534話:新しい錬金炉4
ちょっと徹夜してしまった。
うん、ベッドの中で寝てるふりとか久しぶりにしたよ。
けど若いからまだ無理はできる、なんて思ってしまう自分が、妙に年寄り臭く思えた。
まさか学生の中で浮いてないよね、僕?
考えてる内に、午前が終わろうとしていた。
そして手伝ってくれてるヘルコフが弱音と一緒に溜め息を吐く。
「だー、もうこれ以上は無理です、殿下。仕切り直しましょう」
「うん、そうだね。登校もしないといけないし。そもそも地脈に関しての情報も少なすぎる」
ハリオラータが持っていた情報で僕の元に送られてきたのはごく一部。
正直見にくいし、星座も罫線を欄にして日誌のように書いてあるだけでこれも見にくい。
それらをともかくわかる限りで、天地の照応した日を探して書き出していく。
そのためにヘルコフはもちろん、イクト、ウォルド、テレサも手伝ってくれた。
他にしなきゃいけないことは、錬金術にはノータッチのノマリオラとメンスが請け負ってくれてるそうだ。
「よし、まずは情報を集める所からもう一度やろう。その後また取りまとめだ。そのために見やすい対照表でも考えつけばいいんだけど」
僕は方向性を決めて休憩を言いつけるけど、真面目にみんなで片づけが始まる。
(ハリオラータにまず地脈の情報もらって、屋敷に運んで…………。いや、頭には入ってるだろうし、照応の日を聞いてみるか? けど悪用の危険もあるしなぁ)
(魔素に反応があることはすでに実証されています。ハリオラータであれば確実に活用するでしょう)
セフィラが言うとおり、イルメのようにアイテム採取なんて可愛い範囲じゃ終わらない。
だったらこの案は却下で、ハリオラータからは地脈の情報だけをもらおう。
(天文苦手で丸暗記だったから深く考えてなかったけど、朝夕で星の位置も違うなぁ)
(天体の観測を行っていた学者ヌニェスであれば情報を持っていると思われます)
確かに、前世では星なんてよく観なかった僕より、この世界で星の運行を調べてたヌニェスのほうが専門だ。
僕なんて、星って毎年同じ日に同じ場所に巡ってくるわけじゃないとか、年々ずれるとか今世になって知ったくらい。
けど地脈も合わせて全て合一するかはまた別の話らしい。
僕は生まれた時の星の配置は、周期的にめぐって来てる。
けど地脈も合わせると、生まれた日と同じ配置になるのは七歳頃に一度だけだ。
今日までの星を調べたけど、合一することはないどころか、調べるごとにどんどん生まれた時の配置からずれてる星もあるから、向こう十年は確実に合一の時はない。
(そうなると、今後僕の生まれた時の配置になることはないかもしれない)
(今後、主人が私の再誕を図ることはできないということでしょうか?)
(実験としてあの靄を作って、意志を持たせるっていうのはいつになるかな。けど、そもそもセフィラは今ここにしかいない。再誕なんてないんだよ。僕がまた知性体を作れたとしても、それはセフィラじゃない)
当たり前のことを訂正したら黙られた。
精霊とも何か違うセフィラは同じものが存在しない。
だから同じ存在は同じ自分だという、なんとも妙な自己認識だ。
たぶん僕が指摘したことで、自分でもわかったんだろう。
セフィラが静かになった間に、僕は午後の準備をする。
と言ってもまずはハリオラータの地脈の情報をもらえるようお願いの手紙だ。
それと王城の学者であるネーグ辺りなら知ってそうだから、ルキウサリアに地脈の研究者がいないか問い合わせ。
もちろんルキウサリア国王から何してるか聞かれるだろうから、先に収穫祭でわかった天地の照応の理論の発展を考えて資料集めをしてることを知らせる。
「殿下、こちらの地脈に関する資料は学園へお持ちになりますか?」
片づけてたウォルドは、気を利かせて聞いた。
「出所言えないから、出せるものがあるか王城のほうに問い合わせのが先かな」
「では、ありましたらお屋敷のほうに揃えるようにいたしましょう」
テレサも二年が終わろうとする今、慣れた様子でそう言った。
僕は結局片づけを任せて登校する。
普段ひっそりとした端の錬金術科だけど、今日はすごく煌びやかな服装の人たちが錬金術科の近くで休憩中。
うん、これはいるな。
「待っていましたわ、アズ!」
「アズくん、助けてぇ!」
錬金術科のある外壁に入った途端、ワンダ先輩とトリエラ先輩に捕まる。
そのまま引きずられていったら、就活生の教室で元気な九尾の貴人の声が聞こえた。
「ダメダメ、そんなことじゃ駄目よぉ。いいこと? 馬と馬車と商品があれば商売が成り立つなんて低い志でやるには、距離と販路の規模が小さすぎるの!」
