552話:入試手伝い2
入試当日、もう冬休みだけど僕は午前から登校した。
「はぁ、コート着てても寒くなって来た」
そう言って教室に入ると、どうやら僕が最後だ。
というか、イルメはすでにネヴロフを背もたれにラトラスを抱える冬仕様になってる。
「あれ、もう冬毛?」
「まだだよ。まだだからちょっと寒いんだけど、寒いんだけどさ」
「寒いならいいでしょう。互恵関係よ」
しれっと嘯くイルメに、ラトラスが納得いかない様子で尻尾を振ってる。
ネヴロフは気にせず、たぶん橋の改造案を書いてるのかな。
ウー・ヤーもそっちと話し込んでて、ネヴロフに頷いてた。
「で、高いところからだと溜めれば水って上がるらしいんだよ」
「だが、相当な断崖なんだろう? 高さは行けるのか?」
なんか楽しそうで、そっち行こうとするとエフィに止められた。
「昨日の内に準備したとはいえ、受験生が入る前にチェックと移動だ」
うん、いじめっ子だった割にけっこう真面目だね、エフィ。
午前は共通科目だから僕らは待機なんだけど、試験会場はラクス城校だから移動は必要だし、そっちに道具を運び込んでるから確かに確認もいるだろう。
先生たちに代わってチェックを任されてるから、足りないとアクラー校の端から往復が必要になるんだよね。
僕たちは同じく手伝う後輩にも声をかけて移動を始めた。
「ところで受験生は何人くらいなのか知ってる?」
「三十八名だな。錬金術科はなかなか増えないらしい」
僕に応えるエフィは、人数の少なさを嘆くんだけど。
「…………僕たちの時、二十四人くらいだったと思うよ」
「そうね、三十人いなかったと思うわ。魔法学科はどれくらいなの?」
僕が言うとイルメが頷いて水を向ける。
実は増えてることに驚きつつ、エフィは大まかに答えた。
「毎年百人前後はいると聞いてる」
「倍どころの話じゃないな」
ウー・ヤーがいっそ笑いながら、ラクス城校を見上げる。
王侯貴族の子女が主なラクス城校にそれだけ集まるって言うのすごい。
うん、ちょっと増えても比べるべきじゃないね。
教員の数も足りてないから増えても困るって実態もあるし。
魔法学科の受験生に比べて少なすぎるくらいがちょうどいいのが世知辛い。
「先輩たちの受験の成績どうだったんですか?」
ポーが好奇心に逸った様子で聞いて来た。
あまりに無邪気な質問に、トリキスが失礼だと遅れて止める。
イデスも気を遣って、聞くべきではないということを遠回しに伝えた。
「そもそも先輩の中には学科が違う方もいらっしゃるのだから」
「馴染んでいて全く忘れていましたわね」
言われて思い出したらしいウィーリャの言葉に、エフィがなんだか遠い目をしてる。
そして成績なんて気にしないネヴロフが、気遣いにも気づかず答えた。
「俺、補欠入学。自分でもよく受かったと思うぜ」
「その、お答えせずとも大丈夫ですよ」
ショウシまで控えめに止める中、アシュルはネヴロフの答えに驚いた後、感慨深げに呟く。
「才能と学業成績は別物であるな」
「錬金術科の特異性なのでしょう」
クーラも入学したからには小論文やったはずだけど、今も錬金術に興味のないこの後輩が、いったい何を書いて合格したのかは気になる。
そうしてる間に、タッドがラトラスにこっそり教えてた。
「ポーも補欠だけど、アシュルともども学園関係者からの指導があっての入試挑戦だったって。先輩はどうやって勉強したっすか?」
「商人の伝手で過去にどんな問題でたか調べてひたすら暗記さ」
ラトラスが当時の勉強づけを思い出したのか、哀愁漂う溜め息を吐く。
トリキスも聞こえていたようで、入試成績から話しをさらに変えた。
「入学に際しての過去の成績より、現状の成績を重視すべきだろう」
「それで言うと、一番悪いのは僕だね。授業半分出てないし」
乗って言ったら、イルメが僕を指して続けた。
「入試なんて最低限の学力を図るものよ。在学中も、錬金術科なら気にする必要はないわ。必要なのは、先を見据える目よ」
後輩たち納得して話が収まるのはいいんだけど、僕を見てるのは何かな?
