492話:表には出せない2
監獄からの帰り、途中までは歩きだ。
何せ修道院だった監獄、断崖の上にある。
下手に暴れると落ちて死ぬような絶壁で、なんか秘境って言葉がしっくりくるんだ。
だから馬車が通れるところまでは歩きで戻る必要があった。
で、途中でヘルコフとイクトが反応する。
セフィラはそのちょっと前に僕にご注進をしてた。
「ヌニェス、先に馬車へ行って遅れることを伝えて」
「は? …………承知、いたしました」
他にも守りの人員いるけど、何か察したみたいに応じるヌニェスと先に行かせる。
残るのはヘルコフとイクトだけ。
そうして待ってると、なんかばつが悪そうな顔して出てくるクトル。
ハリオラータの頭目の割に、悪いことして叱られる前のような雰囲気だ。
「勝手なことはしないでっていうのは聞こえたかな?」
「はい…………」
うわ、聞こえてたんだ。
どうやったんだろう?
(ここでどうやってたかわからないって言うと、舐められるかな?)
(主人はわかっていて言っていると思っています。その上で、自らを凌駕する存在として認識。その認識を崩すことの利点を求める)
つまり言わないほうがいいわけか。
まぁ、だったら馬車に揺られる間に考察すればいい。
なんだったら今すぐセフィラに聞けば答えは教えてくれるだろうから、僕が考えるのは防止策だ。
「カティに怪我させたのは謝るよ。そんなつもりじゃなかったんだ」
「え、っと…………あれはあいつ、話聞いてないことよくあるので?」
どうやら家族が怪我するくらいはなんとも思ってないどころか、僕の謝罪に警戒してる。
殺す前提でいたからかな?
いや、その前提もどうなんだ。
「女の子に怪我させることは少し気にしたほうがいいと思うよ」
「あ、あぁ」
なんでなるほどって顔してるの。
何これ、僕がおかしい?
「それで、なんでまだいるの?」
「いや、皇子さまに言われたことはちゃんとしてますんで」
「つまり、クトルは懲りずにルキウサリアに潜んでるわけか」
「いやぁ、ちゃんと宿とって、捜されればわかる程度には、っすね」
それはそれでルキウサリア側が卒倒しそうだけど。
今のところ何か犯罪してるわけでもない。
というかこうして現れるってことは、前回と同じく用事があるはずだ。
「それで、今日は何?」
合っていたようで、話だす。
「実は、使える奴を数人、シャーイーの対策にそのまま使いたい。ハリオラータを名乗らせるのはやめるし、必要ならそいつらが死んだと思わせるための偽装もこっちでやる。皇子さまやその周辺には決して関わらせないし、俺らが関わってることも可能な限り伏せる」
どうだろうと、さらにクトルが使う者の能力を提示した。
どうやら連絡や情報収集で使いやすい人たちらしい。
魔法や専用の道具で移動が早かったり、遠くへの連絡手段があったり。
気配を希薄にしたり、幻覚でくらましたりと、つまるところ魔法使いの諜報員だ。
「僕が言ったのは、シャーイーじゃなく、そこに関連する国への対処だ」
訂正すると、クトルは手を開いて言い間違いであり他意がないことを示す。
まぁ、それでも本当にその時になったら使える人材っぽい。
それでクトル側に有利に動いた場合は対処するために、一度セフィラに補足してもらう必要はある。
「あ、心配しなくても、俺を殺せばそいつらも死ぬように魔法で縛ってるから」
うわ、怖。
僕は歪みそうになる顔をなんとか無表情にキープ。
突然そういうダークな話はやめてほしい。
というか、矯正しても犯罪者的な思考は変わらないのか。
こっちへの安心材料でそうしたんだろうけど、本当に命の価値軽いな。
「ただ鉱山については問題があって、ですね」
だいぶ口調が砕けてたせいで、クトルが言いつくろう。
たぶん僕の前後に立つヘルコフかイクトに睨まれたんだろう。
「鉱山の造りは知ってますか? 穴掘って土掘り出してく形で、中は広くて狭い。入り口塞いでも、適当に崩してもまた掘り返して、無事な穴を探る」
