550話:後輩からの挑戦5
闘技室のあるラクス城校から、錬金術科は揃ってアクラー校へ帰る。
あ、いや、ウルフ先輩は出発の準備でわかれた九尾の貴人に連れていかれた。
ちゃんとルキウサリアを出る気にはなったから、じゃあ防寒着で毛皮の伝手ないって話してたら、そのままあれこれ聞き出された上で、ウルフ先輩は錬金術師として連れていかれることになったんだ。
まぁ、ドラグーンも冬眠から目覚めたら回収が必要だし、九尾の貴人と一緒にウルフ先輩も戻ってくるはずだから、大丈夫かな?
ヴラディル先生とウェアレルも気にせず、入試の話を続ける。
「出た案をネクロン先生と相談してからだな」
「そもそも今から変更では、文句が出ないのですか?」
「出るわけないだろ。魔法学科と違って単独だ。試験の監督で借りる相手にも迷惑はかけないために学生に声かけたんだし」
「いちおう、当日参加の生徒の名簿くらいは作っておきなさい。待機部屋なども必要でしょうし、昼食の手配も予算の内で申請するべきですし」
ヴラディル先生のほうが教師歴長いのに、お金に対してはウェアレルのほうがしっかりしてるって、これ、僕の金銭問題あったせいかな?
気づくと、ウィーリャの虎耳がずっとウェアレルたちのほうへ向いてる。
「どうしたの?」
「その、参加は必ずでしょうかと、聞きたいのですが」
どうやら聞くタイミングはかってたようだ。
それを聞いたヴラディル先生がウィーリャを見る。
「強制じゃないから安心しろ。ただ、そうだな。人数は確認しとくか」
「…………一応、理由も聞いていいのでは?」
ウェアレルは、ウィーリャが迷うように尻尾を振ってるのに気づいた。
水を向けられたウィーリャは、参加しないほうがいいかもしれないと話し出す。
「実は、受験生に身内がいるのです。ですので、私が関わることで不正を疑われるのは本意ではありません」
「あ、まさかロムルーシから来てる受験生か? ネコ科の獣人だったが血縁か」
ヴラディル先生には心当たりがあったようで、赤い耳を立てた。
そしてウィーリャもお嬢さまだから、そこら辺の気遣いはできるようだ。
ただ僕は気になることがある。
「ウィーリャ、それってまたイマム大公からの命令?」
ウィーリャの本家筋で、ロムルーシでも大公家として力のあるイマム大公。
僕が留学で知り合い、錬金術に興味を持ったお蔭で、今もウィーリャを仲介して時折手紙をやり取りしてる。
その中にそんな話はなかったけど、ウィーリャ自身が任せるという手紙と共に、命令で入学してた。
だから聞いたけど、当のウィーリャが慌てて手を振る。
「いえ、今回は私の独断で誘ったのです」
「誘った?」
僕が聞き返すと、ラトラスが長い尻尾を立てる。
「あ、もしかしてあの時話してた親戚?」
どうも音楽祭後から、暑さにラトラスが獣人の先輩ってことで、被毛の処理について話すことがあったそうだ。
そこから猫獣人同士でちょこちょこ、相談を受けていたとか。
「体質の違いなんかの話で親戚の話になったら、お互い歳の近い親戚に魔力なしがいてさ」
人間以外では珍しい存在だ。
人間ならほとんどが魔力なくて魔法使えないけど、他種族だと使えて当たり前だからなくて困ることもあるらしい。
ネヴロフは魔力あっても魔法知らずに過ごしてたから、また例外かな。
「で、俺のほうはもう一人くらい錬金術師欲しいって話で、親戚の中の魔力のない奴も頭さえあればって話でさ。受験考えてるってのをウィーリャに話したんだ」
「それを聞きまして、魔力がないことを気にしていたことを思い出しまして。錬金術師であれば今ならイマム大公のお口添えをいただけると思い、誘ったのです」
そして親戚の、魔法が使えないくらい魔力の少ない子が入試にくると。
話を聞いたヴラディル先生は、考える。
「つまりお前たち二人は親戚だから手伝いはなし、いや、かち合わないようにすれば?」
考えて呟くヴラディル先生が見るのは、何故かウー・ヤーだ。
本人もヴラディル先生の視線の意味わからない様子で首を捻る。
「あー、一応聞くが、ウー・ヤーは知り合いが受験とか聞いたりはしてないか?」
「していませんが、そう言うのであれば、海人がいるのですか?」
「あぁ、チトス連邦から兄妹が二人な」
ヴラディル先生の答えにイルメも詳細を求めた。
