558話:精霊と錬金炉3
冬休み、時間があるとなれば、僕はルキウサリアの学会だとか報告会だとかに呼ばれ続けてる。
今日はお城で、天の道の報告と改善についての話し合いだ。
いつ終わるかわからないから、今日は学園にいけなさそうだった。
「試験用に新しく作ることで、よりよい合金の組み合わせを模索すべきかと」
「うん、だからね、それは僕に言うことじゃない。そして君がすることでもないはずだ、テスタ」
相変わらず違う所に手を出してるテスタ。
いや、輸送手段の確立って考えれば、薬を広めたいテスタも専門範囲?
なんにしても僕は切り上げにかかった。
だって切りがないんだ。
そして僕とほぼ顔を合わせない現場責任者たちから、すでに囲まれた後。
さすがにもう一度データ集めてからじゃないと、次の新造は時期尚早だよ。
「すでに荷重に関しての実験をやってるんだから、そっちの結果が出てからね」
「では、この後お時間を…………」
「寄る所があるから。テスタにね」
僕が言うと、控えてた文官たちが薬学の権威を捕まえる。
うん、この報告会をだしに、王城に呼び寄せられたんだよ、テスタ。
九尾の貴人と会わないためにとか言って、ダム湖の研究施設に引きこもって、いなくなっても出てこないから。
籠る理由づけにちょうどいいから教えた、浸透圧とか、生理食塩水とか調べることに色々のめり込んでたそうで。
僕も一端があるから、今日の参加で呼び出したルキウサリア国王の側に加担した。
「さて、僕も休憩をさせてもらうよ」
僕は声をかけて、会議室を出て行く。
王城の会議室は、まだまだおじさんたちが話し合うらしい。
休憩とは言っても、せっかく来た王城の中。
ディオラと話したい気持ちもあるけど、やらなきゃいけないこともまだある。
だから控室で休んでるふりしてアズロスになって、別の場所へ行くことに。
僕は青いアイアンゴーレムを横目に改善指示を出した錬金術研究の工房へ向かった。
「失礼します、アズロスです」
「あ、アズ!?」
ノックしたらジョーの声がする。
他にも人いるっぽいからって、アズロスと一緒にいておかしくないウェアレルが同行してくれれた。
返事あったし開けたら、途端に僕は抱きつかれてしまう。
けど、見える髪色がジョーじゃない。
「アズー! スティフ止めてー!」
「なんなんだここ! 訳がわからん!」
「えっと、イア先輩たち、どうしたんですか?」
抱き着いてきたのは二つ上の卒業生、エルフのイア先輩。
わからんなんて叫んでるのは、この冬卒業のオレスだ。
で、出遅れたジョーの向こうに、芸術関係にしか興味がないはずのステファノ先輩もいる。
大量の資料の中で、読み漁ってる?
「あなた方、気心の知れた同窓生しかいないからと言っても、ここは王城の一角です。節度ある行動をなさい」
ウェアレルが先生らしく叱った。
ついでのように、僕にしがみつくイア先輩も引きはがす。
正体がばれた様子はないから、ともかく僕も名目上ここの責任者にされてるジョーに説明を求めた。
「どういう状況ですか、これ?」
「いや、人手が欲しくて、それで青いアイアンゴーレム見に来たスティフに相談したら、イアと、イアから引継ぎされるって言うオレスが来て…………」
「そこはちゃんと、上の管轄の人に報告しました?」
「した。卒業生だと言ったら、取れるなら取れと言われた」
何も考えてないらしいジョーに溜め息出そう。
それにウェアレルがまた先生として、情報漏洩や責任問題になりかねないってことを懇々と説教する。
何せここ、帝都にあったゴーレム作るための資料もあるんだ。
そしてステファノ先輩が嬉々として読み込んでるの、そのゴーレム作成とその機構に関する僕が書いた説明だろう。
帝室図書館にあった内容もセフィラに手伝ってもらって書き出してるから、ここって実は暗号状態で原本が置いてある帝都よりも、使える情報があるんだけどな。
「ステファノ先輩、一度資料から離れてください。後で怒られますよ」
「うん? あ! アズ、いいところに。ここのさ、分解に関する説明でね」
「ちょ、ちょっと。えっと、僕も先輩たちと同じように来たばかりでわかってないんで」
「書いたんだからわかるでしょ」
声を落として、当たり前のように言われる。
見ると、眼鏡の奥で変わらず笑っているけど、指先はいくつかの文字を指してた。
「書体変えて、ペンを変えて、インクを変えて、別人のふりしてるけど、これだけ書けばやっぱり癖が出るからね」
どうやら見て、僕の文字だと理解したらしい。
(セフィラ)
(確信しています。指摘する文字に表われる主人の癖も正しいです)
言われて初めて気づいたくらいのものだけど、これは誤魔化すよりも口止めだな。
(何処まで確信してる)
(主人が皇子であると)
(そこまで確信しちゃってるの!?)
