494話:表には出せない4
グラスハープを教えた後日、またキリル先輩に呼び出された。
「音楽科が完全に乗り気だ。止められないぞ」
「そうですね。もうそこは諦めて、錬金術の有用な一例にしてしまいましょう」
「それだとアズ自身の名が出ないがいいのか? 他にも案はあるのかもしれないが、せめて他のことでその才能を発揮してくれ。そもそも展示自体が音楽科の教師からの強い依頼でやってるんだ。そこに目新しいものを放り込んだら音楽科に食いつかれる。あいつらは一定数とんでもない音楽馬鹿が紛れてるんだぞ」
「それは、初耳です…………」
「その音楽馬鹿を釣り上げたせいで、完全に演奏に人手が入ることになった。だから、止められないぞ」
「はい」
キリル先輩は疲れてるのも、僕にもう一度念を押したのもそういうことらしい。
グラスハープの存在を知った音楽科が、わざわざ錬金術科にまでやって来たのは聞いた。
そして音に惚れ込んだ人たちが演奏すべきだと激推ししてることも。
僕に課題渡した教員も含んでるって言うのも知ってたけど、まさか今以上の規模にしようとしてるってこと?
「えーと、一応やらないとたぶん荒れると思うので、投光器の上映と交互にしましょう。人員はいっそ音楽科から足りない分引っ張っては?」
提案したらキリル先輩は溜め息を吐き出す。
「そうするしかないんだよなぁ。だが、やりたいことしかやらない手合いだぞ、あれは」
「ステファノ先輩のように?」
「あいつは外面繕えるが、向こうはそうじゃなさそうだ」
「では、強気でいきましょう。こっちの展示なんです。そこに入るなら、郷に入っては郷に従えと」
「聞かないんだ。聞く耳持ってたら、自分たちのほうを放棄してこないんだ」
「あぁ、ではやらせなければいいでしょう。そっちで勝手にやってくれと突き放すとか」
「…………必要なのはグラスと水だけなんだな?」
「えぇ、ごく簡単なものです。けれどコツが必要になります。また、音がそれほど大きくはないので、僕たちのようなテントくらいの場所が音も良く聞こえるでしょうが」
取引材料を提示すると、キリル先輩はまた溜め息を吐いた。
「ウルフ、ロクン」
「はいはい。交渉して手綱握れって話だな」
「ただ水入れてもできないのはわかってるし、いいんじゃない?」
商人の出の先輩二人をキリル先輩が指名した。
どうやら音楽科には、エルフと竜人の先輩二人を当てるようだ。
キリル先輩は突然降ってわいた音楽家とのコラボの調整。
完全に任せるわけにもいかないから、錬金術科の少ない人員の調整も必要だ。
展示場所との配置換えや、当日のワイングラスの保全なんかも手間がかかる。
「それで、申し訳ないのですが、僕はそろそろ…………」
「あぁ、わかってる。役人への対応だな」
キリル先輩が三度目の溜め息を吐くと、ロクン先輩が羽の生えた顔を向けてきた。
「役人に睨まれるとかは面倒だし、そっちは頑張ってね」
「いっそ錬金術科の覚えめでたくとかしてくれるとなおよし」
ウルフ先輩が冗談めかして親指を立ててくる。
「聴取される場でそれは難しいですって」
冗談として流したけど、実は正直冗談になってないんだよねぇ。
だって、興味津々になってるんだよね、錬金術に。
これでグラスハープが僕の発案なんて言われたら余計に面倒だし、いっそ他の学科も加わってくれるなら、表に出ないで隠れられそうだ。
あとは、魔法使いじゃ対処できない淀みの魔法使いを錬金術で捕まえたってことに興味津々な人たちの対処を、ほどほどにしなくちゃいけない。
マーケットの後には、長年魔法使いが再現しようとしたゴーレムの再現も待ってる。
(反感含んでるのが面倒だなぁ)
(ヌニェスがやる気です)
移動しながらぼやく僕にセフィラが不穏な情報を教える。
魔法使いで研究者のヌニェスは、魔法使いたちの中にあって不遇だった。
そのせいで他の魔法使いたちと対立することに慣れてる。
錬金術も錬金法関係に集中してもらってるけど、率先して覚えてこういう聞き取りにも手を貸してくれてた。
それはありがたいんだけど、錬金術に否定的な魔法使いたち相手にレスバするんだよね。
(僕への負担軽減してくれるからいいんだけど)
(主人を錬金術師として軽んじる者多数。自らをヌニェス以上の存在であることを顕示すべきと提言)
(しないよ。そんな目立つこと)
