573話:春を待たず3
たちの悪いナンパに遭ったイー・ソンとイー・スー。
荒っぽくても逃げるなら、まだ正当防衛だけど、内臓溶けるとか言って毒盛るのはねぇ。
それはさすがにってことで、僕がお話を聞くことになった。
ラトラスのところ行く予定だったけど、場所を変えて、テルーセラーナ先輩と会う、個室のある喫茶店に向かう。
「一応聞いておくけど、なんの毒? 声を出せなくするなら弛緩系?」
喉は筋肉で声を出すのは、前世の知識で知ってる。
ボイパを教える動画だっけ? それとも声優の声色解説の動画だっけ?
ともかく暇つぶしに見てた動画に、喉は筋肉で、それを動かすことで声を出すんだってのを見た覚えがあった。
「まぁ、劇毒を含ませることをお叱りになるかと思いましたのに」
やったイー・スーは、毒の当たりをつけられて驚いたようだ。
イー・ソンはちょっと警戒を滲ませる。
「こちらの錬金術でも、薬の類を扱うのだろうか?」
「薬もやるよ。あとは、内臓傷つけたにしては血が出ないし、飲ませる丸薬の形状みたし、けっこう早く効いてるから、消化器官に落ちる前に作用する薬だろうなって」
見たままの考察をしたら、今度はイー・ソンのほうが驚きを浮かべて、イー・スーのほうが警戒した。
そしてイー・スーがイー・ソンに頷いて見せる。
「やはり、ニノホトの巫女さまがおしゃったのは、この先輩でしょう?」
「だとすれば、これもまた好機ということになろうか」
「いや、変なことに巻き込むのはやめて。僕はさっきの件についてしか聞いてないから」
わかってると言うように笑うイー・スー だけど、どう見てもそれ、愛想笑いだ。
人形のように整いすぎた顔で誤魔化してるけど、感情乗ってないのはよく見ればわかる。
「わたくし、国許にて薬師をしておりましたの」
面談でも聞いたことを言って、イー・スーは袷からさっきの丸薬を出す。
懐紙に乗せてこっちに差し出した。
途端にセフィラが勝手に調べる。
(草木を主原料にした薬であると推測できます)
(チトス連邦から持って来たなら、こっちじゃ解毒できるか微妙だね)
僕はイー・スーを見据えて、聞き取りをするように聞いた。
「効果時間や、副作用の有無は? 状況は見ていたから口添えはできるけど、あまりひどい効果があって、悪質な危険行為だと言われたら、庇いきれない」
「ご心配には及びませんわ。唾液で溶けて喉へ広がり、胃の腑へ落ちれば胃液によって効果は消えますもの」
「それはそれで、水を飲ませて洗い流すにしても、胃液を薄めることになったら駄目じゃない?」
「えぇ、吐き戻して、胃液で喉と舌を洗わせたほうがよろしいでしょう」
うわ、とんでもないこと言い出した。
絶対楽にはさせないって執念を感じる。
けど胃液でどうにかなる上に即効性なら、効果もそう長くは続かないだろう。
「まぁ、イー・ソンの言葉が完全な脅しってわかっただけいいか。入学前で所属がはっきりしない不安定な時期の、自衛ってことにできる、かな?」
僕が庇う気であることを確認して、イー・ソンはするっと呟いた。
「毒を盛ったとの冤罪は、イー・スーのこの腕のため被ったもの。毒から王を救ったという、本来の功績を塗りつぶすためであった」
ちょっと、勝手にまたとんでもない追加情報が。
王を救ったって、さらっとチトス連邦の王さま暗殺されかけてるじゃん。
そんな極秘情報、聞きたくないよ。
止めようとするけど、イー・スーのほうが別の薬を出すせいで話は続く。
「解毒剤はありませんが、こちら対処のために胃液を増やす薬になります」
「それはこっちでも市販されてるけど。一応もらっておこう」
僕は懐紙に包んで、薬をもらう。
で、その間にイー・ソンが続けてしまった。
「我が家は後宮の医師家系。母も薬師であるために、邪魔になると殺された。その技術を妹が継いでいることは秘されていたが、王を救ったことで露見して、排除されたのだ」
「うん、もう聞かない。そういうのは、国に帰ってから好きにすればいいと思うよ」
言ったら、イー・ソンが不敵に笑う。
「落ちぶれたとは言われたが、我々の帰還をそうもはっきり肯定されるのは、不思議なものだ」
「えぇ、やはり巫女さまのおっしゃる、我らの身を助けるという方はこの方。そうであれば、こちらも手土産を差し出す用意がございましてよ?」
イー・スーが小首を傾げて、言った瞬間、セフィラが反応した。
(チトス連邦にのみ伝わる錬金術に関する知識を持ち出しています)
(うわー! ヒノヒメ先輩、僕を逃がす気なさすぎない!?)
