497話:マーケット二回目2
始まった冬の学園行事、マーケット。
ギリギリでイデスが学業復帰し、裏にユーラシオン公爵家がいることは秘密で、家を切ることで支援者を得られたという説明で在籍することも説明された。
もちろん僕が関わってることは秘密。
イデスも僕がソーの友達っていう位置をやめないのを見て、深くは聞かずにいる。
その上で、今までよりも積極的に錬金術に関心を示した。
その姿に錬金術科の人たちは、後がないからだと思ったようだ。
お蔭で謎の支援者の足長おじさんが誰かなんて詮索もない。
「錬金術科は、思いのほか人が集まるのですね」
「多分去年の噂で興味を持ったんだと思うよ。目新しいものは観たいでしょ」
準備に関われなかった分、イデスは当日の説明係を引き受けている。
僕もほとんど関われなかったから、当日の投光器担当として同じテントの中にいた。
そんな話してたら、次の準備を手伝ってた先輩のオルスが何か言いたげにこっち見てる。
去年より前がひどかったとか、そんな余計なことを後輩には言わない。
どうやら本人も自覚はしたみたいだし、後輩に嫌われないように無駄口はいわないようだ。
「いつの間に仲が良くなりましたの?」
ただ遠慮なく聞いて来たのは、虎の尾を振るウィーリャ。
一緒にショウシとタッドもきて、イデスと僕が話してるのを珍しそうに見てる。
「私が、錬金術について、教えを乞うているのです」
「ふふ、そうですね。本気でなさるのならば、他に適任もいらっしゃらないでしょう」
「その、れ、錬金術以外にも助言ってもらえないですか、アズ先輩」
ショウシの横でタッドがあからさまに緊張して聞いてきた。
実は今、投光器の上映が終わり、次のために三人は来たんだ。
僕のクラスメイトたちは投光器の点検のために一度外へ出てる。
で、内部の片付けと準備を僕とオレスがやってた。
他はだいたい外で販売をしてる。
去年同様の飲食と別に、今年は化粧品も扱ってるから人手が取られてた。
「調音終わりました。確認お願いします」
「ほら、呼んでるよ。タッド、慣れないならいっそお客なんていないと思っていいよ」
「え、でも、聞かせるために、意識しないと…………」
「それも聞かせてやるくらいの気持ちでいい。あと、お客だと思ってるのは並んだ野菜とか」
前世で客はじゃがいもと思えとかいう話があったから言ったら、タッドが噴き出す。
「故郷に、じゃ、じゃがいもみたいな顔のおじさんいて…………!」
「まぁ、お芋ですか? 私の故郷では、面長の方を瓜実顔といいますよ」
ショウシも野菜に似た人を思い浮かべるようだ。
それに獣人のウィーリャはわからない様子で耳を振る。
「人間は面白い表現をしますのね」
「ニンジンのような毛色の獣人もいるのではない?」
イデスの助言にウィーリャも納得。
うん、後輩たちはこの一年で仲を深めたようで良かった。
そんな話を切り上げてウィーリャたちは、テントの前方へ移動する。
投光器のためのスクリーンを設置した舞台の上には、すでにグラスハープが並べられてた。
「グラスハープという楽器も、インテレージ先輩が考えられたそうですね」
「いや、楽器ってほどの物にしたのは音楽科だよ。僕調音なんてできないもの。あと、アズでいいよ。そう言えば、勝手にイデスって呼んじゃってるね。ごめん」
「いえ、いかようにもお好きにお呼びください」
なんかこれはこれで先輩後輩の距離感じゃない気がするなぁ。
あとグラスハープは、ただ音が鳴るってことを教えただけだ。
それを楽器として昇華するために動いたのはウィーリャやショウシ。
そして実際にグラスを揃えて、水を注いで音を確かめて、どれだけの数と大きさが必要かを検証したのは音楽科有志だ。
今も調音のために来てくれてて、さらに音響の実験と実証と称して、このテントに魔法で音の反響を作る風の流れや簡易の壁の設置もやってくれてる。
「なんかお株奪われちゃったよねー」
足音もなくやって来たラトラスの声に見れば、他のクラスメイトたちも戻って来てた。
「繊細過ぎて獣人じゃ使えないんだって? 音楽って難しいな」
「自分に琴の才能でもあればできたかもしれないが、こういうのは相性だ」
元から音楽に疎いネヴロフに、吹奏楽のほうが得意なウー・ヤー。
実はタッドがグラスハープの才能があるようだったけど、音楽経験乏しくて猛練習した。
ショウシは琴ができたから、似た感覚で弾けるとかで教えて一緒に演奏する予定。
