507話:皇子のお仕事2
僕はわからないけど目が合ったんだろう。
(四人ともが去りました。うち二人は王城の者ではないようで、取り押さえられています)
(また突然首とかにならなきゃいいけど。取り押さえは、場所柄外部犯ではないんだろうね)
ルキウサリアにだって派閥はあるだろうから、国王側が動いたなら文句はない。
というか、左翼棟が特殊なだけで、宮殿でもこんな感じなのかもしれない。
僕がテリーに向き直ると、じっと僕が何してるかを見てたようだ。
「聞いていい?」
「うーん…………部屋を監視してた人たち追い払った」
すぐさまユグザールが周囲を見るけどわからないようだ。
ウォーやメンスも緊張を高めるけど、もういないからね。
僕がわかったのは、何度もここには来てるって適当な言い訳で済ます。
ただテリーは眉を顰めて、想像を飛躍させてしまったようだ。
「まさか、宮殿の頃から監視があったの?」
「逆かな。あっちは本当に誰もいなかったから。ちょっと他人の視線が気になる性分なのかもね」
そう言って、簡単にまずは錬金法について説明することで話題を打ち切る。
と言っても、テリーはすでに知ってることだ。
「あぁ、兄上が使う呪文を使用しない魔法」
「そうだね。自然に起こりえることを再現してるだけで、呪文で縛るような使い方じゃない。うん、錬金法を受け入れない魔法使いとの齟齬がちょっと見えた気がする」
テリーも僕が使う魔法が違うことはわかっていた。
その上で前世を基準にしてるから、僕自身が自分の魔法の言語化が難しい。
知ってるだけ余計な説明容れちゃいそうだし。
古く呪文も完成していない時期の魔法は、自然にあるものを再現する範囲だから錬金術の魔法と重なる部分があるだけだし。
そこから、錬金炉の中に世界を作るという壮大な話になるのは、僕も想定外だ。
あれは呪文で縛るだけ難易度と体積が増える。
今の魔法でやろうとしても、錬金炉に収まらないだろう。
「で、ゴーレム作成については、実際のところは屋敷でね。簡単に説明すると…………」
僕はゴーレム作成について手順だけは教えて、核を作って素体にして、材料の中に入れるって感じで済ます。
「兄上は簡単に言うけど、だいぶ難しいのはわかった」
「手順も多いし、事前準備もかかるからね」
それでもテリーはやる気でちょっと楽しそうだ。
僕は学友のウォーと従僕のメンスに目を向ける。
「テリーがやる時には君たちも同席する?」
ユグザールは今さら聞かない。
左翼棟にもついて来てたし、なんだったら手伝わせるつもりでいる。
「いえ、正直お話を聞いても理解が及ばず。お邪魔になりそうなので辞退を」
「従僕ですので、ご用命があれば応じます」
ウォーは腰が引けてるけど、メンスは興味なさそうに応じた。
テリーはそんな二人を見てから、思い出したように聞く。
「そう言えば、兄上。ユーラシオン公爵家のご子息にも錬金術教えてるの?」
「ソティリオス? いや、錬金術科の生徒一人を雇う形でゴーレムも対処してもらうつもりでいるよ。それもマーケットが終わってから動く予定だね」
テリーは真面目な顔になって頷いた。
「うん、そういう予定、教えてほしい。兄上が忙しいなら、そうした官の手配も」
「テリー、相手の言うままに受け入れる前に、そうなった時、向こうにどんな利益があるか考えてみたほうがいい」
僕が止めると、ユグザールもはっとする。
「利益? 言うように兄上を介さずに調整ができることじゃないの?」
「それはソティリオスが口にしても、問題ないと判断した表向きの理由だね」
僕はユグザールに目を向けた。
「僭越ながら、先んじて第一皇子殿下の行動を抑制する目的ではないかと」
前職宮中警護のユグザールは、その辺りの機微は学んでるようだ。
猫だろうが狸だろうが狐だろうが被ってる貴族たちの中で、働いてた経験だろう。
ソティリオスが子供のような正義感を振りかざして、叱りつける中で正論を言いつつ、こっちをいいように動かそうという意図は読めたようだ。
「あんなに仲が良さそうにしてたのに…………」
「仲はいいほうだと思うよ。僕のやり方に合わせてくれてるからね。僕でも対処ができるようにしてくれてる。ただ、前提としてお互いに譲れないところがある」
それこそ学生だから今の近さがあるし、ルキウサリアの学園に建前があるから続いてる関係だ。
関わる言い訳があるから一緒にいるけど、宮殿だと無理だね。
そういうことがないと交流なんてできない立場なんだ、お互いに。
「じゃあ、どうやってあんなに仲良く? 初めて会ったのはいつなの?」
「初めては七、八歳くらい? ルキウサリア王室の方々が来て、ディオラもその時に」
