575話:春を待たず5
大陸中央部の北西にあるトライアン王国。
大陸中央部から外海に通じる港の国で、古くは帝国の中でも主要国とされた時期もある、歴史ある王国だ。
ただ今は、ファーキン組という犯罪者たちの残党狩りに頭を悩ませる危うい国情がある。
「ほぼ二年前かぁ。港町の支部壊滅からの、ファーキン組を潰す動き」
思い出しながら言うと、セリーヌは窺うように頷いた。
「はい。確かその港町で、帝国貴族が殺されたことに端を発すると聞いております」
そういう認識なんだ。
あれ、そうなるとソティリオスがちょっとの間誘拐されてたのって、秘密にされてる?
僕は考え込んでもわからないから、直接聞くことにした。
「その時、ユーラシオン公爵家のソティリオスが同じ港町にいたのは知ってる?」
「そうなのですか? そう言えば、ユーラシオン公爵も手を出しているとは…………。あれは職権の範囲ではなく、身内が関わったからなのでしょうか?」
僕は思わず壁際に控える側近たちを見る。
ウェアレルは緑の獣耳を揺らして考え込み、ヘルコフはセリーヌの反応を見て苦笑い。
イクトは僕を見て、何処まで話すのかを目顔で聞いて来てる。
「あー、うーん…………これは知らないより知ってたほうがいい感じかな?」
僕の問いに、ウェアレルとヘルコフがすぐさま肯定する。
「ハドリアーヌ王国側の動きもあります。知らずにいるよりは知っていたほうが良いかと」
「ユーラシオン公爵がまだ口出してるなら、知っておいたほうがいいでしょうな」
イクトは単刀直入に、こちら側の懸念事項を挙げた。
「あの将軍を思えば、先に釘をさすべきでしょう」
だよねー。
なんて言えないけど、僕もそう思う。
セリーヌっていう、止めてくれる人もわざわざ来てくれたしね。
「いちおう聞くけど、僕の所にわざわざ来たのは、トライアン王国に行くから? それは誰かにそう指示でもされた?」
「いえ、そういうわけではないのですが。第一皇子殿下のお導きでホーバートの件があります。解決に際しては直接ご報告をと。…………まさか、本当にファーキン組に関しても情報をお持ちとは半信半疑でしたが」
そう言えば、犯罪者ギルドの壊滅に僕が関与してるかもしれないくらいはワゲリス将軍もわかってたっけ。
これはもうそのまま伝えよう。
「実のところ、二年前のトライアンの件は僕が直接行って、ファーキン組の支部潰して情報を帝国に送ったんだ」
「はい!?」
セリーヌは声を裏返らせ、部下も目を剥いて固まる。
けどセリーヌは年の功か、すぐに息を吐いて思考を落ち着けた。
「そう、えぇ、はい。失礼いたしました。どうぞ、お続けください」
「ことの発端は、件の帝国貴族が皇帝派閥の人でね。その人の遺体をソティリオスと一緒に見つけたんだ。その時に、ソティリオスが事件の証拠になる物を拾って、ファーキン組に狙われた。その上で、短時間だけど誘拐されてる」
「んぐぅ! そ、それは、ユーラシオン公爵が退くことがないでしょうね」
セリーヌは出かけた言葉を飲み込んで、派兵される側として気をつけなきゃいけない情報を拾い出す。
もちろん、公表されてないことから、色々口を噤む必要を理解しての言葉だ。
僕が密かにトライアンに行ってたとか、そこでソティリオスと行動してたとか。
さらには公爵令息がファーキン組にさらわれてたとかね。
政治利用しない側からすると、重大すぎて面倒な情報だろう。
「当時の情報はほぼ皇帝陛下にお伝えしてる。二年も経ってると情報は古いだろうけどファーキン組について得られた情報は、覚えてる限り教えるよ」
まぁ、覚えてるのはセフィラなんだけど。
顧客情報や違法な売買品、当時の支部の場所や当時隣国のハドリアーヌ王国と揉めてたこと。
「で、それにかこつけてハドリアーヌ王国の王女二人が来ててね。第一王女はトライアン側、第二王女はハドリアーヌ側で張り合ってるんだ。今は第一王女が療養で引っ込んでるけど、第二王女は野心家だからワゲリス将軍に近づいてくると思う」
余計なことを言わないように口を引き結んでるセリーヌに、僕はさらに情報を浴びせかけるかを迷う。
「…………王女たちの力関係とか、背景事情とか、いる?」
「その接触を企む王女に関して、第一皇子殿下が警戒する理由をお聞きしても?」
「派兵後にハドリアーヌ王国の一行が宮殿へ来た時に、僕を利用して社交界の注目を集めることをしたんだ。僕自身には積極的な接触もせずにね。それで一度釘を刺してから、今も文通してる」
知らない仲じゃないってことを教えたら、途端にセリーヌは拳を握って呟いた。
「来て、良かった…………!」
それを聞いてヘルコフも、忠告を口にする。
「あの王女さま、殿下の優秀さ知って周囲に隠して交流するくらい、胆力あるぞ」
実際には知らないウェアレルは、推測交じりだけど助言をした。
「あの将軍を思えば、知らずに巻き込まれるよりも予防線を張ったほうがいいでしょうね」
「当時ファーキン組から引き抜かれた人員が、のちに第二皇子殿下の暗殺を試みている」
イクトは澄まし顔で、さらに突っ込んだ爆弾発言を投下する。
セリーヌたちは口も閉じられないほど驚いて、レクサンデル大公国での競技大会でのことって思い至るのが遅れる。
たぶんイクトは必要情報だと思ったから言ったんだけど、だったら僕も言うべきかな?