「そうおっしゃるなら、相応の地位の者でしょうか?」
「向こうの地位はわからないが、貴族御用達の宿にいるからそうだろうな。ちなみに双子らしい」
チトス連邦から遥々、海人の双子が二人揃って錬金術科の入試にやって来る。
けどウー・ヤーは全く心当たりなく首を横に振った。
ネヴロフは別のことが気になってヴラディル先生に聞く。
「他に人間以外はいねぇのかな?」
「いないな。例年多くて五人前後だからな、人間以外」
言われて僕たちは、先輩も後輩もお互いを見る。
先輩たちは人間以外となると竜人とエルフが一人ずつ。
僕たちはエルフ、海人、獣人が二人。
後輩は竜人が二人、獣人が一人。
数としては五人弱だけど、エフィは人間の比率に対して溜め息を吐く。
「わかってたつもりだが、半数以上が人間以外のこの学年がおかしいんだな」
同じ人間としてそんな諦めたみたいに言わないでよ。
もし獣人二人と海人二人が合格したら、僕らと同じ比率になるかもしれないんだし。
ウェアレルは、僕に教える意図もあるのか受験生の情報を口にした。
「気にかけるべきは、ウァレンシウム王国の王族が受験生にいることでは?」
ヴラディル先生は忘れてたらしく、貴族出身の学生に視線を飛ばす。
「そう言えばいたな。その国も俺は詳しくないんだが…………」
知ってる? って感じでこっち見るヴラディル先生。
だから僕とエフィは揃って教会関係に行くだろうキリル先輩を見た。
ウァレンシウム王国って、宗教色の濃い国なんだよね。
で、有名な特色としては、かつての伝説の聖女の出生地で聖地巡礼とかあることくらいしか知らない。
「…………国柄は耳にしたことはあるが、詳しくは」
キリル先輩の返答には、何か含むところを感じる。
キリル先輩自体は伯爵家出身とは言え、家を出されて修道院に入ったような身の上。
政治的なことはわからないのは仕方ないんだけど、これは教会も関係ないのかな。
少なくとも、秘薬とやらを調べたくて入学したキリル先輩とは別口らしい。
けど王族なんて人が来るのは、ちょっと、いやだいぶ、すごいことじゃない?
ウェアレルを盗み見ると追加情報があった。
「確か、ルキウサリア王家と縁づいている王家だとか」
「そうなのか」
ウェアレルの追加情報に、ヴラディル先生のほうが驚く。
これは、権力に敏感な人たちもいる魔法学科じゃなければ得られない情報だったらしく、ヴラディル先生には回ってないようだ。
錬金術科の孤立状態変わってないのは、世知辛いなー。
いや、ヴラディル先生も特に情報収集とかしないこともあるんだろうけど。
「あなた、受験生でも教える立場になることを考慮して、少しは耳を傾けなさい」
「受験生も学生も教える側からすれば、最初から扱い変えるのも変だろ」
ウェアレルとヴラディル先生が言い合う。
そっちは気にせず後輩たちはラトラスとウィーリャに、後輩になるかもしれない受験生について聞いてた。
ショウシがまず仲のいいウィーリャに声をかける。
「そのお身内は錬金術科に合格できそうなのかしら、ウィーリャ?」
「難しいとは思いましてよ。そもそも錬金術に関しては、入学直後の私よりも拒否感がない程度だもの」
錬金術に興味はなく、その実態も知らないままに、元の教養深さを使っての受験突破を狙うらしい。
僕がラトラスを見ると、タッドが声をかけてた。
「ラト先輩の親戚という子はどんなんっすか? やっぱり勉強できるとか?」
「あいつ、あんまり頭良くないんだよね。あと、だいぶ動きが遅い。けど妙に閃きがあるから、錬金術できるようになったら面白いと思うんだ」
どうやら学力に問題があるタイプだけど、小論文形式なら目に留まることを書ける可能性があるようだ。
ラトラス自身が、まずラクス城校の試験を突破できそうっていう理由でここに入ってるけど、それでもぎりぎりだった。
基本王侯貴族の学校だから難しいし、身内とは言え確実とは言えないようだ。
「どんな子が来るか楽しみだけど、教えられるかなぁ?」
「無様は見せられないのである」
後輩ができることを楽しみにするポーに、アシュルは早くも緊張を漂わせる。
先輩としての意識があるのは、いいことかな?
僕たちに負けた割に消沈はしていない姿には、大丈夫そうだと思えたのだった。
定期更新
次回:入試手伝い1