「それでも年単位かかるはずだ。もしくは、いっそ何処かに水を溜めるとか」
「あぁ、なるほど。確かにそれだと放棄することも視野に入るな。だが、水が引くのを待つ場合もあり得るから、賭けになるなぁ」
その辺りは詳しくないから僕はあまり言えることはない。
けどやっぱり崩して使えなくするほうが確実か。
「それで?」
そんな話だけならできないと泣き言を言いに来ただけだ。
けどそんな柔な相手じゃないし、こっちは人質を取ってる。
自分の価値を下げるだけのことをするとも思えない。
だったら僕が乗った馬車に喧嘩売って来ないしね。
「内部を把握するために、アルタかイムをこっちと合流させてほしい」
「音か、触覚か、それとも知識?」
「まぁ、マギナでもいいけど、逆にそっちが目の届かないところには無理なんで」
それはそうだ。
操る力は本人の体質と性格で、魔法封じたくらいではどうにもならない。
制御できないなら、監視するしかない相手。
逆をいえば、本人の影響範囲は限定的だということ。
「あと普通に、カティとマギナはあそこがいいって出てくる気ないな」
「あぁ、お菓子あるからね」
「その、ちなみにですけど、いくら使った、です?」
なんか変な敬語になってる。
「料理人に金貨十枚くらい渡してるかな。足りなくなったら追加する感じ。糸目つけなくていいって喜んで、料理人が凝り出してるから、今度は十枚以上出すかもね」
「お…………」
クトルも食には興味が薄いようだ。
思いのほかお高いお菓子に絶句してる。
うん、僕も高いとは思うよ。
平民からすれば一年の食費以上をかけて作られたお菓子になってる。
けどこの国、輸入品が多い分、嗜好品はさらに関税が高いんだよ。
普通に運ぶの労力と時間いるし、小麦とか育たない土地が多いし。
もちろん砂糖を作れるわけもない。
そのせいか、ルキウサリア側が用意した屋敷の料理人がなんかやる気になっちゃったんだ。
お金使ってる報告受けて、ルキウサリア国王にも知られたから、ハリオラータのご機嫌取りにお菓子使ってるのは知られてる。
そしたら宮廷の料理人まで屋敷にやって来て、そっちもお金気にせずお菓子作れるの楽しいらしいよ。
「まぁ、なくなったら終わりにするよ。さすがに散財で僕が変な注目集めそうだし」
「え、どうせなら続けてほしいんだけど、いえ、ですけど」
さすがにイクトが剣の柄握ったらしく金属音がした。
「…………錬金術の実験のついでならいいか」
僕が検討すると、クトルが目元を険しくする。
これは何か誤解したかな。
「お菓子でも料理でも、温度って大事なのは知ってる? その温度を可視化できる装置作れないかなって。で、装置の実験ついでにお菓子作って、お菓子に最適な温度わかれば、それはこの世界に存在する物質の変化を見極める実験になるんだ」
だいたいこっちの人って、熱湯や熱した油に指つけて計る。
正直怖い。
けどそれが当たり前だから、慣れた料理人たちは火傷もしないというフィジカル頼り。
あと、普通に科学実験でも温度計は使うし、作れたらいいなって思って。
お菓子作りで変な目向けられたら、これも錬金術って言い訳するためだ。
「あ、あぁ、へぇ?」
「よくわかってないみたいだけど、別に毒とか食べさせないから。で、そっちの要求はアルタかイムだっけ。それなら代わりにバッソをこっちに入れてもらうことになる」
「あいつの執着はあそこだとあんまり…………」
一応考えてはいるようだ。
確かに火についての執着を満たすのに、閉鎖空間は向かない。
「そこも考えがある。うーんと、ちょっと待って」
僕は携行してた紙とインクで必要素材を書き出すと、ヘルコフに頼んでクトルに渡してもらう。
「火への執着がどの程度か知りたいから、この配合で火薬作って燃やした時の反応見て」
そう言って僕が渡したのは、火薬と鉱物を混ぜ合わせて作る花火の元だった。
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