537話:それぞれの密談2
翌日の午前は予定変更して、ハリオラータの監獄へ行く。
目的は地脈の情報で、調べてたアルタが素直に教えてくれた。
それを見てベリーショートの髪に眼帯姿のカティが、無邪気に聞いて来る。
「それで、皇子さまは何するの?」
「…………新しく錬金術作ろうと思ってね。既存の理論以外を使いたいんだ」
アルタが僕をチラ見すると、セフィラが理由を教えてくれた。
(主人の心音に不自然さを聞き取っています)
(おっと、そんなウソ発見器みたいなことできるのか)
言い訳は、いっそ別の問題ぶつけて誤魔化してみよう。
「今九尾の貴人が来てるんだけど、錬金術のためにお金出してくれないかなって思って。目新しいことを試してみてるんだ」
「あら、その方は竜人? 昔いらしたお客さまね。素敵で情熱的な方々だったわぁ」
マギナがいつもどおり甘えるような声で、とんでもないことを暴露した。
「え、何か危ないもの買ってるの?」
「否、九尾の賢人と共に、ハリオラータを潰す目的で接触した」
答えるイムがけっこう機嫌いい気がするのは、手元でジェル状の魔力を弄んでるせいだ。
今までにない触り心地に口の端がちょっと上がってる。
何を触ってるかわかる僕からすると、スライムで遊ぶ子供のように見えた。
うん、今はさらに増やされたとんでもない情報の内容を確認しよう。
そう思ったんだけど、聞く前にアルタが気を利かせて説明してくれる。
「地伏罠は、九尾の賢人の研究を奪って作りました。そのために私たちは恨みを買っていたのです」
「あぁ、聞いたよ。危険物にされて怒ってた。クトルが侵入してるのを見つけた時も、普段と違ってすごい勢いで追っていたから、今も怒ってるみたいだよ」
回収した地伏罠は帝都へ送ったから、ユキヒョウ先生たちの手にはない。
ハリオラータ捕まえたけど、地伏罠については今後使う予定になってて表には出さないようにしてあるから、そもそもの発案者であるユキヒョウ先生は未だに地伏罠にはノータッチだ。
「九尾の貴人ってわかっててお客に? 釣り出される罠だとは疑わなかった?」
「九尾って仲いいの? 卒業したらバラバラになってるじゃん。あの貴人や賢人みたいに兄弟一緒ならまだしもねぇ」
カティはそもそも、九尾という種族も違う同級生たちの交友の深さを知らなかった。
「仲はいいみたいだよ。あんまり頻繁に連絡は取ってないみたいだけど」
「あなたのところの才人の方がそうなの? うふふ、とても先見の明がある方よね」
マギナがウェアレルを褒めるけど、すごく不安定な職に行きついてしまったんだよね。
嫡子じゃない第一皇子の家庭教師なのに、ウェアレルには見捨てられない情の厚さもあるし。
先見の明と言われたら、本人は耳を伏せてしまうだろう。
今の僕を見てるから先見の明なんて言うんだろうけど、それも帝国を離れてるからこそ動ける今だ。
もちろん、そんな余計なことをハリオラータに言う必要はないんだけどね。
「ハリオラータが潰れてなかったってことは、九尾の目論見は外れたんだ?」
僕の問いに、イムが長い髪と共に首を横に振った。
「支部は一つ潰された」
「いくらか資料を持ち出されまして。けれどあの時は、バッソが建物ごと吹き飛ばして大半は隠蔽しています」
アルタの言う隠蔽方法があんまりにも力尽くで、僕は乾いた笑いしか出ない。
そんな僕に、イムは何かの設計図を差し出した。
「こちらを、ご確認ください」
どうやら新たな地伏罠の設計図で、見た限り、形は大きく変わってない。
両手持ちの鍋くらいの大きさ…………いや、大きくて分厚いルンバ?
まぁ、以前のよりは幾分すっきりしてる。
そして中味は、僕の注文に沿う形で変えられてた。
「うん、いいね。わかりやすく威力の増強を謳ったわけか。その上で、時間経過で使えなくなる仕かけ。それに、内側に入れた金属片を増量することで、踏んだ時の誤作動が起きそうだ。あと、水平を保たないと安全装置落ちるんじゃない、これ? 野外で使うには向かないなぁ」
設計図を見て気づいた欠陥仕様を挙げると、アルタは頷いた。
「ご名答。威力と共に持続時間を短くしています。そして少しのことで不発になるように、不自然に思われない形を目指しました」
あからさまな欠点が、僕のオーダーだ。
その上で、術式の中に何処にあるかがわかる発信機的な機構を入れ込んでもらった。
使ったのはセフィラと作った、マーカー的な魔法を応用したもの。
これは味方への誤作動を防ぐためっていう名目で、何処に埋められたからわかるように仕込む。
その実、術式はもちろんテリーに渡すし、終わった後の撤去もこれでスムーズだろう。
「さて、上手く買ってくれるかな?」
一番の懸念を口にすれば、マギナとカティがくすくすと笑い合った。
「心配しないで、大丈夫よぉ。私たちが捕まったでしょう? それに住むところも教えてしまったから、困ってることは見てわかると思うの」
「クトルが焦ってあるもの売って、金稼ぎたいって言うんだって。で、その分すぐに使ってほしい、次も買ってほしいって言うみたい」
うん、そんな打ち合わせいつしたんだかわからないけど、アジトまで押さえられたと慌てたふりで押し売りと即実戦投入を狙うようだ。
これ、実はハリオラータ分断できてないって知ったらどうなるんだろう?
