閑話100:とある従僕
*メンスの年齢について
初出の年齢の話が間違いなので、メンスはテリーの一歳下です。
現行は上記の前提で進みます。
すでに刊行している内容なので、場合によってはメンスを別人にする改変を行うかもしれません。
「メンス、第一皇子殿下にはくれぐれも気をつけろ」
私が第二皇子であるテリー殿下に従ってルキウサリアに行くと決まると、父が出発前にそう助言した。
十歳になる年にテリー殿下の従僕となり、第一皇子であるアーシャ殿下とは面識もなくこれまでは来ている。
しかし話は、テリー殿下の口からよく聞いた。
否定せずに聞く者が少なかったからだろうが、私としては知らない相手に何を言うこともないだけだ。
「テリー殿下、嬉しそうですね」
「弟たちがずいぶん楽しかったと言っていたからな。それに兄上ともゆっくり話したい」
ルキウサリアに向かう旅で、宿泊する部屋。
私が世話をしていると、学友とテリー殿下がそんな話を始める。
話ながら私を手伝うのは、一応学友という立場であるウォー。
生まれが低いために、働いていないと落ち着かないという。
私とテリー殿下だけの時だけと許して手伝いを受け入れたが、従僕である私よりも細々よく動く。
私としては楽だし、他の高貴な生まれの学友方と違って、ウォーとは気楽だ。
私の父も今の皇帝陛下に取り上げられて家を建てた口で、親が一代目の貴族という浅い歴史の子息同士なのでマウントを取る必要もない。
「メンスは兄上に会うのは初めてか?」
テリー殿下が思い出したように質問される。
「はい、お話は何度もうかがっておりましたが。実際には初となります」
私が答えると、ウォーが予想外だったらしく目を瞠った。
「メンスはいつからテリー殿下に仕えているんだい? 長いように思っていたけど?」
「顔合わせであれば、七つの頃に。その後はこのように従僕をしたり、学友をしたりと」
正直、自分の身分の変遷はおかしい。
だが、理由もある。
それだけテリー殿下の周辺の人の移動が激しかったためだ。
テリー殿下も自責の念があるのか、眉を下げる。
「すまないと思ってる」
「えっと、何が?」
ウォーは素直に聞くので、私も気にせず教えた。
「七つで出会った頃はテリー殿下の周辺も落ち着いており、学友の席にあきもなかった。ただ父が皇帝陛下に重用されたため、テリー殿下の近くにと望まれ、私は従僕としてお仕えできた。ただテリー殿下に限らず、今の帝室の方々はほぼ外出をなさらないので、外出の供をする従僕が有名無実だったんだ」
私が話すのを、テリー殿下も否定せずに応じる。
「だが、私が七つの時に兄上と出会って…………周囲の欺瞞に気づいて人を大きく入れ替えることをしてな」
私よりも一つ年上のテリー殿下は、よく目もあるだろうがよくできた方だ。
そんな皇子殿下が恥ずかしげに語るのは、子供らしい拒絶と感情任せの行動だった自覚があるから。
結果、将来的に役立つ繋がりを断ってしまう形になっている。
かつての学友たちの親からの対応も厳しいものになったのは言うまでもない。
「まぁ、なので空いた学友の席に私がいたこともある」
「一つ下なのに勉強を詰め込まれて、私と同じく学べと。正直酷なことをした」
「いえ、従僕もやることがなかったので」
謙遜もせず私が答えると、ウォーが半端に笑う。
「なんというか、メンスは言いたいこと言うな」
「どうもテリー殿下は私のこの遠慮のない物言いが気に入っていただいてるそうなので、人目を気にすれば問題ないかと」
テリー殿下も苦笑して、思い出すように語る。
「当時の私の周りに正直者は少なかったからな。知らないことを知った風にいう者があまりに多く嫌気がさしていたんだ」
そんなことを思うようになったのは、それこそこれから会いに行くアーシャ殿下のせいだった。
話に聞く限り聡明なのは間違いない方だ。
その聡明な兄君に近づこうと、周囲に目を向け、耳を傾け、よりよく知ろうとされる姿勢は間違ってはいなかったと思う。
ただ、益よりも害のほうが多かったのも事実だ。
テリー殿下はそれまで気にしていなかった部分が目につき、子供らしい潔白さから拒否し、後から困ることになっている。
健康で品もあるのに、立太子するには周囲の目が厳しく、婚約をするにも縁がないのは、人を遠ざけてしまった弊害だった。
「学ぶことがあったのなら、良いのではないでしょうか」
私の言葉に、テリー殿下は確かに頷く。
周りが無理に矯正しようとした時も、結局そのアーシャ殿下の関与で我を通すことを覚えられた。
