536話:それぞれの密談1
新しい錬金炉についてはヴラディル先生からいったん待ったがかかった。
「不発ならいい。だが暴発のように何かしらの結果を生み出した時、何処かしらの倫理条項に抵触した場合、今後錬金術をすること自体を禁じられる可能性がある。一回調べるから待ってくれ」
失敗した時の危険とかは考えてたけど、倫理条項ってまさかの理由だ。
と言っても今のまだ練れてもいない内容だと、成功はしないと思うから、こっちでさらに話を練るだけならしていいとも言われた。
そもそも情報の整理もまだだしね。
それに理論だけじゃなくて、物を作るための形の話し合いも必要だった。
僕は一度教室を離れて、就活生の教室へ向かう。
投げっぱなしはさすがに申し訳ないから、話を聞きに行った。
九尾の貴人は化粧が気に入って、説明も良く聞いた。
というかぐいぐい押して際限がないから、今日は帰ってもらったんだ。
そろそろ落ち着いただろうし、中心になったワンダ先輩から所見は聞きたい。
「私、すごく駄目だしされたよぉ…………」
就活生の教室でトリエラ先輩が弱音を吐くと、羽毛竜人のロクン先輩は恨めしそうに言い返す。
「俺たちへの駄目出しより熱量すごかったじゃないか」
流通で駄目だし食らってた先輩よりも、トリエラ先輩へは熱意があったらしい。
ちなみにワンダ先輩はまだ疲れたまま復活できてない。
戻って来てたステファノ先輩とキリル先輩が、話を聞いて感想を言い合う。
「アイアンゴーレムの青を絵具として作れるようになったら、いい顧客になってくれそうだよねー」
「技術ごと抱え込まれて国に連れ帰られる未来しか見えないがな」
それを聞いてオレスが口を開くと、ウルフ先輩が肩を竦める。
「本当にワンダの考えた化粧品押してよかったのか? 自分の成果だろう? 奪われるぞ」
「そこはすでにネロクストの王女さまからお声かけもらってるだろ。商人として奪うリスクがあると盾を持ってるのがワンダだったんだよ」
商人の出だから、ウルフ先輩もそこら辺はわかるようだ。
ワンダ先輩は卒業後にテルーセラーナ先輩の支援を受けて化粧品の開発をする。
身分としては九尾の貴人が上だけど、横取りするのは行儀が悪い。
同じ文化圏の王族だからこそ、周囲の目も気にするということは、もちろん期待してたけど、それでも九尾の貴人の押しは強かったらしい。
「…………あちらも弁えはございましょうけれど、ずいぶん探られましたわ」
ワンダ先輩が疲労で乱れた髪を整えつつぼやく。
僕も探られる程度は想定内だ。
「探られるだけの魅力があったようで良かったです」
「えぇ、探られましたけれど、錬金術の技術的な話になりますとね。そこはきちんとした人材がいなければ再現が難しいことはご理解いただきました」
「ということは、まだ潰れてなかったなんて言った錬金術科に、少しは価値を見出してくれると嬉しいですね」
僕の言葉に、ワンダ先輩は唇を尖らせて不満を表す。
「まぁ、そのようなことをおっしゃったの? ヴィー先生のご同輩ともあろう方が」
ただワンダ先輩の不満には、キリル先輩とウルフ先輩が突っ込みを入れた。
「今でこそそう言えるだろうがな。少しは二年前の状況を考えろ」
「そうそう、俺たちの後輩だって、アズたちが初めてだったじゃん」
今の就活生の下の入学者はなく、本当に潰れかけと言われても否定できない状況だった。
トリエラ先輩は懐かしむように遠くを見る。
「けどさ、なんだか自分たちでできることを聞き出してる感じがしたなぁ」
「それは、錬金術に興味がないんじゃないか? 盗るだけ盗ってあとは知らないとか」
オレスが悪い予想を口にした。
貪欲に、自分たちが抱える技術で再現できないか確認したかっただけってこともあるだろうけど。
ワンダ先輩曰く、錬金術に関してはわかってなかったみたいだからすぐには無理だろう。
ロクン先輩は同意するように羽毛を揺らした。
「できれば錬金術科から人材求めることしてほしいよね、後輩のためにも」
現在就活中で、行く先がないからこそ困っていた人たちだ。
その行く先の候補が一つでもあればと、思うんだろう。
と言っても、あの貴人たちは国に持ち帰りが基本想定っぽい。
そうなるとこっちで錬金術が広まらないし進まない。
それは僕が困るから、九尾の貴人にはパトロンに収まってほしいんだよね。
「目標としては、先を見込んで金銭的支援をお願いできればと思っています」