ルキウサリア国王は顔色悪くするだろうけど、ハリオラータ捕まえる間に何人も責任取ることになったそうだし、また同じようなこと起こるかな?
それはそれで困るし、うん、クトルの動きは黙っていよう。
「クトルの作戦が上手くいくといいね。けど、九尾の貴人と関りがあったと言うなら、ちょっとあの人たちがいる間は自重してほしいかな」
「我々に、興味を?」
イムが察して確認してくる。
「何がしたいかは知らないけど、そうらしい。九尾の賢人たちは小出しにする情報を調べるほうに集中してるし、今回はそっちからの要請じゃないだろうけど」
「では、優秀な者がほしいだけだろう」
イム曰く、九尾の貴人は優れたものが好きなのは有名なんだとか。
だからハリオラータの客を装った時も、本気で最も価値があり優れた魔法をよこせと言ったそうだ。
「えぇ? それに君たちはなんて答えたの?」
「…………自分たちそのものが最も価値があると、クトルの馬鹿が答えました」
アルタが呆れと叱責を交えて答える。
手元で書き出してた地脈の記録に関する資料の名称が歪むのは、なんでかな?
「えっと、つまり? ハリオラータ幹部こそ価値がある魔法そのものだって? え、売るつもりある?」
「ないない。クトルもその場の乗りだよ。けどあの竜人たちしつこくてさ。マギナがめちゃくちゃ口説かれてた」
カティが大きく手を横に振ると、マギナは思い出すように頬を染めた。
うん、嫌そうなアルタの表情と錬金術科で見た様子から、相当な勢いで絡まれたのは想像がつく。
けどここにいるってことは、九尾の貴人の願い叶わず、というか、しつこすぎるのも一因として建物ごと爆破されたんだろう。
そもそも執着を思えば、言い出しっぺとは言えクトルが許すわけもない。
最終的に爆発ってことは、実は九尾の貴人諸共殺そうとしてない?
自分で言っておいて何してるんだかなぁ。
「…………よーし、今日のお菓子をだすよぉ」
僕は考えないことにしてそう言った。
丸い箱に入れたお菓子を、控えてたイクトから受け取る。
蓋を開けると、白くて丸い焼き菓子が現れた。
カティとマギナはもう警戒心もなく指先で摘まんで口に入れる。
うん、完全に餌付けだよな、これ。
けどそれで交渉ごとにも耳を貸してくれるんだから、ルキウサリア側も餌付け推奨になってたりする。
「わ、溶けた!? え、甘いけど、噛んでないのになくなっちゃった!」
「まぁ、ほろほろと口の中でほどける優しいお菓子。素敵だわ」
「これはポルボロンっていうお菓子らしいよ。作り方は確か小麦粉を炒るのが決めてだったかな? あとはアーモンドやシナモン、ラードに白糖。で、本来は茶色なんだけどそれを白くなるように丁寧に作ったらしい」
僕からすると口どけがいいだけの特徴もないお菓子。
前世、観光客がわざわざ目指すほどの品揃えだった日本のコンビニを考えると、そこにあるどのお菓子よりも素朴に感じる味だ。
けどこの食感はこの世界では珍しいらしく、口にしたアルタとイムも眉を上げた。
なんでか定期的に開かれるようになった屋敷でのお菓子作り会議で、この繊細なくちどけともう一つ特徴がほしいって話になったそうだ。
結果、焼き色じゃない色付けようってことで、白くしたらしい。
色をつけて誤魔化すよりもよっぽどこだわったんだとか。
うん、僕が主人してる屋敷のことだからって、なんでか議事録が回って来たんだよ。
参加者八人って、屋敷と王城と他からも料理人来てない?
「これほどの甘さと雑味のなさとは、どれほど白糖をふんだんに使っているのか」
「うむ、王侯貴族の食」
どれだけお金使われてるかわかるアルタとイムは、味わって食べてる。
ただお菓子が好きなカティとマギナは、口の中からすぐになくなるのに誘われて、料理人たちの努力の結晶を次々口に運んでいた。
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