543話:対決九尾の貴人3
翌日、さっそく放課後に九尾の貴人との対決が設定された。
いや、早すぎるって。
「午前から急いで準備しないと間に合わないね。案外警戒されてるのかな?」
僕は学園からウェアレルの知らせで、慌てて予定をキャンセルして登校してる。
急いで対策立ててるクラスメイトに聞いたら、朝からバーンと来て宣言したそうだ。
ほぼだまし討ちだというウー・ヤーとエフィは、警戒という言葉に頷いた。
「言いだしたのがアズだからな。諾々とこっちの手には乗ってくれないか」
「アズ主導だとわかっているし、午前にいないことも狙ったんだろう」
つまり錬金術科が相手でも、勝ちを確実にするため九尾の貴人は動いたわけだ。
そうとわかってイルメも教師に交渉し、自習時間を取ったという。
「今から道具を多く作るのは無理でしょうけれど、そこも腕のみせどころね」
「だから罠として誘い込み考えてるんだけど、アズが来てくれて良かったぜ」
ネヴロフが僕がいない間の話し合いについて言うと、ラトラスが難しい顔で続ける。
「相手が竜人だから寒さ使えればよかったけど、そこは対策されてるからね」
「精霊がどうとか言う石だね。それがなければ竜人は寒さに弱いから氷の薬でも十分だったかもしれないなぁ」
けど精霊関係かもしれないアイテム持ってるせいで、どれくらい効くかは不明。
耐久テスト的にやってみたい気もするけど、ここは錬金術のために勝ちを優先すべきだ。
もっと確実な勝ち筋を探そう。
「毛皮ないし、下手に寒くしすぎると僕たちも動けなくなりそうだなぁ」
「私も寒いのは好きじゃないわ。でも、寒くしすぎると言うのは気になるわ。教えてちょうだい」
イルメに言われて答えるのは、レクサンデル大公国から帝都へ向かう時に使った手。
サイロの中に水を撒いて凍らせつつ、突風を吹かせるんだ。
風があると体感温度がすさまじいことになるのは、春のビル街で前世経験済み。
ラトラスは実行できそうなイルメとウー・ヤーを見て猫耳を立てた。
「良さそうに聞こえるけど、アズが考える問題点を聞かせてほしいな」
「閉鎖空間に二人を閉じ込めることが難しいことかな。それに魔法学科を好成績で卒業した実力に対して、どれだけ優位に立てる余地があるかがわからない」
「確かに、閉じ込めてもぶち壊しそう。もう魔法とかじゃない感じの力で」
ネヴロフがいうとおり、簡単な小屋くらいなら竜人のフィジカルで突破されそうなんだ。
それに魔法に関しては人を越える精霊の力も気になるから、慢心はできない。
エフィは考えるように顎に指をかけると、僕を見据えた。
「勝算があって九尾の貴人に喧嘩を売ったんだろう。俺はその辺りを聞きたい」
「勝算って話じゃなく、僕としては勝つ必要はないと思ってる」
「何かの謎かけ、というわけではなさそうだな?」
ウー・ヤーが裏を読むようにそう確認してきた。
「簡単に言えばご機嫌取りを忘れちゃいけない。本当に勝って気に入られることもあるだろうけど、相手に花を持たせることこそ、貴人を相手にするには大切だ」
言っちゃえば接待な気分。
目指すべきは九尾の貴人に錬金術を認めさせることであって、相手の納得できない勝ちを攫って意地になられた上に拒否されたら意味はない。
「だから、細々相手を困らせるような手での耐久戦でもいいかなって考えてた」
「魔法学科相手にしたような? 確かに自信のある魔法を封じられれば認めざるを得ないでしょうけれど」
理解を示しつつ納得いかないイルメは、好戦的な分勝ちを捨てることには抵抗がある。
エフィは接待的な対応って聞いて頷きつつ、さらに話を進めた。
「理屈はわかるが、そう甘い相手でもないだろう? わざと負けるようだとさらに心証が悪くなる」
「もちろん、勝ちに行ける手段は考える。けどこっちは人数制限がないから、嫌がらせ的に囲んで、分断が一番安定かなって。…………けど、それじゃつまらないんでしょ?」
試しに言ってみる僕に、ネヴロフとラトラスは牙が見える笑顔を浮かべた。
「おう、ドカンと行きたいぜ! やっぱ勝つ気で行かないとな」
「接待はわかるけど、あの人たちって手抜きのほうが怒りそうな気もするんだよね」
同意して頷いたウー・ヤーは、考えを口にした。
「今ある手を使うなら、あえて相手の特異な火力勝負で気を引くのはどうだ?」
「いいね、負けず嫌いっぽいし乗ってくれそうだ。そこで錬金術的な手法を入れようか」
その間に分断しても、たぶん自信があるからこそ小細工も戦略と思ってくれそう。
ただ勝たなくてもいいとは言え、決定打は必要だ。
そう思ってると、エフィが意見を挙げる。
「火力勝負でいっそ、こっちがどれだけ錬金術で威力を盛れるか、みせればいいんじゃないか? 使えそうなものは、あるだろう」
青トカゲの素材は火属性で、そこから作れるものの中にはバフ効果もある。
もちろん魔法も使っていく気のイルメとウー・ヤーが話し合った。
「風で火を強めることもできるから、私にはやることがあるわね」
「自分にはなさそうだ。全員出る必要もなし、裏方に回るべきか」
そこにラトラスがウー・ヤーの有用性を挙げる。
「けど液体操って火を使う援護はありでしょ? やることないのは僕たちだよ」
「なぁなぁ、樽いっぱいに弾けるやつ詰めて燃やしたら驚きそうじゃねぇ?」
ネヴロフが言うのは圧で弾ける火属性の丸薬だろう。
燃やしても弾けるんだけど、つまるところ癇癪玉か散弾にならない、それ?