「あぁ、魔法学科とかには卒業生がよく寄付するって聞いたことあるよ」
トリエラ先輩が羨ましそうに言う。
卒業生からすれば、今後のための投資であり、そういう援助のお礼でパーティーが開かれるとか。
そうなると、その分野の人たちと顔を繋げるんだそうだ。
そもそも卒業生も少ない、寄付できるほどに稼げない錬金術科ではそんなパーティーなんてないけど。
「そうですわ。すぐに欲しいと言われたものがあるのです。ですが試しに作った物で、使用感は確かめておらず、その、そもそも失敗作なのですが」
そう言ってワンダ先輩が僕に見せてくるのは、謎の半液体。
何かと思ったら、赤い粒が浮いたジェルとクリームの間のような保湿剤だった。
「イルメが魔力が触れると熱くなる粉をくれたので造って見たのです。アズが袋詰めにして温かいものを作ったと聞いたので、温かい保湿剤が造れないかと思ったのですけれど」
「あぁ、保湿剤が熱によって分離してしまったんですね。素材を熱変化が少ないものにしないと駄目じゃないかな」
青トカゲを調べる時にできた、火属性を孕んだ素材を使ったカイロから、着想を得たらしい。
手伝っただろうトリエラ先輩が溜め息を吐く。
「触ると温かいから冬場に良さそうだと思ったんだけど、溶けてこう分離してしまったの。これ混ぜ直しても駄目でさ」
「だが、それが一番反応は良かったものだ。失敗作なら素直に売っておけば良かっただろう」
オレスに、その時にはいなかったキリル先輩が呆れてみせた。
「想定した状態から変化してしまったものを売る? そんなの売り物ではないだろう」
薬を作る側からの意見だろうけど、商人の先輩は意見が割れた。
「変なの売ってもなぁ。あとから何かあった時に面倒だもんね」
「ちょっとくらいいいだろ。こっちだって売らなきゃやってられないんだ」
ロクン先輩は茶などの飲食物を売る商人。
ウルフ先輩は毛皮などの衣料系の商人だ。
どっちも傷むけど、結果として被害が大きいのはたぶん飲食。
だから粗悪品に対する考えも違ってるんだろう。
それで言えば化粧品はちょっと怖いと僕は思ってる。
前世のニュースで、化粧品や健康補助食品なんかで健康被害がってあったからね。
弟のフェルは食物アレルギーで苦しんだし、その妹のライアにもアレルギーの気配があったらって不安になる。
化粧品でもアレルギーは起こると知ってると、下手なものは売ってほしくない。
「王族相手に被害が出た後だと申し開きのしようもありませんよ」
僕の言葉に軽く言っていたオレスとウルフ先輩は黙る。
ステファノ先輩は気ままにスケッチしながら、思い出したように言った。
「そう言えば竜人は寒いの苦手で、人によっては冬だと無闇に魔法使って暖を取ろうとするんだって。それで魔力切れ起こして、倒れたまま凍死なんてこともあったなぁ」
ステファノ先輩は南の国の出身で、竜人の国とも近い。
当の竜人であるロクン先輩も頷いてるから、本当にあることなんだろう。
なんて言うか、予想以上に本末転倒な死に方だ。
火属性の魔法を使う種族と言っても、魔法には限界もあるし、わかってるはずなのに凍死するほど魔力消費するなんて。
よほど寒いのが嫌いな種族なようだ。
ただロクン先輩みたいな羽毛持ちは寒いところでも活動できるという。
「本当、どうしてこの季節にここに来たんでしょう?」
「それは私も疑問に思いましたの。なのでお聞きしましたわ。南には燃え盛る島があるとか。そこは禁足地らしいのですが、上陸して石を拾ってきたとのこと。それがどれだけ経っても熱を失わない石だそうで、装身具にして身に着けているのだそうよ」
ワンダ先輩が聞き出した話は、テスタだったら治療に使いそうなアイテムの話だった。
けど素材が出回らなさそうだから、広めるには不向きだ。
というか禁足地に上陸って、許可とかちゃんと取ったのかな?
九尾の貴人がこの時期にやって来た理由は、ひとまずわかった。
(精霊が燃やす島との伝承あり)
(突然話しかけるって。セフィラ、何に興味持ったの?)
(石を手に入れ精霊の影響の検証を提案)
(うーん、青トカゲに同じ物作れないか聞いてからでもよくない?)
九尾の貴人に交渉は、勝てる気がしないし。
僕は不確かだけど穏便な方法を提案したのだった。
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