498話:マーケット二回目3
よれよれの状態で卒業生のジョーが現れると、犬猿の仲だったオレスもさすがに声をかけずにいた。
最近大人しかったこともあり、空気を読んでるようだ。
「ともかくホットワイン飲んでください。温まりますから」
「今日は何を食べましたか? 睡眠は? 不調はいつから?」
世話焼きのトリエラ先輩が飲み物を用意すると、キリル先輩が健診みたいなことを始める。
ともかく座らせて、僕も申し訳ないからテントの中にはいかずに外で風よけにできる場所へ案内した。
うん、絶対ワンオペの仕事の疲れだよ、これ。
錬金炉が使える、属性魔法全部使える人間という種族の錬金術師って、今のところ卒業生ではジョーだけだからね。
一人に負担がのしかかったのは想像に難くない。
そういう仕事が発生した原因が、僕のゴーレム作成なんだよね。
「眠るよりも、明日の分の仕事を少しでも減らさないと。食事は、あぁ、昨日は取り損ねたような気がする」
「お菓子も持ってきますね」
覇気のないジョーの答えに、トリエラ先輩が病人を見るような顔してそう言うと離れる。
キリル先輩も顔を顰めてた。
「ジョー先輩、何をしてるんですか? 働きすぎでは?」
「それは、うん、言えないな。それに、私一人しか、できない、ことで…………」
暖かいワイン飲んで力が抜けたような声で答える。
うん、色々、本当に、申し訳なく思う。
「ラトラス、寄り添って差し上げたら?」
「イルメ、俺のこと防寒器具か何かだと思ってる?」
様子を見てたクラスメイトからそんな声が聞こえた。
「見学に来たにしても、大人しくしといたほうがいいぜ」
「半年も経っていないのにずいぶんとやつれたものだな」
ネヴロフとウー・ヤーも、ジョーの変わりように驚くらしい。
エフィはなんだか訳知り顔で頷いた。
「機密性の高い仕事は往々にして人手を絞るせいか、個人への負担が多いとは聞いたことがある。軍事や魔法の研究職にもたまにあるそうだ」
別分野だけど、状況をエフィが言い当てる。
途端にジョーは達観したような笑いを浮かべた。
「錬金術師を名乗るなら、覚悟しておいたほうがいいぞ」
「れ、錬金術師として働くとそうなるのか?」
オレスがさすがに口を開く。
本来仲が悪いんだけど、疲れ切ったジョーは誰に聞かれたかも見ず答えた。
「あぁ、絶対数が足りない。一人にかかる負担が半端ない」
「俺は、就職する先は、決まってるから大丈夫、なはず…………」
「俺、村に戻ったらそんな感じかも。うーん、一人でやるの難しいんだな」
ラトラスとネヴロフが、ジョーの切実な言葉に将来を口にする。
確かに集団の中で一人だけ錬金術師っていう立場にはなる二人だけど、規模が違うんだよね。
ラトラスは規模は拡大しても企業の範疇で、ネヴロフは村か地方の小さな領地の範疇だ。
それに比べれば、ジョーも王城の中でやってるんだけど、ことがゴーレムっていう魔法使い全体が注目する話で、ルキウサリアも国として関わる問題。
やっぱり後で王城に言っておこう。
負担の割合を思うと、個人でやらせるには限度がある。
絶対、僕に関係なくゴーレムの核作らされてるんだし。
ハリオラータを捕まえる時は緊急で急がせたけど、今は担い手を潰しかねない運用はやめさせるべきだ。
「それで、今日はお仕事はお休みですか?」
一応水を向けると、ジョーは無表情になってしまった。
「また錬金術科が新しいことをするから勉強にいけと言われて…………」
「つまりほぼ仕事。しかも卒業した後のことを学べと後輩の元へ?」
ウー・ヤーが容赦なく確認するのに、エフィがフォローを入れる。
「まぁ、去年よりも前のやり方は聞いただけだが、それに比べれば見る価値はあるだろう」
話題にもならない錬金術科の生徒の作ったものを売るだけで、近くのアクラー校に押されて場所を奪われてたくらいだったという。
計画性もない状態だったのを、今の形で落ち着けようと今回は計画してる。
比べれば、確かに勝ちはあると言えた。
そうは思うけど、かつてのマーケットの様子を後輩たちは知らないし、誰も言わない。
言っても夢がなさすぎるからね。
「きゅ、給金は?」
オレスがもっと夢のない話を振った。
途端にキリル先輩から叩かれてる。
「そう言えばトリエラ先輩、怯えなくなりましたね?」
「あー、うん。なんかアズくんたちの対応見てたら、私が臆病すぎたんだなって」
ジョーにお菓子を渡したトリエラ先輩は、最初はオレスの絡みに怯えてた。
オルスと同じ出身で身分の格差が激しいお国柄。
そのオレスと喧嘩するジョーも苦手としてたはずだ。
けど僕たちの扱いが、正直雑だった。
もっと言えば、完全に下に見た感じになってたのを見て、思うところがあったそうだ。
あまり褒められたことじゃないとは思うけど、空気が読めないし底が浅いしねぇ。
トリエラ先輩としては、後輩のそんな姿に、貴族だからって怯えなくてもいいかもしれないと思えたそうだ。
「あと、こうやってマーケットで自信がついてね。自分がやったんだって思えたの」
トリエラ先輩は笑顔でそう言った。
販売に戻るトリエラ先輩を見送ると、エフィがジョーをじっと見てる。
今まで興味なんてなかったはずだけど?
