦言を呈されたし、これ以上はさすがに申し訳ない。
だから僕が動かせる相手に、融通してくれるようお願いした。
「ハリオラータの幹部じゃなければ扱えない禁書の回収をさせるという話にしてある。だから、戻ってくることが前提だし、回収してほしい禁書についても今日説明するつもりだよ」
「おっと? 教会に喧嘩売るつもりか?」
僕の言い訳を聞いて、クトルが攻撃的に笑って見せる。
常識的な人なら、僕の発言で顰蹙を買うだろう。
この世界、宗教は身近だし、道徳規範が宗教の教義だ。
それで淀みの魔法使いが取り締まられたり、そもそも弾圧されたりするのに、宗教はお題目として持ち上げられる。
神さまが許さないから、取り締まらないといけないって感じ。
それと同じロジックで、禁書も取り締まり対象で、それをわざわざ手に入れるなんて顰蹙もの。
それでも本来の要点は、他害の危険が高いことや、取り扱いが危険すぎて手を出すべきじゃないっていう社会的な戒め。
けどそこに宗教が許さないっていう、わかりやすい言い訳が最初にくるんだ。
そうすれば学がなくても、危険を予見できなくても、ともかく駄目なものとして触らなくなるし、通報も義務感からやってくれるから。
逆に堂々と禁書を手に入れるなんて言うのは、教会に喧嘩を売ると取られる。
「もちろん、ただ学者が欲しがるだけだと危ないから却下された」
「はは、俺たちが収集した禁書、けっこうなレアものもあって騒いだんじゃないか?」
クトルが悪い顔して言うとおり、危険だけど歴史的価値とか、学術的価値とかで処分するならくれという学者は出た。
けどすでに中味わかってるハリオラータがいるし、そこから研究に必要な原本残すにしても、封印前提で学者個人の手には渡さないことに決まってる。
ただ、ハリオラータを外に出すために使えると、僕は思った。
だからルキウサリア国王に、建前を提案したんだ。
「禁書によって起こる害に、対処法が存在しているもの。もしくは現在の技術であれば対処可能と確定できるものに関しては、押収することが決まった」
それを本人たちに持ってこさせるのは、どうかって話ではあるけど。
ルキウサリア国王としても、僕が相当手懐けてるなんて情報が届いてるとか。
さらにハリオラータ幹部として、身代わりはすでに別で押さえてる。
だから最悪逃げられても、すでに力は大幅に削った状態で、ことの責任は言い出した僕ってことで補償をした。
さらに別の交渉ごとに利用前提でオーケーされたんだ。
「押収した禁書を基準にして、新たに禁書の扱いと罰則を規定した法律を作ることになってる。この基準を超える危険性が確認されたら、即破棄、所持でも罰則っていう形でね」
教会や宗教を理由にした、一種明文化されてない規定を、きちんと一国の法律にする。
そこはハリオラータに思いのほか入り込まれてたルキウサリアとしても、目に見える対処をしたという実績の一つにできるし、手間はかかるけど悪い話じゃない。
あと、そのついでに錬金術に関しても法制化を交渉した。
錬金術自体が廃れてるせいで、その分危険性も放置された状態なんだ。
だから実験に関する規定や、設備の要綱なんかを決めてもらう。
そこは同じように薬を扱う魔法使いや薬師にも当てはまる形で整えてもらって、錬金術だから駄目なんて言う横やりを防ぐ手も考えた。
「で、僕はまず看守長に説明と王命の伝達。クトルは書き出し作業してるハリオラータの手伝いに行って」
「俺行くより菓子持った皇子さまのほうが喜ばれるんですけどね」
「それは僕の用事が終わってからね」
役人なんてどうでもいいって顔のクトル。
追い払うようにハリオラータのほうの手伝いに行かせて、僕は緊張した顔の看守長の待つ部屋へ入った。
前回クトルが勝手に侵入した時に、責任問題で首の覚悟をしてた人。
それ以前から、僕は好き勝手にハリオラータと話すし、勝手に餌付けしてる状況。
看守側からすれば、僕の存在はやりにくいだろうし、今度はどんな無秩序をするんだと警戒するのもやむを得ないだろう。
「人払いはいいかな? それではまず、預かってきた王命を見てほしい」
「拝受いたします」
一応貴族なイクトが渡すと、看守長は恭しく受け取る。
本当はルキウサリア国王から任命された役人がやることらしいけど、場所が場所だし、囚人を秘密裏に開放するような違法を命じる内容だ。
正式な手順をあえて踏まず、僕に預けたのは、後から正式な形に則ってないから命令は無効とか言い訳するためかもしれない。
そしてそんな命令を受けて、看守長の顔は固い。
「疑問や疑念は大いにあるだろう。まずは、その命令が出された理由を聞いてもらいたい」
「御意のままに」
なんか下手だ。
まぁ、僕が捕まえて、僕が行動指示して、僕がここの対処もしてる。
看守としてはやりにくい上に、下手に反抗しても結局自分たちだけじゃハリオラータに対処できないっていう弱みがあるせいかな。
それでもハリオラータの残す人員もいるから、頑張ってほしい。
そう思いつつ、クトルにした説明を、もっと丁寧に伝えた。
禁書回収と法整備を聞いた看守長は、真面目な様子で責任を全うしようとする。
「こちらから監視を同行させることは?」
「彼らの異常な仲間意識は、ここに収監してから見ていると思う。そこに他人が入るだけ連携が崩れるし、見捨てられるか人質にされる可能性が高い。何より、表向きは犯罪者を罰する側だ。そんな人が一緒に行動してるなんて言い訳のしようもない」
僕のように言い訳を用意できるなら別だけど。
看守長は思いつかないらしく強く拳を握りしめる。
そこは職務に忠実な性格がよく表れてた。
そもそも規律を重んじることで、犯罪者に厳しく当たる看守で、犯罪者につけ込まれたら何されるかわからない危険な仕事。
理由をつけても自由にするのは抵抗があるんだろう。
そう思ったら、何かがぽたりと落ちた。
見れば、看守長は唇を引き結んで、滂沱の涙を流してる。
それを見て、室内に残った看守たちも男泣きを始めてしまった。
「え、ちょっと、どうしたの?」
「無力、あまりに無力…………!」
どうやら真面目過ぎて泣けてきてしまったらしい。
まぁ、僕もだけどハリオラータも自由にしすぎだもんね。
そもそも言うことも聞かないから、規律で縛ることもできないし。
その割に、お菓子なんかを勝手に差し入れて規律なんて無視した行動で、僕はハリオラータと交流してるし。
そうしたのも元は、テリーの派兵の手助けをしたいという、個人的な思惑だ。
さらには犯罪者ギルドの最後の一つを弱めることも狙ってる。
そんな僕の都合で振り回したみたいで、なんだか申し訳なくなった。
今度は看守たちにも差し入れを持ってくることにしよう。
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