閑話112:アーシャ
冬の日暮れが早いのは、前世でも同じだった。
ただここは雪山の国。
夕暮れの早さが尋常じゃない。
いや、地平線に沈むまでの時間も、前世と同じく季節で変わる。
けど山の向こうに消えると、夜になる前にもう暗くて一気に動きにくくなるんだ。
そして寒い国だからそんな窓も大きくは造られてない。
そんなルキウサリアの学園の敷地は、周囲に比べれば明るく歩きやすいと言えた。
「あちゃー、また道が暗くなるね」
僕は思わず赤い空を見上げてぼやく。
学園内は明るく感じるけど、空の赤さから帰る時にはもう見通しが悪くなることは予想できた。
一緒に正門へ向けて歩くウー・ヤーとイルメは、答えながら周囲を見た。
「教室には小雷ランプの明かりを置いてるから、感覚が狂うな」
「学園と言わず、街の中にも設置してほしいところだけれど難しいわね」
学園の中には、ヴラディル先生が復活させたという名目で小雷ランプが設置されてる。
基本的に学内の道を照らす形。
もちろん錬金術科には教室の中にも置いてあるし、廊下も照らしてる。
最近では配線とスイッチを造って繫げたことで、指一本で全点灯させられる手軽さも手に入ってた。
最初は試験的な設置だったんだけど、支持を得て錬金術科協力の下学園内には街頭よろしく小雷ランプが道を照らす。
僕たちも作って設置したから、手間がかかるせいで無闇に増やせないことはわかってる。
学園内の分だけでも、先輩たちとけっこう頑張って作ったんだよ。
「街中までとなると、小雷ランプ作るだけで一年終わりそう」
ラトラスが言うとおり、学生がやることじゃない。
そして僕たちは今、自分たちがやりたいことに夢中だ。
だから暗くなる前に帰るはずが、確実に一時間もせず真っ暗になる時間までいた。
「俺、暗いよりも雪どけてくれるほうがありがたいぜ」
「それはネヴロフが獣人だからだろう」
雪かきされた道を歩けることを喜ぶネヴロフに、エフィが言って僕を見る。
「獣人のように暗い中を見通せるような何かはないか?」
「難しいなぁ。暗い中に魔法で火を灯すほうが簡単かも」
僕が言うとクラスメイトたちも、獣人の目の再現の仕方を模索する。
そうして賑やかに正門へ歩くと、一台の馬車が誰かを待っていた。
途端に、話題を提供したエフィが話から抜けて、焦った声を上げる。
「あいつ! こんな寒い中に!?」
エフィを見送る形で、僕たちはなんとなく正門のところで足を止めた。
すると駆け寄るエフィを出迎えるように、馬車の中から一人の令嬢が出て来る。
「遅いわ、エフィ。休みなのにこんな時間まで何をしているの!」
「だったらなんで待っているんだ、ユリア」
怒る令嬢と呆れるエフィの姿に、イルメは溜め息を吐いた。
「駄目ね。そこはまず心配から口にしないと」
「そうだよな。せっかく迎えに来てくれたのに」
同意するネヴロフは、故郷に女の子待たせてるからかな?
その辺りの余裕なのか、経験なのか。
わかった様子で頷いてる。
ラトラスは心配そう獣耳を立てた。
「あの魔法学科の子も、もっと素直になればいいのにね」
ユリアと呼ばれた令嬢は、僕たちも見覚えがある相手。
僕個人としても、入学体験の時、エフィの側にいたのを覚えてる。
僕たちがラクス城校の魔法学科と腕試しする頃には離れていたけど、わざわざ馬車を動かすくらいには、エフィと交友が戻ったのかな?
