閑話111:ディオラ
ルキウサリアの第一王女である私は、浮かれていた。
その様子を侍女に笑われたことで、ようやく気付くくらいに。
「まぁ、姫さま。すでに春が訪れたような笑みですわね」
「そ、そんなことは、ありませんよ」
自分でも子供のようだとは思う。
自覚があるからこそ否定して、私は表情をひきしめた。
そんな様子に別の侍女があえて事務的に聞いてくれる。
「お茶一杯分の時間ですもの、給仕は早いほうがよろしいでしょうか? それともあえて湯を沸かすところから始めましょうか?」
「アーシャさまはお忙しく。長く一緒にいたいけれど、お待たせするわけにはいきません」
残念だけれど、引き留めや遅延は悪手でしょう。
何よりアーシャさまの聡明さをもってすれば、そんな小細工は露見する。
せっかく王城にいらっしゃるこの冬の間、寒さを和らげてもらえるようにお茶をお出しする機会を得たのだから、悪感情を持っては欲しくない。
できればまたいらっしゃる時に足を向けていただけたら、そんな期待と嬉しさが表に出てしまう。
また春だと侍女たちに笑われながら、私は部屋を暖めて、冬の草花を飾る。
そうして長いような短いような時間を待って、ようやくお話を終えたアーシャさまがいらっしゃった。
「ディオラ、待たせてごめん」
「いいえ、アーシャさまには我が国のためにご足労いただいておりますので。お疲れでしょう。どうぞ、お座りください」
アーシャさまは変わらず飾らない方で、真っ直ぐに言葉にされる。
子供の時分には大人びて見えたけれど、十五の今、年相応になってきたようにも思う。
それは気の置けない錬金術科のクラスメイトたちのお蔭かもしれない。
私も大人に囲まれて育った分、同じ年代の学生と過ごす時間の違いは感じる。
アーシャさまの場合はもっと顕著でしょうけれど。
「うん、温まるね。ありがとう、美味しいよ」
「やはりこちらの冬には慣れませんか?」
「いや、屋敷の使用人たちが良く温めてくれるから、過ごすことに問題はないんだ。その上で、寒いと思うような日に、熱いくらいのお茶で身の内から温まる感覚は、ちょっと癖になるかもしれない」
「わかります。冬だからこそ美味しいものもありますね」
他愛ない話を交わし続けたいけれど、許される時間はお茶を一杯飲むだけ。
そう決めたのは父であるルキウサリア国王陛下だ。
年頃であること、アーシャさまが数々の機密に関わることから、私との接触を最小限になるよう図られている。
我が父ながら腹立たしく思うこともあるけれど、どんな賢者も驚かされるアーシャさまの聡明さもわかっていた。
私のせいでアーシャさまの不利益になることは望まないから、我慢もしている。
「マーケットの際には、弟君の来訪を秘しており、申し訳ございませんでした。少しでも、お話はできましたか?」
「うん、あれは驚いた。けれど同時に嬉しい驚きでもあった。それにテリーもしっかりしていて、二年離れて暮らすことのもったいなさを感じたよ」
アーシャさま楽しそうにテリー殿下のことをお話しされる。
「一緒に錬金術する時間も作ってくれてね」
「まぁ、何をなさいましたか?」
私ははやる心を落ち着けて、不自然にならないよう先を促した。
こうしてお話できることは嬉しい。
けれど同時に、悔しさは今もある。
だからこそ、アーシャさまに関わることを知りたい。
慕う方の秘密が多いことはわかっているし、さらに国が関る機密もわかる。
アーシャさま自身の立場もわかってて、柵が多く、二の足を踏んでいたけれど、この機会を逃す手もない。
そう思えたのは、ウェルンさんやユリアさんと思い人に関してお話しする中で、ただ慮ってばかりでは後れを取るだけだと言われたから。
私もいるのだと、そう訴えて、考えてもらわなければならないのだと。
少しでもその目に映るよう、努力すべきだと助言をもらった。
「ゴーレムについて、調査研究するための工房を整えられたとか」
「あぁ、錬金術科の卒業生がね。そこにもテリーを連れて行ったよ」
「やはりゴーレムに関しての錬金術はテリー殿下にも伝授されたのですか?」
逸りすぎた。
アーシャさまが一度口を閉じる様子にそうと悟る。
どうやら私の浅はかな探りは勘づかれたようだ。
けれどアーシャさまは責めずに笑ってくださった。
「気になる? ソティリオスもさっさと開示しろと言ってくるんだ。けど、名目は青いアイアンゴーレムの調査だからね。すぐさま教えて使えるなんてこともないし」
「そうなのですね。ゴーレムを一度、城の学者も連れて稼働させたと聞いております」
止められなかったことで、私はこの王城で耳に挟んだ話の真偽を求めた。
アーシャさまは悪戯っぽく笑うと、声を落とす。