「そのファーキン組を引き抜いて、暗殺未遂したの、宮殿を占拠した皇太后の差し金なんだよ。どっちも未遂、っていうには行動起こされた後だけど。まぁ、そこら辺に関わった人たちは捕まえてるから安心して」
「お、お待ちを。…………その言い方、まさかそれにも、第一皇子殿下が?」
どうやら宮殿占拠では一時帰国してたことも知らないらしい。
ホーバートは辺境のほうだし、伝わる情報としては僕の動向は不要として削られたんだろう。
「うん、こっそりレクサンデル大公国の競技大会に行ってたんだ。で、テリーが襲われたから助けて、そのまま一緒に帝都に戻る途中に実行犯を捕まえてる。その時にもハドリアーヌ王国の王女二人は関わってるね」
考えてみれば、ファーキン組とセットになってるな、あの二人。
まぁ、第一王女のヒルデ王女は、そのせいでストレスが限界値越えたらしく体調崩してるけど。
後ろ盾のトライアン王国も、ファーキン組のせいで帝国とハドリアーヌから介入受けて大変だし。
ヒルデ王女は今も、ストレスにさらされてるんだろうな。
そうなると、やっぱりワゲリス将軍たちに絡んでくるのは第二王女のナーシャなんだろう。
「ナーシャは隙を見せると、自分のいいように情報操作して利用してくるから、一番は距離を取ることだ。けど、社交性はそれなりにあるから、ワゲリス将軍は逃げにくいと思うよ」
「どのように利用されるかは、推測されているのでしょうか?」
「英雄視されてるワゲリス将軍から支持されたとかっていう風聞を、衆目の前で作って、ハドリアーヌでの王位継承の争いに利用する」
「本当に、来て良かった。はい、そのようなことがないよう、ハドリアーヌ王女には警戒いたします。王女としての振る舞いを崩さない方であれば、軍事行動中につきとの言い訳である程度は距離を取れるでしょう」
「偶然を装ってくることもあるから気をつけてね。最終手段として、僕の名前を出すのはありかな。一回くらいしか効かないだろうけど」
「お気遣い感謝します」
正直左遷されるように派兵された人たちで、社交に聡い人はなかなかいない。
社交できる人は、必要になる帝都のほうに置いてるだろうし。
そんなことを考えてたら、セリーヌが意を決して口を開いた。
「つかぬことをお聞きいたしますが」
「何?」
「秋頃、こちらで、ハリオラータが捕まったと聞いております」
それも大ニュースになって広まってるから、ホーバートにも聞こえてるか。
そして元からホーバートのサイポール組を僕と一緒に追い出したセリーヌだ。
で、ファーキン組もって聞けば、ハリオラータもなんて、疑うよねー。
僕はにっこり笑って、ハリオラータが捕まったことに関して先を促す。
けどセリーヌは、自分で聞いておいて首を横に振った。
なんか、悟ったような顔してるなぁ。
「いえ、差し出口をいたしました。お忘れください」
「西に行く予定がなかったら、東に行ってみないって聞こうと思ってたんだけどな」
「東…………? あ」
セリーヌはちょっと考えて、すぐに僕が何を言いたいのかに気づいたようだ。
東では何度も反乱の起こる地があり、僕たちも北の派兵を早く切り上げたことで、東の地に回されそうになったことがある。
だから全く知らない情報じゃないし、そこの後ろに反乱を起こさせて稼ぐシャーイーの存在も知っていたんだろう。
僕は初めて聞いた話だったけど、戦うことを職業にしてると聞こえる話なのかな。
で、犯罪者ギルドの三家の傾きに僕が関わってるとなれば、ね?
セリーヌはまた首を横に振ってそれ以上は言わないでいいと示す。
さすがに春を待たずに来てくれた相手に、大陸の西から東に大移動しろなんて無茶は言わないから、安心してほしかった。
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