ウィーリャは手がグラスハープに向かなかったから、音響やグラスハープの説明役だ。
「音はすごくいいけれど、響きが小さいのよね。もっと広い場所でできないかしら」
「音を大きくしようとするとその分大きなガラスと大量の水、そして速さが必要だそうだ」
イルメは気に入ったようだけど、エフィが現実的に無理だと笑う。
単純に指で鳴らす音を倍にしようと器を倍にしても、同じ音は出ないし、倍になった円周を今までと同じ速度で擦る必要がある。
うん、無理。
できるのは機械くらいだから、楽器の機械作るならシンセサイザーのほうがいい。
「やっぱり恋物語のほうが受けはいいみたいだよねぇ」
そう声をかけて来たのはステファノ先輩。
今回もコンテと仕上げを担当し、もちろんこって時間を使ってしまい、キリル先輩に怒られてた。
「俺は今回のほうが好きなんだがな」
ステファノ先輩と同学年のオレスがようやく話に入って来た。
多分恋物語よりも冒険活劇が好きってことなんだろう。
今回の話は、帝国圏ならよくあるドラゴンの卵を拾った少年の話。
生まれたドラゴンを育てて群れに帰すために、ドラゴンの住む山を目指すというもの。
「おーい、客はもう入れていいのか?」
外からエルフのウルフ先輩が確認の声を上げる。
「じゃあ、僕たちは案内に。イデスは始まる前に興味持ったお客さんいたら対応を」
そう言ってクラスメイトたちと外へ出た。
オレスとステファノ先輩は、ウルフ先輩に連れられて飲食のほうを手伝いに行くようだ。
「人数制限ありますので、ご興味のある方はお早めにどうぞ」
案内のために整理してると、うん、見たことある音楽科の教師もいる。
他にも教師のローブ着てる人たちもいるし、たぶん芸術学科関係だろう。
僕、知らなかったんだよ。
新しい楽器を発明するって一大事だなんて。
売り出せばひと財産なんて言ってたけど、さすがにそれをするには構造が単純すぎるし材料にも工夫はいらない。
それでも新たな音楽という話題は一部で大変な熱狂になってるそうだ。
「や、アズ。ついでにこっちの宣伝も入れてよ」
声をかけて来たのは羽毛竜人のロクン先輩。
売ってるのは去年と同じ、色のついたお菓子とホットワイン。
そして客寄せの炎色反応。
「あら、それでしたらわたくしのほうこそ宣伝してもらって、あぁ!」
聞いてワンダ先輩も自信満々に声をかけると同時に、在庫の箱に足を引っかけた。
こけなかったけど、足を引っかけたのは保湿剤という名のリップクリームとハンドクリームだ。
色々また女子会で検証したそうで、結果、唇は塗りすぎると邪魔になるらしい。
そのため固めにしてつきすぎないように工夫し、反対に緩くして伸ばせるようにした分をハンドクリームとして売り出すんだとか。
内容一緒だけど、用途が違うという見せかけで種類を増やしてる。
ワンダ先輩その辺りはちゃんと商売できるんだよね。
もちろん冬のこの時期、悩む奥さま方が足を止めてるし、僕の助けは必要なさそうだ。
「一応声かけはします」
僕はそう応じて、並んで待ってもらう間に宣伝も交える。
そうして中の準備ができてお客を入れた後、トリエラ先輩が声を上げた。
「えー!? ジョー先輩どうしたんですか?」
「うん、やぁ…………」
見れば去年卒業して、音楽祭にも手伝いに来た先輩の青年が片手をあげてる。
ただトリエラ先輩が声を上げるほどに、ジョーはよれよれだ。
はい、僕のせいだね。
「えぇと、お疲れならテントの横に休憩スペースあるんで座ってください」
ちょっとした罪悪感から、風よけも立ててあるほうへと案内した。
案内しつつ、僕の発注は終わってたはずだからルキウサリアだよね? とかちょっと逃避する。
なんにしても徹夜明けみたいな覇気のない様子だ。
前はもっと貴族らしさを前面に出そうと一生懸命だった。
けど今はどう見ても疲れたサラリーマン。
ブラック企業とかいう言葉が、前世の知識から引き出される。
ただ労基なんてないから、ブラックどころかホワイトもない世界だ。
前に見た時点で王城のほうにひと言入れておけば良かったなと反省。
まぁ、あの時は突然来たハリオラータのクトルの対応とか、アイアンゴーレム走査して話したいセフィラとの対話とかやることあってさ。
うん、マーケット終わったらゴーレム関係に錬金術科引き込んで人で増やさないとな。
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