狙い撃ちされてる感じがするー。
ちょっと怖さも感じるけど、帝室図書館でそれっぽい記述を見てから、気になってたものではあるんだ。
それを、後宮で医師やってて、さらに薬を得意とするとか。
下手な偽物である可能性が低い情報ってなると、余計に気になる。
僕が拒否できないでいると、海人の双子は満面の笑みで話し出した。
「錬丹術と呼ばれるこの技術は、薬を作ることに特化したもの。ですがその始まりは、西の竜人の国から逃亡した人間によって、もたらされた技術であったとか」
「その者、世代を渡って竜人の王に抱えられた技術を持つ者で、本来は大陸中央部の人間の子孫。東を目指す旅の途中、その有用な技術を囲い込まれ、囚われたと伝わる」
「人間の技術…………。確かに錬金術は人間が作ったものだから、人から伝わったと言うのは信憑性も高いかも?」
予想外に、ちゃんと人間の技術だったと伝わってるらしい。
その上で、竜人の国から文句言われるから、秘匿してたそうだ。
さらには当時のチトスの王と取引して、いくつもの秘術を伝授したという。
結果、その逃げて来た人間は仙人と呼ばれて尊ばれ、伝説の存在になってるんだって。
ただ目的の東への旅は諦めず、安住せずに何度もチトスから船を出したそうだ。
けど、荒れるという東への航海は上手くいかず、失敗すること四度。
「当時の王も竜人の国と同じように囲い込もうとしていました。ですが、それを嫌った仙人は、とある嘘をもって五度目の東の海に旅立ったのです」
「それは不老不死の妙薬を作るための材料が、東の海の向こうにあり、採集して献上するというもの。ただ、仙人は五度目を最後に戻らずにいる」
「…………ねぇ、なんでそんなに苦労して、東を目指したかは、残ってる?」
すごく、すっごく、聞いた覚えがあるんだよね。
その東に向かう執念の錬金術師の旅って。
で、確か南から東に向かった人は失敗で、北から東に向かった人たちだけが成功って話じゃなかった?
仙人、南から東に行って、帰ってないってことは成功したのかな?
「贖罪の旅だそうです。技術と共に、本来ならその罪のありかを伝える教えだとか」
「しかし人間が犯した罪を、他種族に負わせるには忍びないという話だけが遺る」
「うわぁ、つまり君たちは知らずにその罪の生じた地に、その話持ってきたんだ?」
僕が水を向けると、本気で目を瞠ったようだ。
八百年前、このルキウサリアにいた天才が、自らと共に罪の元になった知識を、封印図書館に閉じ込めた。
そして残った錬金術師たちは、贖罪としてニノホトの罪を許す神域を目指したという。
結果として北から東に回り、獣人のヨトシペの先祖に助けられてニノホトへ至る。
そしてニノホトの神域に知識は封印されたそうだ。
で、その神域でお勤めしてたっていうヒノヒメ先輩は、封印図書館の解放を神託で察してルキウサリアに来てた。
その途中で、南から神域目指してた人の弟子にあたるチトス連邦の王族にも、ルキウサリアに来るよう神託残してた、と。
「何か仙人の贖罪についてご存じ? 東への旅は終わったのでしょうか?」
「伝説的な話とは言え、知る者がいるとなれば報いの有無を報告もされて?」
この食いつきってことは、双子なりに思い入れがあるらしい。
「僕は、大陸中央から東に向かって至れなかった人の遺した記録で知っていた。その後、北から東に至った人がいたという話を聞いて、実際、東で贖罪を終えたという話も聞いてる。ただ、南からの到達は聞いてない。というか、南から中央に逃げ帰った人が、さらに北から回り込んで目指したっていう話を聞いてるんだけど」
南から逃げて、さらに東を目指した人もいたようだっていうのは、今回の最新情報だ。
北、南、東となると、西から東を目指した人もいそうだな。
けどイルメの話からして、エルフは錬金術を禁忌にして情報抹消するくらいの対応をしてる。
つまりは、西も失敗したんだろう。
もし残ってたら、錬丹術のように独自進化の可能性はあるけど。
「これは仙人の繋いだ縁に他なりません」
イー・スーが、今までよりもずっと熱意をもって僕を見た。
イー・ソンも思うところがあるらしく、真摯に僕を見据える。
「錬丹術の秘奥、その錬成にどうか力をお貸し願いたい」
なんか今までの腹に一物ありますって言うのよりも、ずっと素直に頼って来たな?
あと、錬丹術自体気になるけど、その秘奥ってさらに他では知れない情報ってことだよね。
セフィラがガンガンに声にならない声で、協力するよう圧かけて来てるんだけど。
正直不安だ。
けど未知の錬金術となると、僕はもちろんセフィラも知らないふりなんてできないんだよなぁ。
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