496話:マーケット二回目1
「いや、だからなんで僕?」
「お前の紹介だ」
またソティリオスに拉致られた。
今度はアズロスとして、ユーラシオン公爵家の屋敷に来てる。
一族の学生が使うことを想定してるから、そこまで華美じゃない。
けどどっしりした装飾の雰囲気は宮殿に似てるし、これ見よがしに、暖炉の上には帝国の紋章のレリーフがある。
もしかしたらここは元もと、帝室の持ち物だったのかもしれない。
僕も泊ったことのある帝室所有のルキウサリアの屋敷に似た雰囲気があるんだ。
「待たせた」
ソティリオスは素っ気なく言って扉を開けると、僕を逃がさないよう中へ先に入らせる。
そしてそんな屋敷の中、応接用の一室にいたのは後輩のイデスだった。
貴族らしい紺色の髪は整えてはいるけどパサついてるし、顔色も悪い。
ここ最近の事情のせいもあるだろうけど、突然ユーラシオン公爵家の屋敷に連れて来られた緊張もあるだろう。
「えーと、やぁ。久しぶり、イデス。大変だったね」
「先輩…………。あ、失礼いたしました」
僕が声をかけると、顔にちょっと安堵が浮かぶ。
親しいと言えるほどの仲ではないけど、同じ所属の顔見知りがいるだけで少しはましなようだ。
ただ一緒にいるソティリオスに気づいて、慌てて立ち上がると礼を執った。
うん、たぶん僕がソティリオスにふてぶてしいだとか言われるの、こういうところだな?
ユーラシオン公爵子息を前に礼を執るなんて、考えたこともなかったよ。
「楽にしていい。説明は?」
「はい、錬金術師をお求めとお聞きしております。ですが…………」
イデスは僕を見るから、手を横に振って見せた。
「僕、ソーの下にはつかないって」
「少しは繕え」
「いや、派閥違うし」
「そこじゃない。この傲岸不遜」
ひどくない?
いや、公爵令息相手に不敬すぎるなとは、さっき思ったけどね。
それに公爵の上なんて皇子くらいのものだし、何でアズロスが関連づけられるかわからないっていう忠告なんだろう。
「まぁ、学生の間だけって割り切ってるからさ」
なんか今度は無言で肘打ちされた。
僕がやり出したこととは言え、ソティリオスが僕にこれはいいの?
というか、この誤魔化しも駄目なのかな?
あ、アズロスやめたらゴーレム関係でも手は貸さないって言ってるようなものか。
実際面倒そうだから、ユーラシオン公爵関係に近づきたくはないんだよね。
「ま、ともかくイデスのことを話そう」
「お前が仕切るな」
「じゃあ、なんで連れて来たのさ?」
「…………ウェルンが、必ず同席させろと言うから」
あー、女性だから何かあれば責任取れと?
「何それ怖い」
「わ、私は分不相応な望みはございません」
イデスも婚約者の名前に、何を疑われるか察したようだ。
ともかく座って、ソティリオスも錬金術師目的で呼んだと改めて説明。
その上で僕も、何処まで説明を受けたのかイデスに確認する。
「卒業までの学費や生活の援助。それと引き換えに卒業と技師? という方への師事、そして今最新の錬金術に関しての学習と習得。卒業後にユーラシオン公爵閣下の領地における勤労を求められるとのことを」
「最新の錬金術?」
「技術は古いが、新しく作るからな」
僕が聞くとソティリオスが回りくどく言った。
イデスの勧誘理由からゴーレムのことを言ってるのはわかる。
その上でそれを言わないのは、まだ様子見だからかな?
