554話:入試手伝い4
なんかワンダ先輩並みのドジっ子が来たと思ったら、悪役令嬢な経歴だった。
受験生が退出してから、僕はウー・ヤーに確認する。
「どう思う? 特に騒ぐ様子はなかったけど、罪人なのかな?」
「相当高位の御仁だ。名前からして、もしかしたら太子や公主の可能性もある。こちらの王族と違って、家名は王朝と被ることもあるから、断言できないが」
つまりチトス連邦の王子や王女の可能性はあるけど、ウー・ヤーに判別はつかない。
親が宮城の門番と言っても、王族に直接会うような身分じゃないかららしい。
ただ名前でわかるってことは家名を偽ってはいないんだろう。
けど、こっちが主に愛称で名前を呼ぶのと同じように、チトス連邦も戸籍上の名前は名乗らないし、通称が普通なんだとか。
「こっちで言う王子や王女だとしたら、余計に罪に問われて国外に出てるのはおかしな話だとは思うけど」
「いや、罪に問われるなら一族郎党赤子に至るまで排除されるからな。高位の二人を優先して逃がした結果ということもあるかもしれない」
チトス連邦の刑罰が恐ろしいことになってるんだけど。
国外に逃げなきゃいけないってそれ、この世からの排除って言わない?
これはもう、ルキウサリア国王に持って行ったほうがいいかもしれない。
なんて思ってたらイデスが疑問を口にした。
「刑罰を受けた王族であったとして、なんの連絡もなしに入学が可能なのでしょうか?」
「直接交流のない国だと、調べるにも連絡を取るにも難しいからね。そもそも僕たちも名前見たけど、チトス連邦の王族かもしれないなんて考えもしなかったし」
双子の名前は名簿に、イー・ソンとイー・スーとある。
たぶんこのイーが家名で、ウー・ヤーは王朝と同じだという。
ソンとかスーにも何か意味があるかもしれないけど、そこはチトス連邦の言葉わからないからね。
比較的文化圏が近いショウシが、令嬢らしく政治的なことを口にする。
「さすがに王朝交代が起これば聞こえるはずですが、私が経由してこちらへ入学した時には、特に王族が罰されたなどは聞いておりません」
「そうだね。関連のある貴族家には、チトス連邦のことが聞こえてるかもしれないけど」
錬金術科で知れるとしたら、実家と連絡取ってる上に、海沿いでチトス連邦とも交易のある国出身のステファノ先輩くらいかな。
けど性格的にそんなの気にしないし、家からも連絡があるとは思えない。
関連で同じ国出身のイア先輩の耳には入ってるかもしれないくらいか。
あとはネクロン先生とウィレンさんだ。
北の海の島、ツィーミールと連絡は密にしてる。
海運に力入れてるらしいとか、南のヘリオガバールで妙な二つ名届いてるとか、ある先生だし、知ってる可能性は高い。
「というか、そもそも怪しんだの、ネクロン先生でしたね」
「おっとぉ…………?」
僕の呟きに回答を確認してたウィレンさんが視線を泳がせる。
「何か心当たりあったんですか?」
「いやぁ…………」
言いにくそうってことは、まともな情報網じゃないな?
ネクロン先生の父親らしいエルフは、海の犯罪者ギルドって言われるようなところで人員に口出しできるような人っぽいし。
まぁ、そこは親子関係不穏だし掘らないでおこう。
「見た限り、真面目に考えて答えていました。回答内容も悪くないと思うので、後輩になった時のために、聞かせてほしいですね」
「…………その、未確認なんだけどさ」
ウィレンさんも海人の双子の、水を含んで重くなった空気という回答に目を走らせて口を開く。
「なんか、チトス連邦のほうで開かれた宴の一環で、国内外の有力者の子女集めて半年くらい滞在させたんだって。切磋琢磨しろーって。で、役割与えて勉強させつつ自治させてみたら、なんかチトス連邦のすっごい美人の公主が、恋愛沙汰で能力はあるけど身分の低い女の子殺そうとしたとか。集まってた国内外の有力者子弟の反感買って、騒ぎが大きくなりすぎて、追放になったとかなんとか?」
あやふやな情報だとわかる軽い口調のウィレンさんは、ウー・ヤーを窺った。
「確かにチトス連邦は、東西の文物や人が流通する交易の拠点。三年に一度くらい、大きな宴を催し、宮城を開放することもする。子女を集めて勉強と自治という話は聞いたことはないが、他国から人を招いての勉強会や、対談なんかはあった。やって不自然な話でもない」
今まで名前だけしか関係のなかったチトス連邦だけど、どうやらけっこう国際都市みたいなことしてるらしい。
その上でウー・ヤーは、窓の外へと視線を向けた。
「チトス連邦の大陸部は、北西のほうが海沿いに竜人の国と繋がってるから、九尾の貴人がいたら何か知ってかもしれないな」
残念ながら追い出した後だね。
推測しか出ない話は切り上げ、僕たちは片づけて、清掃も終えれば施錠も確認する。
隣接する実験室からもみんな出てきて合流すると、アクラー校のほうへ戻るためラクス城校の校舎を出た。
「あ! お姉さまー!」
突然上がる弾んだ声に、何かと思ったら、もっふもふの腕を振る猫の獣人がいる。
長毛で尻尾も長いけど、しっかり三角の耳が頭から出てた。
えっと、これはあれだ、前世でもいたフォレストキャットとかいう大型猫?