「風邪を引いても俺のせいにするなよ」
「しないわよ、失礼ね! …………し、し」
ユリアは何やら口ごもるので、エフィも首を傾げて口を閉じる。
それを見てたウー・ヤーは、さらに首を傾げて言った。
「立ち話するくらいならさっさと馬車に乗るべきじゃないか?」
「しぃ」
情緒ない発言を止めて、僕はユリアが何を言うか待つよう促した。
「し…………心配くらい、させてよ」
「お、ぅ…………」
ようやく絞り出したいじらしい言葉に、エフィも肩を揺らして言葉に詰まる。
そして赤い空の下で、困ったように視線を泳がせ始めた。
次の瞬間、エフィの口角が大きく曲がる。
視線を向けた先で、なんか見たことのあるエフィの友人二人がガッツポーズをしてるのを見つけたようだ。
うん、あの二人も見覚えあるな。
入学式の時、エフィと一緒にいた二人だ。
たまに今でもエフィと仲良くしてる、魔法学科の学生だよね。
ただ肩を怒らせたエフィがそっちに行きそうになるから、僕はあえて声をかけた。
「エフィ、寒いし早く帰ろうね。また明日」
「あ、あぁ…………」
エフィは僕の言葉で、寒い中待っていたユリアを思い出して止まる。
それを見て、イルメとラトラスも援護の声を上げた。
「エフィ、女の子を冷えさせては駄目よ」
「そうそう、暗くなる前に帰らないとね」
気恥ずかしそうにしながら、エフィは一度友人たちに顔を向けた。
たぶん寒いし暗くなるから、一緒に返ろうと誘うつもりだろう。
けど素早く友人たちは走って行ってしまった。
逃げるような様子に、今度はネヴロフがわからない顔をする。
「あれ、エフィの友達だよな? いいのか?」
「いいんじゃないのか? 気を利かせたということなんだろう」
そこはわからないネヴロフに、ウー・ヤーが二人きりにしたんだと教えた。
そう言ってる内に、エフィはユリアと馬車に乗って帰っていく。
遠ざかる馬車を見送ると、ネヴロフはすぐに首を巡らせた。
「で、そっちの偉い人が帰るのも見送るのか?」
「あ、それ言っちゃう?」
ラトラスが苦笑いして、他にも潜む誰かに気づいてたのに言わないでいたらしい。
どうやら獣人だけ気づいてたようで、言われてみれば、そこにはまた見た顔がいた。
「ディオラ、姫と、ウェルンタース子爵令嬢」
普通に呼びそうになって、僕はディオラとウェルンを目上扱いで呼んだ。
向こうも顔見知り程度で済ませるために、軽く目礼で応じるだけに留める。
けど、僕が皇子とわかってるから知らないふりもできずに、隠れていた建物の陰から出て来た。
イルメは学園でも高位の女子生徒の姿に、一度去った馬車を確認する。
「いったい、何があっているのかしら? エフィは何か問題を抱えているの?」
「いえ、何というわけでは。その、ユリアさんには少々助言をいたしましたので」
「その結果を見届けるためとは言え、はしたない真似をいたしました」
ディオラは恥ずかしそうに口ごもる。
ウェルンはいっそ毅然として、覗き見を謝罪した。
ウェルンはともかく、ディオラは何回か錬金術科にも来ているし、その慣れか、ウー・ヤーが声をかける。
「エフィではなく、友人らしい令嬢に問題でもあったのか?」
クラスメイトの知り合いってことで心配して聞いてるんだろうけど、たぶんそんなことじゃないんじゃないかな?
「問題、そう、個人的な問題です。ユリアさんが困っていたので、素直にと助言をいたしました」
「恥ずかしくとも、思いを隠す必要はないのだということを言い聞かせたのです」
ディオラとウェルンは、どうやらエフィに当たりが強すぎるユリアに真っ当な助言をしたようだ。
その結果、今日のエフィへの出迎えで、きちんと素直になれたかどうかを確認してたと。
それはわかったけど、僕としては別の疑問が浮かんだ。
「どうして魔法学科で、レクサンデル大公国の貴族と、個人的なことで助言をするほど仲良くなったの?」
接点ないように見えるんだけど?
僕としても問題があるなら、知らない仲じゃないし、恋愛ごとでもちょっと手伝いしてもいいかとは思う。
エフィも満更じゃなさそうだったし。
なんて思ったのに、なんだかディオラとウェルンに揃って苦笑を返された。
その上で、口を閉じるディオラの様子を見たウェルンが口を開く。
「友人にばかり耳目を向ける思う方がいる。ということが気になりまして」
「それはソー? あ、ってことはエフィもこっちで拘束し過ぎってこと?」
「そうであってそうではありませんわ」
すごく表面的な笑顔で、ウェルンに肯定と否定をされた。
なんだか目の奥にひやっとする感情が見えるのは気のせいかな?
怒ってるとも、呆れてるとも違うけど似てる感情だ。
しかもその間、ディオラは視線を逸らして合わせてくれないし。
これはもしかして、僕も範疇ですか?
けどここで馬車用意するなんて恰好をつけることもできないし。
そもそもディオラがアプローチするのって、皇子の僕だから、アズロスの僕が何かする必要もない、気はするんだけど。
じっと見つめてくるウェルンの視線が、なんだか責め立てるように感じるのは、僕の被害妄想かな?
「二人も、迎えはくるの、かな? 寒いし、すぐに暗くなるだろうから、冷えないようにね?」
「お心遣いありがとうございます」
すっごい感情のこもらない声でウェルンが返事した。
副音声で、そうじゃないって言われてる気がしてしょうがない。
うん、ソティリオスにぐいぐい行くのは何度も見てたけど、こうして直に圧かけられるとけっこうくるね。
僕はウェルンに押されてばかりのソティリオスを、笑えないようだった。
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