私もつい、身を乗り出して耳を澄ませた。
「実はね、ある程度動かして実験はした後なんだ。けど、その結果が有用な割に、錬金術師じゃないと基礎を作れないってことで王城が待ったをかけた」
「ゴーレムの基礎、ですか? では、出来上がったゴーレムを扱うことは?」
「ある程度、錬金術師でなくてもできる。それこそ魔法使いにも。けど、前にも話した錬金法を理解してくれなくてね。結局魔法だろ、なんて言うんだ。そういう人を排除していったら、ゴーレムに関われそうな人員は一握りしか残らなくて」
「それは、ルキウサリアとしては、人材の育成を考え直さねばなりませんね」
「うーん、難しいところでね、攻撃的なことにゴーレムを使おうと思うと、魔法使いのように戦闘の訓練を入れてるほうがいい。けど錬金術科はそういうことしなくて、今引き込める錬金術師に運用させると、建材どまりなんだ」
色々と含意のある情報だ。
錬金術師しかゴーレムの基礎は造れない。
けれど扱うだけなら魔法使いでもできる。
そしてそれを攻撃的に使う、そんな視点が我が国にある。
きっとそんな視点は魔物のゴーレムから得たもの。
同時に、一度実験をしたというアーシャさまが何かしたのではないかとも思う。
そうでなければ、こうして王城にお呼びして何度もゴーレムに関して協議するわけもない。
「僕も気になることがあるんだ、聞いていい?」
アーシャさまがまだ声を潜めておっしゃる。
どうやら踏み込んで教えてくださったのは、聞きたいことがあったためらしい。
それはいい。
いっそ、そうして私に価値があるとわかるだけ前向きになれる。
父が今までの姿勢を翻し、こうして許可するのは、アーシャさまを呼ぶためだ。
冬に呼び立てるから、友人であり王女である私が茶を供して詫びをする。
そんな体裁での今。
アーシャさまは私を友人と思うからこそ、会う機会に喜んでくださる。
そうして父の招きに応じる一助にされるけれど、それだけではなく私に価値があると言うなら嬉しい。
「お兄さん、帰ってきそう?」
息をつめそうになるのを、意識して吐く。
そうして自然な笑みになるよう、力をあえて抜いた。
これで、錬金術から声を潜めて楽しげに話しているように周囲には見えるはず。
その上で、私は噓偽りなく答えた。
だって、アーシャさまは好奇心や打算ではなく、心配を浮かべていたから。
「手紙、返って来た? 大丈夫?」
「はい、いいえ。返っては、来ないのです。けれど、まだ、手紙を出し続ける心づもりはあります」
アーシャさまに相談して、兄には一年以上出し続けている。
それでも返事がない。
だからこそ、アーシャさまは私が傷ついているのではないかと心配してくださる。
それは弟君たちと楽しげに手紙のやり取りをするからこそ。
羨ましいと同時に、やはりこれくらい熱意がなければ相手からの反応などないという気にもなった。
「直接の返事はないのですが、兄の従者からは手紙を読んでいることは知らされています」
「だったらひと言くらい返事くれてもいいのにね。というか、返事出したくならないのかな? 僕だったらディオラの手紙が来たらすぐ机に向かうのに」
当たり前のように言われて頬が熱い。
だからこそ、本当にただ事実を言ったということもわかっていて、余計に自意識が過剰すぎたかもしれないことに恥ずかしくなる。
相変わらず、私たちは直接言葉を交わすよりも手紙を交わすほうが多い。
それだけは邪魔されないから。
それでもやはりこうして直接会わなければできない話もあった。
なのに、時間が過ぎるのは、いつも早い。
「…………残念ですが、今日はここまでのようですね」
「あぁ、もっとゆっくり飲むつもりだったのに」
アーシャさまのカップはからになっており、お茶一杯分の時間はもう終わってしまった。
「ディオラ、またお茶を飲ませてもらえるかな?」
「はい、もちろんです」
名残惜しみながら、それでもアーシャさまは次の約束をしてくださる。
父の思惑どおり、アーシャさまはまた時間を作って王城にいらっしゃるだろう。
けれどこの機会を逃すなんてこと、私にはできない。
きっとアーシャさまにとって、私は一番古い友人。
その生まれから、友人と呼べる存在がアーシャさまの中で特別なのは疑いがない。
それで、何処か満足してしまっていたのがいけなかった。
ソーさんという、私よりもアーシャさまに会い、アーシャさまと言葉を交わし、アーシャさまと親しくする友人の存在に悔しさを覚えたのだ。
「私、負けません」
アーシャさまを見送った後、私は一人決意を呟いていた。
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