けど人手として押さえてはおきたいから、援助はするってスタンスらしい。
「で、名を上げたからにはアズロスも手伝いをしろ」
「えー、無理だよ。言ったとおり、僕は今学業のほうに手が回っていないんだ」
「結局必要なのは普段の授業だろう。それで試験に対しての不安が出ないならまだ余裕がある」
「いやいや、時間がないって言うのが一番大きいからね? 勝手に僕の時間奪わないで」
言い合ってると、イデスが声を上げた。
「先輩、どうか、お願いします!」
しかも頭を下げて来てる。
正直困った。
ただソティリオスも、イデスの必死さに眉をあげてる。
「あまり錬金術自体に興味はないと聞いていたが? アズロスに教えを請うのか」
イデスは今までの態度を指摘されて、気まずそうに姿勢を正す。
それでも言いつくろうことはした。
「これからは心を入れ替えて誠心誠意、勉学に励む所存です。そのためにも、錬金術科で最も熟達した先輩のご指導を、どうかよろしくお願いします」
「だそうだぞ」
ソティリオスが他人ごとなんだけど、なんで僕が人を紹介したと思ってるんだ。
僕自身が教えるようなことはないんだよ。
そもそもゴーレム関係だと言えば、それだけに特化してても十分なはず。
たぶんイデスは、錬金術が広範囲に及ぶことは知ってる。
錬金術科の先輩も含めて僕たちも色々やってるから、ジャンルが広すぎるんだ。
習得してユーラシオン公爵家の求める基準に達するかどうかが不安にしても、イデスが習得するのは一点特化で構わない。
「そこまで気負う必要はないよ。真面目な態度で臨めば、ソーのほうから必要事項は教えられるはずだ」
「できれば錬金術の広い活用法を求めたい」
「高望みすぎ」
「…………お前が言うならそうなのだろう」
なんか変な引き方した。
いや、イデスは僕が何をしてるかなんて知らないからか。
そう考えるとこんなに早くイデスを呼び出してるのは、拙速にも思える。
「ソー、おうちのほうは良かったの? 許可は?」
「この件に関しては私が任されている。その上で必要であれば人員の選定も想定してある」
「じゃあ、ルキウサリア側とは?」
「事情が事情だ。特には何も」
手短に確認したところ、ユーラシオン公爵へは事後報告でいい。
というか、使える人員になる錬金術師は確保したいと最初から織り込み済み。
まぁ、ユーラシオン公爵家には錬金術の秘宝があるしそれもそうか。
その上でルキウサリアも錬金術師は欲しい。
けど後輩のイデスは、ハリオラータ関係で黒確定だ。
本人が白でも、ルキウサリアは捕まえた側で、すでに捜査の上で犯人の替え玉を受け入れるという欺瞞を抱えてる。
その状態で、対応を甘くなんてしてられないし、手間をかけてもいられない。
だから実家が黒だったイデスは切り捨て対象。
錬金術師は欲しくても雇用は難しいし、退学となっても手を差し伸べることはできないんだ。
「イデス、今錬金術科ではまた新しいことをしてる。そこに関わってしっかり学べば大丈夫。逆に僕はそっちにどれだけ関われるかわからないから、僕よりも学園にいる先生方を頼ったほうがいい。あちらはちゃんと実績のある錬金術師だからね」
「さらにたらい回しにするのか?」
「ちょっとソーは黙ってようね」
そもそもゴーレムだけでいいのにそれを言わないから、イデスは気負ってるんだ。
「真面目に取り組んでいた先輩からすれば、何を今さらとお思いかもしれません。けれど、どうかお願いします。か、帰りたく、ないのです」
震える声には、切迫した心情が滲む。
そしてその言葉に、僕も共感してしまった。
親から離れたい、家から離れたい、帰りたくない。
それは確かに前世で、僕も記憶にある思い。
一度離れて息がしやすくなったことを自覚してからは、特に実家との関りなんて嫌なだけだった。
「…………君の家の事情は耳にしてる。帰りたくないなら、帰らなくていいよ。表に出ないでいいなら、錬金術の知識を持つ君は、ルキウサリアの裏でも生きられる」
「おい」
ソティリオスがさすがに止める。
まぁ、言っちゃえばもっと極秘なところ、封印図書館とかハリオラータ関係に送り込めばいいんだ。
けどそれだとソティリオスが困る。
ルキウサリアと揉めずに手に入れられる錬金術師がイデスなんだ。
僕はソティリオスを無視して、イデスに片目を瞑って見せる。
「ね? 案外今の君の価値は高いんだよ」
ユーラシオン公爵家が止めに入るくらい。
その実例を見て、イデスは目を丸くする。
ソティリオスも実はそんなに強く出られない立場を暴露されて、ばつが悪そう。
「言ってしまえば裏では色々動いてる。錬金術科で知ってるのはヴラディル先生くらいだ。他は伝手がないからね。知らされてない。僕はたまたま耳に入る位置にいた。けど君は、家から離れたことでそっち側に行けるようになった。これからの二年、卒業までに錬金術に本気になる価値があることは保証するよ」
イデスは目を見開き、ソティリオスを見る。
何も言わない姿に嘘はないと察したようで、途端に、表情を引き締めた。
今までの不安から、学園でも見た貪欲さを浮かべて。
「さて、それじゃまずは錬金術科としてマーケットに参加しようか。あっちも手が足りないし。錬金術で面白いことをする予定だ。手を貸してほしい」
僕が手を差し出すと、イデスは男女なんて関係なくしっかり手を握って来る。
それを責めるように見るソティリオスは、今のところ放置することにした。
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