そんなもふもふな猫獣人が見るのは、虎獣人のウィーリャ。
「まぁ、ツィーチャ。待っていたのですか? …………あら?」
どうやらウィーリャの知り合いらしい。
けど、ツィーチャと別にもう一人猫獣人がいる。
それに反応したのはラトラスだった。
「あれ? お前、ナムー? 久しぶりだな」
「ラト兄…………」
のんびりした口調でとてとて近づく姿は、何処か子供っぽい。
どうやら体の割に手足が短いらしい。
短い手足を縮めてる様子は愛嬌があるし、うん、これはマンチカン系だな?
けど低い声は男だ。
そしてラトラスよりは大きいのは、毛なのか体格なのか。
「ナムー、もっとしゃっきり動きなさい!」
「うぅ…………。ラト兄、助けて」
どうやらツィーチャの押しの強さに逃げられない様子だ。
ラトラスも察した上で、僕たちに紹介紛いのことを口にした。
「あいつ、ナムーは俺の別の地方に住む親戚で受験生だよ。近い親戚の中じゃ体が小さくて心配されててさ。あとどんくさい」
「ラトラスのほうが小さいけど、動きは勝ってそうだよな」
ネヴロフの無邪気で失礼な言葉に、ラトラスの口から猫の威嚇音が出る。
うん、ネヴロフよりは小さいけど、毛も含めて僕より一回り大きいんだよね、ナムー。
マンチカンっぽい手足だけど、なんか雑種っぽいどっしり感がある。
ウィーリャは親戚の元へ行こうとした足を止めて、僕たちに説明をした。
「ツィーチャも一族の中では小さく、その上魔法もできないのでよく下を向いている子だったのですが…………」
ナムーと同じくらいの大きさがあるツィーチャは、のろのろ動くナムーに声をかけてる。
下なんか向いてないし、むしろ楽しそうだ。
そんな後輩になるかもしれない猫獣人二人に、イルメが悩ましげな呟きを漏らした。
「あったかそうだけれど、少し大きすぎるわ」
ラトラスがまた威嚇音をあげるけど、イルメは聞いてない。
エフィは話を変えるようにウィーリャに言った。
「こっちは人間が多いから、同じ猫系の獣人がいて安心したんじゃないか?」
「回答は先生に回収されたし、あとは道具を片づけるだけだから、二人は慣れない受験生の相手をしていいだろう」
ウー・ヤーの言葉に全員で応じる。
後押しを受けて、ウィーリャとラトラスはてとてと近づいて来てるナムーとツィーチャのほうへと向かった。
「…………はぅ、猫集会」
なんかショウシからわくわくした感じの呟きが聞こえる。
もしかしてウィーリャと仲良くなったの猫派だからなの?
そもそもウィーリャは虎だけど、猫判定でいいの?
ちなみに後輩男子たちは大きさが気になるようだ。
帝都出身のトリキスがまず、合流した四人の猫獣人を順に見て呟く。
「ウィーリャは虎だからだと思っていたが、意外と、猫らしい、のか?」
「ツィーチャとかいう子もすごいもふもふだね。北国だから?」
ポーは感心しつつ、アシュルに話を振ったけど、大陸南出身の上、人間の国で育った竜人には通じなかった。
「うん? 北国の猫は大きいのであるか?」
「ラト先輩の親戚の子も大きいし、先輩が小さいのかも」
タッドはたぶんラトラスが聞いたらまた威嚇されそうなことを言ってた。
ラトラス離れてるし、一応フォローはしておこうか。
「ラトラスの親戚に会ったことあるけど、みんな似たような大きさだったよ。たぶん親戚の猫獣人の中でも種族が違うんだよ」
マンチカンが大きいのかって話は、僕もわからないけど。
でも入試結果次第では後輩になるかもしれない獣人たちだ。
あんまりラトラスが対抗意識持つようなことになってもね。
あと、ラトラスが小さいってなると、クラスで一番身長が近い僕も小さいってことになる。
けど、学園歩く限り僕は平均くらいだと思うんだよね。
なんて、一年で身長が確実に近づいてる後輩たちから、僕はそっと目を逸らす。
うぅ、次に弟たちに会ったら、身長抜かれてそうだなんて、あんまり考えたくないよぉ。
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