閑話108:トレビ
ヘリオガバール竜王国とこちらでは呼ばれる私の故国。
地元では皇帝が座しているけれど、かつてイスカリオン帝国に負けてその体勢にも手を入れられたのだから、未だに地位に固執するのは無駄な気もする。
もちろん弱腰をみせるだけつけ込まれるから、意地やプライドに一定の理解はしているけれど。
「より良くするにも必要だと思うけれど、こだわりが強すぎるのかしら?」
「プライドで示せる品位があるなら意味もあろうがな、足を引っ張るなら不要だ」
私に半身が紺色の尾を揺らして、国許からの帰還命令の書簡を放り出した。
ルキウサリアでも高級な飲食店だけれど、室内で書簡を回収するのは私たちの従者。
そこに友人たちを招いて旧交を深めるつもりだけれど、まだ誰も来てない。
「今回随分と邪見される。今さらドラグーン、音楽や踊りなど騒ぐ物でもなかろうに」
「そうねぇ、私がこれで来ても驚くだけだったのに、嫌がる理由が他にあるわよね」
卒業後に女装した私は、ルキウサリアという国で男装のまま生活していた。
故国では女性は守って隠して大事にする。
それこそ宝箱の宝石と同じ扱い。
けれどこちらでは女の子も学んで良き妻に、母になるようにと教育する。
財産があればその処し方のために知識や教養が必要という考えだった。
「男も女も同じ場所で学べる、この国嫌いじゃないのだけれどねぇ」
「守る意志はわかるが、男の社会と女の世界が交わらないのは詰まらぬからな」
半身だからこそ、私が言いたいことわかってる。
私がこうして女物を身につけるのは、つまらない故国の常識を壊したいからだと。
実際この姿で、女を連れ出し、私も女の世界へと入り込んで壊してる最中。
もちろん老若男女関わらず反発も嫌悪もある。
それでもルキウサリアへ行く前までより、故国は面白いことになっているのだ。
商売も女性相手の市場が狭すぎて、まだまだ広げられる余地もあるし、貧富の差と身分差が開きすぎててやはり狭いから、そこもどう広げるか楽しみは尽きない。
広げるためにも壊すためにも、商売という欲を煽るのは使いやすく、小王なんてするよりもずっと有意義だ。
「王城も学園も、面白そうな気配はするのにねぇ? やっぱり自分の持つべきかしら」
「魔法関係なら男女に差はないからな。故国にも学校を作れればいいのだが」
旧態依然の故国ではまだまだ難しい。
そしてこの学園で新たな何かが行われている気配に心躍るのに隠されてる。
何かあるのはわかるけれど、薬学の権威さえも守りの体勢で学園側も噛んでるらしい。
ルキウサリアが何をしてるかを探りたくて、今日は九尾と呼ばれる友人たちを招く。
あちらも警戒はしているだろうけれど、断ることなく学園の仕事を終えて揃ってやってきた。
「さぁ、私たちも密談しましょ」
「なんだその不穏な挨拶は」
私の言葉に、すぐさまヴィーが赤い耳を立てて胡散臭そうな目を向ける。
室内の装飾はルキウサリア風で私の美的感覚では地味だけれど、ヴィーからすれば上質なので、居心地が悪そうにも見えた。
それに私の半身が、学園での動きづらさを訴えた。
「以前来た時よりも隠れて話す者が多くてな。だったら我らも密談ならば話せることもあるだろう」
冗談半分で、私たちは今日学園内で錬金術科の子が、王女や公爵家の子と密談していたことを教える。
残念ながら何を話していたのかは聞こえなかったけれど。
それを言うとウィーが、ヴィーとそっくりに耳を立てた。
「ユーラシオン公爵家の子息とは留学で親しくなったと聞いています」
視線を逸らしてるのは相手の家があるからかしら。
第一皇子の下の継承権を持つのがユーラシオン公爵だものね。
その子息となると、動向に敏感にもなるのはわかる。
けれどウィーは学生時代、権力に対して冷めた目をしていたのに。
成長か、染まったのか、世知辛いわぁ。
そうしないといけない立場なのでしょうけれど、第一皇子の弱さ、悪評は放置してる様子からたぶん擬態。
本当だったとしても、情の深いウィーが見捨てられないのは想像できる。
ヴィーだって傾く錬金術科を一人で維持しているなんて、本当二人揃って切り捨てるのが苦手なんだから。
「ねぇねぇ、ディンク酒って飲める?」
ニールが白い尻尾を揺らして聞いて来る。
気に入ってるらしいのは聞いたし、確かに飲ませてもらってこれはと思ったけれど、すでに生産から流通まで押さえられてて手が出せない。
しかも錬金術を使う技術という、ちょっと売るには困る情報もある。
ただもう、ここにいるみんなは気にした様子もないって、それだけ人気なのでしょうね。
「まぁまぁ、まずはこれだけは言っておきたい」
黒い尻尾を真っ直ぐ立てて、イールが音頭を取った。
