495話:表には出せない5
「ご説明、願えますか?」
僕は今、アズロスとして訪れたことのあるウェルンタース子爵の屋敷にいた。
完璧な笑顔で促すのは、令嬢のウェルン。
疑問形なのに圧がある。
僕はここまで連れて来た隣のソティリオスに肘を入れた。
「お、お前が言い出したことだろう」
「そっちで話し合う必要があるとは言ったけど、僕がここにいるのはおかしいでしょ」
この屋敷には、学園から半ばソティリオスに引き摺られて馬車に乗せられてきてる。
訳もわからないまま招き入れられたら、圧のある笑顔のウェルンが待ってたんだ。
で、こんな風に呼び出される心当たりは、ある。
「まぁ、こそこそと打ち合わせが必要なことがおありですの?」
圧が、ウェルンの圧が…………。
「そ、んなことは、ないけど。いや、ないから、僕じゃなくてソーに聞いてくれればいい」
「錬金術に関しては何処まで話していいのか私では判断がつかない。だからアズロスが必要だ。そのために同席させた。専門的な話もあるため遠慮なく発言してくれ」
ひと息に責任を被せてくるから、僕はもう一度ソティリオスの脇に肘を入れる。
途端にソティリオスに睨まれた。
たぶん一人で説明するの嫌で巻き込んだな?
回避不能で、僕の発案だからって巻き込んだんだ。
ソティリオスはもちろん、ウェルンも僕を逃がす気はないらしい。
(く、ユーラシオン公爵の手前、僕を避けるかと思ったのに。まさか完全に巻き込みに来るなんて)
(ゴーレム関係であれば言い訳ができるとの判断です)
セフィラ曰く、ソティリオスも考えてやってる。
僕にやられてる状況で、さらには関係が微妙な婚約者との盾にしようと利用しに動いたらしい。
その上で今僕はアズロスだ。
身分は一学生。
これで皇子の姿だったら、ウェルンも下手なことは言えない。
けどそれをさせないために、ソティリオスは学園から僕を直接連れ出したんだろう。
ウェルンもアズロス相手ってことで退く様子はない。
「…………はぁ、ゴーレム関係の話なんだよ」
「えぇ、聞き及んでおります。それに関して、錬金術師が必要と言うことも」
知ってるじゃないか、と思ったんだけど。
「どうしてソーさまに女性を紹介されたのか、納得のいく説明をいただけるのでしょう?」
「違うよ!?」
曲解だ!
いや、確かにイデスは女性だけど。
そんな婚約者のいる相手に、不倫勧めるようなことしないよ!
ソティリオスを勢いよく見ると、すぐに顔を逸らされた。
これたぶん、女性ってところにウェルンは腹を立ててる。
もちろんソティリオスも言い訳はしただろう。
けどディオラのことあるし、まだソティリオスも諦めてないし。
自分で言っても信憑性がないことくらいは自覚してるはず。
だから僕を挟んでるな?
「もう、誤解だよ。紹介したとも言えないし、名前を上げた相手は錬金術科の後輩のイデスだ。僕のほうから声かけもしてないし、向こうから近づいたこともない」
「えぇ、あまり生まれは高くなく、交友関係も広いとは言えませんから今、努力をされていると言ったところでしょう。その上で今回のハリオラータに関して実家の関与が疑われています。現在自主的な謹慎の上で、在学も難しい状況とのこと」
ウェルンも調べてるんじゃないか。
イデスは現在、謹慎中で学園にも登校してない。
潔白だから怪しい動きはしませんっていうこと以外に、今のイデスにできることはないんだ。
そういうことも知ってるんだったら、こんな第一皇子でも学生でも、ユーラシオン公爵子息に女を紹介したなんて誤解されたらおしまいなこと言わないでほしい。
まぁ、表に出すつもりのない、この場限りの揺さぶりなのかもしれないけど。
それでも心臓に悪いよ。
「そう、その上で錬金術に固執はしてない。入学理由は実家から離れるための婚姻目的。その上で錬金術科での授業態度は真面目だった。ただ錬金術師と名乗らせるよりも、技師という錬金術の道具を作る職を名乗らせるには立場がちょうどいいから、僕もその名を出したんだ」
僕の説明にウェルンはじっと聞いて、そもそもの理由を聞く。
「男子生徒のご紹介はいただけませんこと?」
やっぱり性別が問題かぁ。
「残念だけど、現状ルキウサリアが手を出さない範囲ではいない」
「ゴーレムに関しては、ルキウサリアがすでに実用化に向けて動いているのは知ってのとおりだ。できれば情報提供や実証データの共有を願いたい。そんなところに、人材を横から奪う真似は悪手だろう」
