580話:三回目の新学期5
新入生にオリエンテーションをするため、後輩に相談された僕は、錬金術クイズのスタンプラリーを提案した。
開催と運営にはほぼ問題なしで、答え合わせとして全員が揃ってる。
あった問題といえば、一つ教室の扉が壊れたことと、海人のウィレンさん、イー・ソンとイー・スーが濡れたこと。
「うん、あのね。なんでこうなったかわかったよ」
ウィレンさんが半笑いで、水に慣れているはずの海人が揃って水浸しになったまま言う。
この三人はスタンプラリーの最後の組だったから、他に被害はない。
スタンプラリー中も、実験器具からは距離を取って安全確保。
けど移動の時は廊下も狭いことから三人ほぼ距離なく歩いてたという。
「イー・スーが転ぶでしょ? 手を引いてるイー・ソンが支えようとするでしょ。で、私も同じように動くの。そうしたら無意識に、それぞれが魔法で水を出して衝撃に備えるわけ」
ウィレンさん曰く、水魔法を得意とする海人だからこそ起こった悲劇だそうだ。
三人ともに、自分の体を支えられるくらいの水を一気に生成。
同時に、お互いの魔法が干渉し、水は制御を失って三人ともに濡れ鼠。
そして場所が悪かった。
扉の前でのことで、三人の体重にプラスして、三人と同程度の水の加重も加わった結果、教室の扉は六人分の体重を支え切れずに蝶番は壊れたらしい。
さらに倒れた衝撃で扉自体も破損という、怪我人がないだけましな被害になった。
「大変でしたね。どうします? ちょっと時間もらって問題解きます?」
僕が声をかけると、ウィレンさんは新入生のイー・ソンとイー・スーに目を向ける。
けど二人は揃って首を横に振った。
「これも一つの結果。このまま進めてくれてかまわない」
「えぇ、時間内に終われなかったのは事実ですもの」
こっちの進行も気にして、無闇に我は通さないところはお育ちがいいようだ。
その上でぐいぐい来てたの、裏にヒノヒメ先輩いると思うとなんだかなぁ。
僕が目で促すと、後輩のトリキスが真面目に頷いて進行を始めた。
「それでは、助手のウィレンさんとイー・ソン、イー・スーの組は途中のアクシデントにより全問正解ならず」
続けてポーが楽しそうに両手を広げる。
「でも、他の五組は全問正解だったよ! すごいね!」
「もちろん、アズ先輩の特別問題は別ですけれど」
ウィーリャが虎の尻尾の先を左右に振りながら、勝敗は決まってないことを告げた。
全問正解は、あくまで後輩が用意した問題に関して。
そこは新入生でも解けるかっていう縛りが発生し、点数が変わる。
だから僕のクラスメイトたちなら問題なく解けるのは想定内だ。
このクイズの要は、どれだけ的確に問題を理解して、新入生を正解に導くために上手い助言ができるかっていうところ。
だからこそ、スタンプラリーでポイント制にした。
ただ解くだけが正解じゃない。
「ちなみに、僕の問題を解けたのは三組。エフィとツィーチャ組、イルメとマクス組、ラトラスとシレン組だ」
ネヴロフとナムー組は、数字パズルの構造に気づくのが遅れた。
だから勘で言ったナムーの答えが合ってても、それで正解とはしなかったんだ。
そしてウー・ヤーとハルマ組は、構造には気づいたけど時間が足りなかったという結果。
暗算の能力が、正解三組に比べて低かったという形だ。
アシュルは低い位置で竜人の尻尾を滑らせながら結果を発表する。
「正解の上で加点も加味し、結果を発表する。最も高得点だったのは、ラトラス先輩、シレンの組である」
「どうぞ、前においでください」
クーラが促すと、ラトラスは尻尾を立てて振り、シレンは驚いて周りを見てる。
その間に、ショウシが二人に加点された理由を説明した。
「この組は、ラトラス先輩の助言を通して、新入生が回答を率先したことにより高得点を得ております」
タッドがちょっと引きぎみに、視線を逸らして次点となった組の問題点を挙げる。
「イルメ先輩とエフィ先輩は、自身で答えを言ってしまう場面もありました」
心当たりがあって反論はないけど、二人はちょっと悔しそうだ。
その相方となったツィーチャは楽しげで、マクスは全く気にした様子はない。
僕はやってきたラトラスとシレンに、用意してた商品を差し出した。
「はい、商品のお菓子。すぐには痛まないけど今日の内に食べてね」
「あ、これ。アズがたまに持ってきてくれる、寮のお菓子か」
途端に嬉しそうに耳を立てるラトラスに、シレンが目を瞠る。
「え、寮にそんなのあるんすか?」
しまった。
シレンは僕と同じ寮で、そんなサービスないことがばれる。
「えっと、僕も無理を言ってお願いしてる顔見知りのご厚意なんだ。あまり言わないでね」
「そうっすか。菓子なんてやっぱりそうそう口にできるもんじゃないっすよね」
シレンの言葉に、新入生の中でナムーとハルマは頷く。
けど王族のマクスやイー・ソンとイー・スー、さらに大公家に連なるツィーチャはわからない顔だ。
うん、平民と貴族に別れそうなところだけど、ハルマは一応伯爵令嬢のはずだよね?