せめてゴーストライターくらいだと思ってたのに。
竜人のテルーセラーナ先輩みたいに、関りがあるとか、裏で繋がってるとかさ。
けど本人認定で、しかも確信とセフィラが言っちゃうくらいか。
「…………それを誰かに言いましたか?」
「言ってないよ、言ってもアズ逃げそうだし」
「あと一年はいるつもりですけど?」
「一年かー。できればアイアンゴーレムの青を再現できるまではつき合ってほしいなぁ」
「青の結果が気にならないと言えば嘘になるので、そこはステファノ先輩の出方次第ですね」
「あれ? なんか僕脅されてる雰囲気ー?」
「裏で動かしてるの僕なので、ジョーどころか錬金術科ごと排除も可能です。青いアイアンゴーレムの横取りも、この国が支援してくれます」
「それは困るぅ。仲良くしようよー」
「では、青いアイアンゴーレムに関しての研究結果はシェアで。実験段階は計画書を作成の上行ってください。もちろん、漏洩の可能性があればステファノ先輩は一番に切ります」
僕が淡々と脅しかけると、ステファノ先輩は黙る。
これは面倒がってるな?
思いつきの人だし、計画書作成について嫌がってるんだろう。
「一回書いて提出して許可取らないと危なすぎて駄目です」
本当に利権とか権力争いとかの理由でも危ない。
ただ錬金術としては、気心の知れた卒業生でやるほうが気楽だ。
その気楽さを維持するためにも、最低限の報告の体裁は取らないといけないって話なんだ。
だけど、僕でもまだまだ手回しの類は足りないらしいし。
いや、ゴーレム関係だし、いっそ計画提出先をソティリオスにしちゃうか?
…………色に固執するばかりのステファノ先輩に、ソティリオスが怒りそうな気がする。
「ともかく、許可が出るまで何も持ち出し禁止、検証実験禁止。進めたいなら書類提出を覚え…………えー、イア先輩とジョーに覚えさせてください。オレスも使えそうなら使う方向で。けどあんまり目をつけられる行動すると、マーケットでのジョーの二の舞になるので気をつけてくださいよ」
「確かにそうなると何もできなくなりそうでやだねぇ。うん、わかったよー」
けっこう口だけなところがあるのは、キリル先輩とのやり取りでわかってる。
ここはわかりやすく餌をぶら下げよう。
「じゃあ、分解はまだ駄目ですけど、化合について教えます」
「え、何なに?」
「鉱物に色がつくことにも関わる、二つのものから新たな一つを作ることです」
僕はこの部屋にある鉄と硫黄を、粉末にするところから始める。
その後は屋外に出て、硫化水素が発生する実験を見せた。
これでできるのが、硫化鉄だ。
「こんな簡単にできるのに、いい黒! 鉄で黒は作るけど、また違う色ができるなんて」
楽しげなステファノ先輩にブンブン手を握って振られる。
本当、芸術関係だと元気だなぁ。
興味を示す先輩たちの中から、ジョーを引っ張って端に連れ出した。
「ステファノ先輩にばれました。下手に誤魔化すのはボロが出そうなので、今まで通り知らないふりしていてください」
「うぇ!? え、自分で気づいたのか?」
頷いたらジョーが落ち込んだ。
そこは観察力とかセンスが違いすぎるから。
僕も気づかない観点からの確信だったし。
「ともかく、この実験で鉄に加える物が違うことで色が違うことは示しました。これは化合という鉄を純粋な鉄以外のものに変える手法になります。同時に、混合するものによって色も変わり、青もできるはずです。また反応しないように見えても、有害な気体が発生してる場合もあるので、換気と臭気には気をつけてください」
「ま、待ってくれ。すぐにメモを取るから」
これは簡単なチャート表でも作って渡すことで、実験の進行と方向性をコントロールしたほうがいいかな?
寒いせいだけじゃなく、ジョーは緊張で顔色が悪くなっているようだ。
ここでも錬金炉を使うから、僕とクラスメイトがやってる実験の手伝いしてもらえないかと思ったけど、どうやら無理なことだけはわかったのだった。
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