目は酒を確認してるけれど、指揮を執るように手を振る。
「「「「この忙しい時期に来るな!」」」」
「だすー」
ヨッティも笑って、教師四人が私たちに文句を言うのを後押しする。
なので、一番関係のないヨッティを見ると、説明してくれた。
「休み前の試験と宿題と、入試もあるでげす。その前にもいろいろあって学園今とっても忙しいんでごわす」
途端に、教師たちが文句を言ってくる内容は、すでに個々から言われたものの繰り返し。
それでもこうして声をかけると来てくれるし、直接会いに行けば対応もしてくれる。
忙しさに怒ることもあるけれど、私たちだから相手をするのだと思うと、私は半身と一緒になってみんなを椅子に案内した。
「知ってるわよぉ。けど帝都のほうも事件があって行きにくかったから、来ちゃった」
「どうせならと思ってな。寒い時期に来たことはなかったから、驚いただろう」
そんなに忙しいとも知らず、来たのはちょっと調べが足りなかったとは思う。
けれどハリオラータの襲撃なんて、移動してるともう直前にしか聞こえなかったし。
秘密裏にやって来てる第二皇子なんて、全く別の道を使ったせいで足止めされて初めて知ったくらいだ。
ヨッティに色々あった内容を聞いてみても、そ知らぬふりで尻尾を振った。
このヨッティがまず私たちの女は守るもの、与えるものという考えを壊した相手。
その上で、ヨッティのような女の子がいるなら、故国のつまらない慣習も壊せると思えた。
まぁ、お礼の気持ちや親しみの表し方が間違ってらしく、金の塊を投げつけられるなんてことにもなったけれど。
「いちおう、イールとニールがいるのでディンク酒は手土産代わりに用意はしました」
「だからお前ら、学園内でラトラスに絡むのやめろ。ウィーが皇子殿下にも相談したんだぞ」
「「今回はそこの竜人対策で声かけられただけなのに―」」
ウィーとヴィーが酒の瓶を出して言うと、賢人二人は声を揃えた。
「どうしてそこで皇子が出てくる?」
「ムフト知らないの? 皇帝に献上されて、帝室には一定数ディンク酒の保有があってね」
半身の言葉に、イールが黒い被毛の手をディンク酒に差し出して上機嫌に笑う。
つまり手にしてるディンク酒は帝室のためのものらしい。
ニールも白い被毛の手で瓶を受け取って、学生から聞いただろう話をした。
「それでこっちに支店出す時に、広告のために皇子にも枠作ってあるんだって」
「少ないですが、社交の際に使うこともありますので」
ウィーが言うのはわかるけれど、そんな動き聞いてない。
というよりも、第一皇子は何も動いていない、不自然なほど。
なのに何処を探っても一度は名前を聞くという不思議な皇子。
まぁ、ばれないように裏で動いてるんでしょうねぇ。
「ねぇ? 第一皇子って今何をしているの?」
「それは俺も気になる」
ウィーに探りを入れたら、ヴィーが食いついた。
なのにウィーは無視してディンク酒をグラスに注ぎ始める。
そこから兄弟喧嘩が始まるのだけれど、イールとニールは、私たちが用意したものよりもディンク酒を喜んでいるのが面白くない。
そんな私たちの表情を見て、ヨッティが丸まった尻尾を振った。
「皇子さまに会わせてもらってないだす。絶対授業に支障きたすからって理由どす」
そう思われるくらいに傾倒とは驚きだ。
そこは才人たちの好み問題なのかもしれないけれど。
「えー、ヴィーが学園辞めるなら私たちとヘリオガバールに連れて行こうと思ってるのに」
「そうだぞ、皇子に話しつけてもいい。今いる講師も一緒に連れて行ってもいいぞ」
「やめろ! 会うのは俺が先だ!」
待たされすぎて、ヴィーは妙なこだわりを発揮した。
この執着具合は今さらなようで、イールとニールは気にせず自分たちの不満を零す。
「ハリオラータと遭遇したってことで、こっちも話聞きたいのにさぁ」
「ウィーが全然会わせてくれなくて、もう九尾自体拒否してる感じー」
不満の声を聴いて、ウィーはすまし顔で言った。
「…………ヨトシペなら会ったことがありますよ」
私たちが揃って見ても、ヨッティは何も言わずに尻尾を揺らす。
どうやらウィーの会わせない判断に否やはない。
それだけ隠すべき皇子なのか、いっそそんな皇子こそが隠れ蓑で、別の誰かがいる可能性もありそう。
それはそれで気になるけれど、今は旧交を温め、錬金術科について聞きましょうか。
向こうもこっちに興味があるから、皇子よりも攻めやすいと思うもの。
「さ、まずは乾杯しましょ」
どれくらい内情が聞き出せるか、ディンク酒に期待したいところだった。
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