コーヒーショップでも先行き不明って言ったのに、僕を先達として参考にするのはやめたほうがいいって。
僕たちはそんな話をしながら移動して、振り分けられた実験室で器具の点検を始めると、助手のウィレンさんが現れた。
「やーすごい数。世の中こんなに王侯貴族の子供いるんだねって感じ」
入試が始まったことを伝えに来てくれたんだけど、感想が僕にない目線だ。
考えてみれば、宮殿で育ったんだから平民のほうが少ない場所だったんだよね。
それで言えば、このラクス城校やアクラー校も、王侯貴族の子女が通うから、学園の中では上流階級ばかりのはずの場所だ。
共通科目では試験官として教師も講師も出るから、助手のウィレンさんが確認にきて、今日のスケジュールを伝える。
「しかも今日の入試はラクス城校だけって話でしょ。他の入試別日で連日するって、先生たち頑張るね。下級の貴族の入る学舎はもっと受験生多いって言うのも聞いたよ」
ウィレンさんはスケジュールの合間に、世間話も挟んだ。
地位が下になると学舎が違うし、隣接もしてない。
下級貴族には男爵や領主、代官、官職の子女の他にも、知識層や富裕層もいる。
改めて考えると、身分も種族も関係ない錬金術科の雑多さがすごい。
きっと僕たちが動く範囲で見れる学生なんて一部だけど、ほぼ人間の貴族なんだろう。
僕も入試で列を作ってルキウサリアに来たけど、あれも貴族の一部でしかない。
そして帝都周辺にいた入試受験者の一部で、そう考えると、九尾の貴人を邪険にしてた先生たちの扱いも頷ける。
本当に忙しい時機な上に、雑多に人が出入りするから、トラブルの種は排除したかったんだろうな。
「あ、そうそうウー・ヤーってチトス連邦の出身なんだよね?」
ウィレンさんがウー・ヤーを名指しした。
「なんかね、受験者の海人の子が片足悪いんだって。けど、生まれつきじゃないらしくて、動きがおぼつかないの。で、ネクロン先生が軽く確認したら、どうも足の腱を切られたような傷があったみたいでさ。船乗りの与太話に、確かチトス連邦の何処かには女の子の足をあえて悪くして動けなくする習慣があるとかって。それかどうかを確認しろって言われたの」
あまりな話にみんなびっくりして固まる。
視線を受けたウー・ヤーは眉間に皺を寄せて誤解だと言った。
「足を悪くすると言うのは、纏足のことだろうな。あれは足を縛って大きく成長しないようにするもので、一種の美意識だ。だがあえて切るのは…………刑罰でしかない」
ウー・ヤーの言葉にウィレンさんも驚く。
「ちなみにどちらの足を?」
「え、左足だったらしいけど、足の左右って意味あるの?」
「刑罰であった場合、左の足の腱を切られるのは公的な損害をもたらしたのではなく、私的な失態によるが、刑を申しつけるような人物に不利益を与えた場合」
ウー・ヤーの答えを聞いて、ウィレンさんは別のことが気になったようだ。
「ちなみに、どうしてそんなの詳しいのかな?」
「宮城の門を守る役人は、古くは刑徒を使い、数ある門の監視に当てていた。特に足を潰された者は門から動く必要のない仕事のため多く、今でも家では刑罰に関する歴史と法制度を学ぶ」
これは、ウー・ヤーのチトスにおける刑罰の話は確かな情報と思って良さそう。
そうなると海人の子がどうして傷を負ったかが問題だ。
事件や事故なら不幸な出来事で済む。
けど本当に刑罰を受けたとなると、受験生として受け入れていいかも迷うところ。
「そういう事前情報はないんですか?」
僕が聞くとウィレンさんは首を横に振る。
「何もなかったらしいよ。チトス連邦からの前触れもなし、いいとこの生まれっぽいけど受験票に書かれた身分は平民。だからこそ、訳アリっぽいってネクロン先生が嫌な顔してたんだけど」
受験生の数と、出身国の遠さ、何より警戒と把握すべき王侯貴族から外れる申告。
これはルキウサリア側にも把握されてない厄介ごとかもしれない。
僕が考えてると、ウィレンさんがネクロン先生からの指示を伝えた。
「で、怪しいようだったら、文化圏同じウー・ヤーと、対処できるアズを担当に当てろって言うんだよ」
「なんで僕まで?」
「言うとおり、下手なことがあった時の対処要員だろうな」
納得できない僕の代わりにウー・ヤーが頷く。
その上、頼りにしてると言わんばかりに肩を叩かれたのだった。
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