(今さらであると改めて断定します)
容赦ないなぁ。
けど今回は僕、一歩後ろに下がる。
そうじゃないと、こういうことで呼び出される機会が増える一方なんだ。
そうなると学業どころかそもそもの錬金術さえ時間が取れない。
ヌニェスを引き込んだことだし、錬金法に関することは丸投げできるくらいが理想。
まだまだかかりそうだけどね。
「申し訳、ございません」
王城で僕に頭を下げる文官は、見慣れた情報技官の上役。
予定どおり聴取を言い訳に、ハリオラータを捕まえた錬金術に関する説明を終えてのこと。
僕は錬金法にも通じる魔導伝声装置をヌニェスに見せるために今日は来てる。
もちろんルキウサリア国王にも、皇帝である父にも許可は取り付けてあった。
というか、僕が直接教える相手として、ヌニェスの存在は思いの外喜ばれたんだけど。
「えっと、どうしたのかな?」
「お恥ずかしながら、本日ご足労いただいた説明の場で、殿下をご不快にさせた者の一人が愚弟なのです」
どうやらこの文官の弟が、錬金法否定派だったらしい。
「別に怒ってはいないよ。錬金術に関して、聞き飽きたくらいの言説だ」
つまるところ、詐欺だ、詐術だ、騙してるんだろうと。
その辺り、十年前から変わってない。
噂にならないように僕がこそこそしてるし、表には出せない封印図書館とかあるし。
「ただ、考慮さえしない人なんていても邪魔だから、今後錬金術関連のものには関わらせてほしくないな。錬金法だって魔法と同じ力を使ってる。最初から否定で入る人じゃ使いこなせないし、他へ悪影響だ」
「はは、ご寛大なお言葉、ありがたく存じます」
文官は深く頭を下げてから、いつもの魔導伝声装置の部屋へ繋がる階段を案内した。
文官の煤けたような背中を見てヌニェスが呟く。
「今後発展の余地しかない分野からの締め出しは、研究者からすれば死刑宣告にも等しいので、良い処断かと」
「え、そこまで? 邪魔しないならそれでいいんだけど」
「えぇ、もうどうでもよろしいことですな」
うん、ヌニェスってけっこう毒気があるね?
初めて見た時は呆然自失でしょぼしょぼだったのに。
まぁ、セフィラ曰く嘘はない人らしいからいいか。
「お…………」
魔導伝声装置の部屋に入った途端、そう言ってヌニェスは固まってるし。
僕は文官にお願いして、ヌニェスに説明の人員をあてがった後は、もうすっかり僕専用になってる応接セットのほうへ行って座る。
「はい、これ。ハリオラータが開発した魔力伝導の魔法。そしてこっちがそれを応用した魔力充填装置の改良案。そして、魔導伝声装置への魔力変換器の設計案に、試験運用の際の確認項目」
僕は書類を持ってきた鞄から机に置いて説明していく。
文官は息を飲んで膝の上で拳を握ってる。
文官の部下らしい魔法使いたちも無駄口叩かず待ってた。
ここには入れてるってことは、この案を実用化するための人員だろう。
「拝見させていただきます」
文官は慎重に書類を手に取り、部下にも回す。
今回大きく機構を変える形を提案するから人手も必要だ。
もちろん屋敷で、開発者のウェアレルにも検討してもらって助言ももらってる。
やっぱり魔法関係はウェアレルが本職だし、セフィラも遠慮せず加えてあれこれ話し合えたのは良かった。
僕なんて前世の知識をセフィラに与えて、この世界にある似たようなものを想起してもらうだけ。
そこからウェアレルに現実的に落とし込んでもらって、前世で似たようなもので起きた問題を一生懸命思い出すくらいだ。
「はぁ…………。このところ、帝都のほうで魔導伝声装置の改良の提案が多く、後れを取っていたのですが」
「そうなの?」
文官がひと通り目を通してから息を吐き出す。
「第一王子殿下が指導された警護の役職の者と、錬金術科の卒業生がご活躍とか」
「いや、使い方教えただけだし、先輩たちは学園で学んだ錬金術の知識じゃないかな?」
レーヴァンはともかく、ヒノヒメ先輩たちも何かしてるの?
その上でどうやら帝都のほうとは競うような関係らしい。
そう言えば司書からも、前のめりで意見求められたな。
あれはこのルキウサリアのほうとの対抗意識もあったのか。
僕としては競うのはいいけど協調も忘れないでほしいところだった。
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