その時ディオラとは普通に話したけど、ソティリオスには煙に巻いて逃げたんだよね。
次に再会したのはハドリアーヌ王国一行の接待だ。
「その時も僕は鈍いふりしてたんだ。だから叱る以外に寄っても来なかったね」
「叱るために寄ってくることがあったんだね」
「テリーはきちんとしてるからないだろうね。けどそんなに不思議かな。何かしらの集まりで会うこともあったでしょ?」
「うん、公爵家の者として参加する姿を幾度か。ただ挨拶以外には言葉を交わしたことはないよ。それに、兄上にしていたように無闇に喋ることもなかった」
うん、よっぽど僕の戦場カメラマン風はお気に召さなかったんだな。
もしくは言わないと、こいつにはわからないとでも思われてたか。
今となってはそもそも聞き入れる気がなかったとばれて、怒ってる気もする。
「あの方の振る舞いは、兄上に対してだけ特別なようだ」
「僕に合わせてくれてるんだと思うよ。そうじゃないと僕だけ浮くし」
「本当に、仲はいいんですね。だから兄上もあんな対応を?」
おっと、テリーに適当に受け流してるの見られたんだった。
まぁ、気を抜いてるところはある。
その上でソティリオスもたぶんそうだろう。
お互いに対等に話せるだけの身分がある同年代ってそうそういないし。
それに裏がないわけじゃないのも、お互いさまだ。
「兄上、関係を詳しく教えてくれないかな」
「うーん、あくまで僕とソティリオスの関係性の上で成り立つ交友で、他に当てはまらないという前提を忘れないなら」
今の状態は色々あった末になんとなく築いた関係だ。
言葉にすると結構ギスギスだと思うんだよね。
「正体ばれてからは、お互い気にせず喋れる相手ではある。そもそも名目上の身分だと釣り合うからね」
皇子と帝室に近い血縁の公爵家だ。
ただ実態は差がひどい。
血筋で言えば僕は父親が皇帝ってだけで何もないし、個人で受け継ぐ財産も名誉も歴史も持ってない。
比べてソティリオスは父方、母方どちらからでも血筋、財産、名誉、歴史どれもある。
「逆に差がありすぎて、もう気にしないでいられる感じかな」
「兄上には越えられない賢智がある。だから過去を誇ることはしないんじゃないかな」
「それもあるよね。僕がやると言えば実行して結果持ってくるとわかってる。だから今のままだと切れる縁を、繋ぎ止めておきたい目論見もあるんだろう」
ゴーレムに関しても、イデスを回して誤魔化してるけど、実際は僕を引っ張り込むほうが先の展望と見込みが大きいのはソティリオスも察してる。
その上でユーラシオン公爵家に伝わる秘宝もあるし、僕という錬金術師を使いたい名目はあるわけだ。
ゴーレム関係で家から任されてるソティリオスは、ユーラシオン公爵の名代。
その時点で名ばかりの僕はもちろん、名代にはまだなれないテリーに比べても格上。
そんなソティリオスが僕と同じ目線に降りて来てる状態。
それはパフォーマンスであり、策略であり、友情でもある。
「…………臣下として振る舞えばいいのに」
「それはしない。当主に従うのが一門だ。そうでないと下が惑う。だからソティリオス自身に興味がなくても、ユーラシオン公爵家にいる限りそんな振る舞いはできない」
「興味が、ない?」
テリーがびっくりすると、聞いてた他も目を瞠ってた。
ユーラシオン公爵が帝位を狙ってるのは公然の秘密で、その嫡子のソティリオスももちろんそうだと思われるし、そういう振る舞いをする。
けど、望むところがディオラと知ってる僕からすれば、帝位に興味がないとわかってた。
「今家に逆らうことはできないし、望む方向を考えると得策じゃない。だからソティリオスはユーラシオン公爵家の者として必要以上に皇子として扱うことはないし、だからって帝室の品位を貶める行為を咎めないわけにもいかない。その上で、第一皇子の僕を利用する家の方針も無下にはできないし、個人としても使いたいとは思ってる」
「確かに言葉にすると、すごく緊張感のある関係に聞こえる。兄上は?」
「僕としては、ユーラシオン公爵からの盾になってもらってる時点で十分かな。それに他の貴族も大抵はソティリオスでどうにかなるだろうし」
僕ではできないことを押しつけて、ソティリオスも僕を理由に家を離れる時間稼ぎをしてる。
お互いを隠れ蓑に大人に言えない考えを抱えてる状態だ。
傍から見ればギブアンドテイクのドライな関係に見えるけど、実際は気にせず思ったこと言っても許される相手っていう気安さもある。
けどそこは当人同士でしか計れない距離感で、言葉にするのはやっぱり難しかった。
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