「何故そう地味に拘る? もっと派手に! 豪快に! チャンスを掴み行くべきだぞ。いっそ青いアイアンゴーレムを素材として売りさばくくらいにな!」
今日絡まれてるのは、エルフのウルフ先輩と竜人のロクン先輩。
どっちも商人の出で、なんか勢いよく駄目だしされてる。
室内に、真面目なキリル先輩と青いアイアンゴーレムを調べたい筆頭のステファノ先輩はいない。
たぶん厄介なことになる前に、キリル先輩が一番に脱出させたんだろう。
オレスは九尾の貴人の勢いに押されて瞬きも忘れて黙り込んでるから、ほぼ相手にされてないような状態だった。
僕は室内を確認してから、扉をノックする。
「おもてなしの準備をさせていただく間待つのと、犬笛を吹いてグルグルどーんのどちらがいいですか?」
「「おぅ…………待つ」」
グルグルどーんで通じたよ。
まぁ、大人しくなったからいいか。
僕は当初の予定どおり、九尾の貴人を先輩たちに手わけしてもらうことにした。
前日に説明はしておいたから、ワンダ先輩も必要なものは持ってきてるという。
さらに手伝ってほしいという声かけはトリエラ先輩が後輩にもしたんだとか。
結果、就活生の教室に錬金術科の女子が集まった。
「では、ここからは男子禁制とさせていただきますので」
イルメがしれっと紺尾のムッフィと共に、他の先輩たちも教室から追い出す。
もちろんこの対応は昨日決めてたんだけど、ワンダ先輩たちは段取りを通すこともできず九尾の貴人二人の勢いに押されていたようだ。
「あら、何をするのかしら? ラージベルトクイルックはいいでしょ?」
「モルクイルックが良くて、何故我は駄目なのだ? おかしかろう」
「それは終わってからのお楽しみです」
僕は適当に言って、九尾の貴人を無理やり分断した。
もちろん紺尾のほうも放置はしないから、これから軽く錬金炉の説明で時間を潰す予定。
…………なんて思ってたんだけど、予想外のことが起きた。
廊下の向こうに、講師のネクロン先生と助手のウィレンさんがいたんだ。
「なんだと!? 貴様が不凍のフカか!? 何故学園にいるのだ!」
「くっそ、そりゃこっちの台詞だ! なんでここに商人皇帝がいるんだ!?」
なんと、廊下で出会ったネクロン先生が、紺尾に絡まれてる。
以前からの知り合いではなさそうだけど、相手が誰かということを知ってるようだ。
そしてなんだか、あだ名かな?
「ウィレンさん、不凍のフカってなんですか?」
海人のウィレンさんに聞いてみると、掴みかからんばかりの紺尾を見ながら適当に答えた。
「フカはサメのことだよー」
「サメって、温かい地方にいません?」
「よく知ってるね。でもほら、ネクロン先生は南の出身だし」
「もしかして、ヘリオガバールの出身だったり? そうなると不凍はツィーミール島ですよね。それでサメって呼ばれるのは、あまりいい意味にならないと思うんですけど」
「いやぁ、まぁ、うーん。アズは内陸出身なのに物知りだなぁ」
どうやらわからないと思って軽口で答えてたらしい。
うん、海知らないとサメの危険性も凶暴性も知らないし、フカがサメって言われても意味わからなかっただろうな。
「樹林の島の権益を独占する理由を前から聞きたかったのだ! それほどに不凍のフカが食いついて放さぬというのならば、相当に旨い話なのだろう?」
「えぇい、離れろ! こっちは今仕事中だ! 暑苦しい!」
皇帝商人っていうのは、九尾の貴人のことだろうな。
そして学生時代のあだ名の九尾については、ネクロン先生走らなかったと。
商人なのに皇帝なのは国柄か、血筋か、はたまたその派手さと押しの強さなのか。
なんにしても、どうやら聞き出したい情報があるようだ。
そしてまともに答えないネクロン先生は、言いたくない秘密があるらしい。
さて、南の島、樹林、権益と言えるくらいの何か。
北の島で錬金術師を続けつつ、どうやら海賊ともやり取りがあったやりてのネクロン先生が、独占したいくらいに価値を見出したもの。
けど、南に住む人がすぐには価値がわからずに、ネクロン先生に独占されてるもの。
「…………ウィレンさん、答え言ってみてもいいですか?」
「やめてあげて。ツィーミール島の商売に影響しそうだから。絶対あの竜人に荒らされる」
「それは、まぁ」
言いながら僕は傷んだ分を整形して小さくなったゴム球を見せる。
ウィレンさんはあちゃーって顔だ。
うん、どうやら何処かにゴムの樹脂を取るための島があるらしい。
それは僕も是非聞きたいけど、ここでは難しそうだ。
結局ネクロン先生と紺尾の鬩ぎ合いは、紫尾のトレビが化粧し終えるまで続いた。
まぁ、結局九尾の貴人二人がかりで、今度は女子が絡まれることになったんだけどね。
定期更新
次回:新しい錬金炉5