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
「いや、錬金術師が酷使される状況がわからなくてな」
魔法使い、しかも貴族として育ったエフィだ。
錬金術師が求められる状況さえ話題に上らないのに、言ってしまえばジョーの酷使もここ半月の話だから分かるわけはない。
僕が知らないふりして相槌を打ってると、ジョーが半分惰性で菓子を口に運びながら聞いた。
「それで、今回は何を? 食は変わってないみたいだが」
グラスハープの説明をして、音楽祭の音響の展示や新しい投光器での上映の素材などを話してる間に、キリル先輩も自分の仕事に返った。
まだ出番がない僕のクラスメイトたちは、近くで投光器の点検を始めたせいで、僕が説明する役になる。
あと、オレスが地味にどや顔で側にいた。
確かに今回も黙々と作業することで貢献したけど、多分どや顔をすべきはワンダ先輩だ。
(こちらを窺っていた不審者が動きました)
(待って! なんのこと!?)
突然のセフィラの警告に、僕は混乱する。
慌てて辺りを見回すとただの客だと思ってた人が走り出してるのが見えた。
(もしかして僕の素性ばれた!?)
(狙いは主人ではありません)
(あ! だからこんなギリギリで言ってるのか! 狙いは誰!?)
(ゴーレム製造の秘密を握る錬金術師です)
いや、僕じゃん。
とは思ったけど、違うな。
だって僕は僕でも第一皇子としての僕だ。
今のアズロスじゃない。
そこまで考えた時にはもうほぼ答えが見えた。
座り込んでたジョーがあっという間に抱え上げられて連れ去られたからだ。
うん、物理的に見えた、なんて考えてる場合じゃない!
「ゆ、誘拐ー!」
僕がつい叫ぶと、オレスも唖然としていた口から叫びをあげる。
「ジョ、ジョー泥棒!」
なんとか周りに状況を伝える。
ヘンテコな言葉だったけど、だからこそ注目は集まった。
結果、走り出した僕の後に、クラスメイトたちも追いついて来る。
オレスはすぐに動けず、集まって来た錬金術科に大声で説明を始めてた。
「あ、え? へ? うぶ…………!」
視界の先で俵抱きされたジョーは、身を固くして混乱してる。
その上で口を覆って身動きしなくなったのは、飲み食いした上で揺さぶられて吐きそうになってるんだろう。
変なところ貴族の矜持発揮しなくていいのに。
いっそ吐いてくれたほうが誘拐犯が慌てそうだし。
(セフィラ、相手は何人?)
(二十五人です)
(多すぎない!?)
これは逆に追うのは危険かもしれない。
そう思ったんだけどセフィラは余裕だ。
(兵ほどの練度もなく、魔法を使える者もいません。錬金術科で対処可能です。連携も不足しているため、学園の守りを押さえる目的で固まってもいません。自ら分断されています)
(あ、警備が来ないようにしてるから多いのか。だったらしょうがないな!)
ハリオラータみたいな相手じゃないならやりようはある。
それにここは学園内だ。
これ見よがしな武器なんて持って入れない上で、魔法も制限されてる。
けどその点僕に問題はない。
何せそもそも使うのは初級の魔法で制限範囲外だ。
まずは足止めのため、ジョーを抱えた一人に狙いを定めて僕は魔力を練った。
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