「安全確保できないから駄目だよ」
僕はみんなが出す案を聞きながらメモしつつ、ネヴロフのような危険なのは止める。
そして使えそうなものをピックアップして、段取りをある程度形にした。
準備時間も足りないし、今から何か作るにしても大がかりなものは無理だ。
だから段取りは火力勝負で、どれだけ相手に隙を作れるかって言う方向。
「今からの時間を使って、どれだけ準備できるかな。先輩と後輩にも作業分担してもらうとして、火を使う人は補助も含めて四人は欲しいな」
というわけで、希望者を募ることにした。
僕のクラスメイトからはエフィが手を挙げる。
「力を試すいい機会だ。用意するものは増えるだろうが、補助にはイルメを頼みたい」
「そうね、錬金術で強化して火炎放射なら私でも。風を使ってさらに火力もあげられるわ」
「あ、そうか。別に火の魔法使えなくてもいいんじゃん。だったら俺もやりたいな」
遅れて手を挙げるネヴロフに、ウー・ヤーとラトラスが待ったをかける。
「今回は適材適所。ネヴロフは物作りに注力すべきだ。道具作りでもやれることはある」
「それでいうとイルメも火力上げるより全体に散布する方向に考えるのもありじゃない?」
そんなクラスメイトたちの話し合いから抜け出して、僕はまず先輩のところへ行った。
「という感じで、火力勝負を挑むことになりました」
「あはは、レクリエーションの時みたいに優位を取るのかと思ってたー」
ステファノ先輩が笑うとウルフ先輩が羽毛竜人を突く。
「ロクン、お前の出番なんじゃないのか? 竜人で火属性だろ」
「見てわかるくらいレベルが違うって! まぁ、アシュルよりもましだろうけど」
どうやら竜人としては、見てわかるくらいアシュルはあんまりって言う評価らしい。
病人として集められた被検体だったし、そういうこともあるか。
そこで、最近大人しかったオレスが意を決したように声を上げる。
「お、俺だって錬金術の補助があるって言うなら…………!」
「やめておいたほうがよろしくてよ。その場の判断が求められるのに」
「たぶん、作る側に回ったほうが、上手くいくかなぁって、思いますぅ」
ワンダ先輩とトリエラ先輩が、オレスの無謀を止める。
うん、僕もそう思う。
がっくりするオレスを横目に、キリル先輩がまとめた。
「手は貸そう。必要そうなのはロクンだが、すでに腰が引けてることは加味すべきだな」
僕はそのまま後輩の下へと向かう。
「力不足は重々承知ながら、火力勝負というならば退けはしないのである」
「アシュルさまがそうおっしゃるのでしたら、従います」
「アシュルがやる気なのはわかったから、ちょっとクーラは待ってね」
思いの外アシュルがやる気で、侍女役のクーラも立候補してきた。
けど止めるのは僕だけで、後輩たちはアシュルのいつにないやる気を推すらしい。
「魔力の足りなさを補うのも、錬金術で行えるのではないでしょうか?」
「うん、多分できると思う。だったら裏方増やしたほうがいいよな」
自ら裏方を志望するトリキスとタッドに続けて、イデスが僕に後輩たちの実情を告げた。
「私どものクラスでは、戦いに向いた者はそうおりませんので」
「そうですね。私もあの方々の前に立つのは、怖ろしゅうございます」
「あの方々は、先生方と違い自らの実力を隠しませんもの」
ショウシとウィーリャが、どうも押しの強さとは別に何やら好戦的過ぎる気配を感じて引け腰なようだ。
そんな不安を漏らす女子を無理に前に出させる気は僕にもない。
もちろん戦いなれてるってところは加味しよう。
「やる気は、確かに原動力になるね。それならアシュル、クーラ、段取りを良く聞いて」
僕もそれで決めることにして、火力勝負に持ち込む段取りを説明して聞かせた。
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