父の領地扱いの自治都市って、お金ないのかな?
なんて考えてたら、鼻と髭を動かしてたラトラスが首を捻った。
「この小麦粉と砂糖の匂いって…………、ヘリーさんが持ってきた菓子と同じ?」
うわ、そんなのでわかるの?
いや、ヘルコフに試作品で余ったもの持って行かせたから繋がったのか。
今までは僕が寮を理由にしてたけど、ヘルコフは皇子の屋敷からってことで持って行ったはず。
ラトラスが僕を見るけど、それに答えるわけにはいかない。
でも無視して変に誤解されるのも困るし、ディンカーと皇子を繫げられても困る。
「えっと、ね? 秘密ってことで」
あえて否定せず、言及も追及もしないでほしいことを示す。
一応僕が皇帝派閥の貴族ってことはわかってるし、そんな動きしたことないけど寮の位置も皇子の屋敷の裏ってことは知ってる。
僕が匂わせて、慮る相手がいる風を装えば、ラトラスは頷いた。
「そっか、余ってるならそっちにも配るよね」
良かった、ラトラスが納得してくれた。
これ以上引っ張られても困るから、僕は手近なイデスに声をかける。
「それじゃ、みんな気にしてるし、答え合わせと行こうか。イデス、準備はできてる?」
「はい、それでは今回の問題の解説をさせていただきます」
ここはゴールに設定した教室。
実験道具はそれぞれに置いたままにしてるけど、みんな見たから黒板と口頭の説明でこと足りた。
最初のフラスコで、シャボン玉を作る実験などは初歩。
空気が熱で膨張するという基本さえわかっていれば、下向きのフラスコだろうとシャボン玉が膨らむとわかるもので、問題は直接答えを言わずに、先輩としてどう気づかせるかってところだ。
その上で、それぞれの問題を説明されると、凡ミスや新入生へのフォローが足りなかったことを自覚して、クラスメイトたちは悲喜交々。
「全く、やられたわ。考えればわかるのに、単純な説明が抜けるだなんて」
「これは確実に、そうしたミスを誘うアズの手口だな」
イルメが説明不足を悔いると、エフィが僕を名指しでなんか言ってる。
するとラトラスがお菓子を手に、機嫌よく尻尾を揺らして笑った。
「あはは、向こうにアズ持っていかれた時点で、引っ掛けの一つや二つ考えないと」
「ただの試験だったら、イルメとエフィがいれば良かったんだろうけどなぁ」
やっぱり僕のせいみたいにいうネヴロフに、ウー・ヤーは総括する。
「新入生のための催しでありながら、楽しませてもらった」
ウー・ヤーの言葉に、組んでたハルマが大きく頷くと、他の新入生たちも楽しかったと口にする。
王族のマクスやイー・ソンとイー・スーも、初めての経験だともいうから楽しめたらしい。
その様子に後輩たちは安堵と達成感で顔を輝かせた。
成功ってことで僕も満足してると、何故かウィレンさんがすすっと寄って来る。
「場所だとか道具だとか相談されたから、最初の案知ってるけど、君がいなかったらここまでにはならなかっただろうね? けっこう教育者、肌に合うんじゃない? どうどう? 来年あたり、錬金術科の教師になってみない?」
「なんの勧誘ですか? そんなの、ウィレンさんかネクロン先生が講師か教師になるべきでしょう」
「それがさ、ネクロン先生が会議に出なくていいから教師にはならないとか言ってて。けど、やっぱりヴィー先生だけだと手が足りないし、こういう楽しいことに手を出す余裕もなかなか作れないし」
そう言えば、教師の当てもないと、錬金術科の状況改善難しいのか。
もしくはウィレンさんのように助手か、事務手続き担うような人が必要かもしれない。
お誘いは断ったけど、ウィレンさんも初めてのクイズ楽しめたってことでいいんだろう。
僕は王城に持ち込む算段を立てながら、三年目の始まりを感じていた。
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