ソティリオスが僕に文句を言うように言い添えた。
はっきりとは言ってないけど、ハリオラータ捕まえるのに使ってるからね。
ゴーレムの実用の前例がルキウサリアにはすでにある。
こういう後先の問題は、貴族とかだと面倒らしいから、ソティリオスとしては実用にはユーラシオン公爵家の名前で噛みたかったことだろう。
ウェルンがじっと僕たちの言い分を聞いてる。
どうやら聞いて、色々考えるくらいには冷静らしい。
その結果、ウェルンは僕を見た。
「直接のやり取りはやはり外聞がよろしくありませんわね。錬金術科の先達として、間に入っていただけるのであれば、私もこれ以上煩わせることはないでしょう」
「そうだな、アズロスとしてならそれができるはずだな」
「えー、卒業したら消えるのに?」
ソティリオスまで言うから、面倒が増えるだけってことを訴えたんだけど、二人揃って正気かって顔する。
たぶんラトラスが、ディンカー関係捨てる気だったって言った時に見せたのと同じ反応。
けど、基本アズロスは残らないようにするため僕は活動してる。
錬金術の成果も、錬金術科やクラスメイトの誰かに押しつける形をとってるし。
「そもそも卒業したら僕は宮殿に戻る。アズロスとして活動できないんだから、残すだけ面倒でしょう? ルキウサリアとのやり取りは皇子でもできるし」
「それであのクラスメイトたちが納得するのか?」
「ルキウサリアに残る可能性があるのはウー・ヤーくらいだし。案外、学園という共通の場がなくなれば、学生同士の縁が切れることもある」
それは前世の経験則だ。
特にこっちは連絡手段が乏しい。
移動手段だって限られているから、僕も文通を続けてる乳母のハーティとは数年顔を合わせてない。
特に思うところもなく言ったんだけど、なんだかソティリオスとウェルンが深刻に受け取ったような雰囲気になる。
別に悲しい別れとかないからね。
あえて言うなら乳母のハーティだけど、時間の問題だったし。
今も手紙やり取りして交流は続いてるし。
「その、帝都のご様子は、ご存じですか?」
なんだか言いにくそうにウェルンが切り出すと、ソティリオスも突然の話に疑問を向ける。
「宮殿が占拠された事後処理も落ち着いてきていると聞いているが、何かあったのか?」
「僕はハリオラータ関係で怒られ、あ、いや…………」
ソティリオスに胡乱な目を向けられた。
うん、僕じゃなくて側近がね。
僕自身が何かして怒られたわけじゃないよ。
うん、表向きはね?
「その、まだ噂程度なので、お耳に入れるのは躊躇われるのですが」
知らないとわかってウェルンが引く。
そしてその遠慮の仕方、皇子に関係してるわけか。
「教えて?」
「お前…………」
有無を言わさぬウェルンの真似をしたら、今度はソティリオスから肘鉄食らった。
ただウェルンは、ソティリオスの不敬から気を逸らすように話してくれる。
「実は、ニノホトに近い東の地で、反乱の予兆があるそうです」
「あぁ、前にもあったし、定期的に小さな反乱がおきる土地だよね」
「それが、鎮圧に皇子をという話が、ありまして…………」
「え、また? 宮殿に戻さないようにかな?」
「いえ、第二皇子殿下の…………」
「は?」
思わず険のある声が漏れた途端に、ウェルンが肩を跳ね上げる。
またソティリオスに肘鉄されたけど、聞き逃せない。
「言いだしたのは誰、いや、理由を聞こうか。そうして言うってことは知ってるよね?」
「その、宮殿が占拠されたという事件のために、帝室が強さを見せなければならないと。そのためには第一皇子殿下もされた鎮圧を、第二皇子殿下もと。だ、誰とはぞんじません」
占拠事件で功績少ない軍か、今度こそと意気込む近衛か、ルカイオス公爵の政敵か。
ルキウサリアともども巻き込み中のユーラシオン公爵は、今回は違うだろう。
その上で東と言えば、最近ろくでもない話を聞いた。
テリーがそんな所へ派兵されるとしたら…………それが使えるし、その後の展開も描ける。
「うん、いっそちょうどいいね」
僕の呟きに、ソティリオスは距離を取るし、ウェルンも不安そうに眉を下げる。
けどこれは表には出せないから、僕は笑ってなんでもないふりをすることにした。
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