大人からすれば扱いにくい皇子になったようだが、私はそのお蔭で近くに置いてもらってるので文句などあるはずもない。
「学友だった? どうしてまた従僕に?」
ウォーは一年前から学友をしている。
素朴で擦れてないが、とても勉学では優秀だ。
その上で皇帝陛下に恩があり、テリー殿下個人に対しての忠誠もあるが、いかんせん帝室周りの事情に疎い。
ウォーの疑問にテリー殿下が応じた。
「学友をしても、学年が違う。それに、私から一度離れる名目が必要で、また従僕に戻ってもらった」
言ってしまえば、私が抜けたところにウォーが入った形だ。
そして従僕としてやらなければいけないことは、皇帝陛下も承知の上。
だからこそ、父は出発間際にあんなことを言ったのだろう。
「…………第一皇子に気をつけろと言われたのですが、実際のところをお聞きしたいですね」
「誰に言われた?」
テリー殿下が不機嫌に聞き返した。
この方は結局、取り繕うことを覚えただけで、七つの頃と変わらずにいる気もする。
「父です」
答えた途端、テリー殿下は目を逸らした。
実態を知らない誹謗中傷には不快を示すけれど、アーシャ殿下と面識のある父の言葉となれば話は別らしい。
つまり、父の助言は有用なのだろう。
となれば、言葉に詰まったテリー殿下の代わりに、会ったことがあるもう一人に聞こう。
「何を気をつけるべきだと思う、ウォー?」
「え、えぇ? お会いしたのも、共に行動したのもそう長い時ではないから」
言いながら目が泳いでいる。
「…………気をつけるべきこと、あったんだな」
「う、その、すごい、方なんだ。だから、ちょっと、ついて行けないというか。正直、何を言ってるのかわからないことが多くて」
言葉を選ぶウォーに、私は頷きを返した。
この反応を見れば、父が何を気をつけろと言ったのかが想像がつく。
「つまり、何もわからない内に流されるなということか」
「い、いや、そんなつもりじゃないくて」
ウォーが慌てて、しっかりと言葉に直した。
「あの方の行動は、きっと最短だ。そして被害を最も抑える効率もある。ただ発想が常人離れしていて…………なんとも言えない」
ウォーはたぶん悪くは思っていない。
けれど、どう言葉を選んでも奇人変人を語るようになるらしい。
それを避けようとすると、テリー殿下が昔から言ってるように、すごい方、としか言えないんだろう。
当のテリー殿下に目を向ければ、そっと口を開く。
「メンスは、自身の父親から、兄上のことをなんと聞いているんだ?」
「隠し事が上手い方、ですかね」
正直色々漏れ聞いてはいる。
だいたいは、父が疲れた顔をして帰ってきた時に、私を見下ろしてぽろっと零すのだ。
「親に甘えることをやめた方」
何も誇らない、何も語らない。
そんなことができるかと父が聞いてきたことがある。
もちろん何が楽しくてそんなことをするのかと逆に聞き返し、父は苦く笑みを浮かべていた。
「どんな成果にも満足しない方」
何かしたらしいが、あまりに突飛すぎて処しきれなかったらしい父が漏らした。
あれだけのものを作って、何故平然としているんだと漏らしていたのだ。
だから私は目標が高いのではないかと思ったことを口にした。
そうして父は、作り上げたもののさらに先を見ているから成果に満足していないのだと納得していたものだ。
「メンスの父君は、第一皇子殿下をよく知ってらっしゃるんだね」
面識はあっても、つき合いがないウォーが聞いても納得する内容らしい。
ただテリー殿下は口角を下げてしまっている。
たぶん、知っている分父の言葉に含まれた哀れみを感じてのことだろう。
皇子らしく暮らしているなら決してありえない評価だからこそ。
「ひねくれた方ということで合っていますか?」
「いや、違う。そういうことはない。兄上は…………優しいんだ。争うことをしない」
ただそれにはウォーが首を捻る。
「賊を捕まえていたのは?」
「あれは自衛の範囲だろう。兄上は自分から攻撃なさることがないんだ。目立つから」
テリー殿下は少し悔しそうに言った。
そういう立ち振る舞いをする理由は、嫡子ではない第一皇子だからだ。
その上で帝位に欲がないゆえに、テリー殿下の邪魔をしないようにと振る舞う。
ただそうして気を使われる側のテリー殿下が、力不足に悩むのも今さらだ。
知らないウォーは気楽だが、私としてはまた変に悩みすぎないかが心配だった。
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