閑話98:ディオラ
学園には学生が使用できるサロンがあり、城であったため庭園もある。
私がいるのは人と会うための部屋の中でも、ごく小さな可愛らしいサロン。
親しい者と語り合うか、もしくは秘密の話を囁くための。
「お呼び立てしてしまってごめんなさい。どうぞ、楽になさってユリア嬢」
「ほ、本日は、お招きいただき、恐悦至極にございます」
最近親しくしているウェルンタース子爵令嬢のウェルンさんが促す。
声をかけられたのはラクス城校の女子生徒のユリア嬢。
出身はレクサンデル大公国の堅実な男爵家であり、本人に魔法の素質が高い。
帝都で学び、ルキウサリアのラクス城校に入学後も安定した成績を保っている方。
「緊張なさらないで。まずはお互いに自己紹介から始めましょう?」
王女である私と、帝国の歴史ある伯爵家の跡取りの子爵家の令嬢。
緊張しない人のほうが少ない取り合わせだということはわかっている。
それでも強気のウェルンさんよりも、意図して柔らかく声をかけた。
互いに名乗り合って、まずはお茶とお菓子で緊張をほぐす。
話をしたくて呼んだにしても、このままではあらぬ疑いをかけられてしまいそう。
「ディオラ姫、そろそろ」
「まぁ、ウェルンさん。せっかちはいけませんよ」
そんなことを話す私たちに、ユリア嬢も意を決して告げる。
「あ、あの、できれば、お呼びになられた理由を、お教えいただきたい、です」
ユリア嬢もせっかちらしい。
とても繊細な話なのだけれど、ウェルンさんははっきりおっしゃった。
「あなたの日頃の振る舞いがあまりにも目についたものですから」
責めるようなウェルンさんの言葉に、顔が強張るユリア嬢。
その直接的かつ誤解しか生まない事実に、私は慌ててフォローを口にした。
「驚かれるのも無理はありません。実は先日、あなたが親しい男性方とお話ししている様子を見てしまいましたの。それに関して少し、助言をさせていただければと思います」
「え、あ…………もしかして、エフィ?」
ユリア嬢は言った途端顔を真っ赤にした。
「あ、あいつは何も、親しいとかなくて! いえ、あの、その、風紀を乱すような仲でもなく! そ、そもそも? エフィなんて魔法学科から錬金術科に転向するような奴ですし? お、幼馴染のよしみで声をかけて…………!」
大慌てで声も高くなってしまっている。
そのあからさまな姿に、私は頬に手を当てて困った。
さらにウェルンさんは眉間を険しくしている。
「落ち着きなさい」
「は、はい」
ぴしゃりとウェルンさんに叱られ、ユリア嬢も無駄に話した自覚があるのか、真っ赤なまま口を引き結んだ。
いっそ気の毒なくらい恥じ入っている。
こんな風に必死に喋って、無闇に言葉を連ねて、そんな姿を私とウェルンさんは目撃したのだ。
そしてウェルンさんはその対応が我慢ならないとこの呼び出しに繋がる。
やはり、どう考えても誤解しか生まない流れだった。
「淑女であるなら、自らの言葉に責任をお持ちなさい。何を言っているのか今考え直してはいかがかしら?」
「は、はい」
叱られて俯いてしまうユリア嬢に、私はできるだけ優しく声をかける。
「あまり深刻にはならないでくださいな。これは助言。ウェルンさんも、あなたがよりよく関係を築けるようにと願ってのことなのです」
「か、関係!?」
また過剰反応してしまうユリア嬢に、ウェルンさんが遠慮なく踏み込んだ。
「婚約者の候補に名乗りを上げたのでしょう? なのにあのような態度では決して振り向いてもらえなくてよ。主張するのはもちろん大事です。けれどそれで相手を貶してどうするのですか」
「そ、あ、う、うぅ…………」
ユリア嬢は言い訳を口にしようとしたけれど、許さないウェルンさんの表情に口ごもる。
もちろんこちらも呼び出すにあたり、錬金術科のエフィと呼ばれる方との関係は調べてあった
春にレクサンデル大公国の競技大会で成績を修め、けれど入学体験の際に問題を起こしたため評価されず。
さらには錬金術科への転向により反感が強いものの、第二皇子殿下の窮地を救うという功績から見直す声が上がり、新たに婚約を結んではどうかという話になったとか。
「そもそも、帝国貴族である私の前で、帝室の恩人である方を侮辱する意味を考えなさい」
「そ、そのようなつもりではございません!」
厳しく誤解が生じると明示するウェルンさんに、ユリア嬢も慌てる。
もちろんそうだろうことはわかっている。
とは言え、ウェルンさんはご実家が帝室と深い繋がりのある出自。
そう考えれば、ユリア嬢のエフィという方を貶す発言は軽率以外の何物でもない。
もちろん、いっそ正気を保っていられなかったような慌てぶりは理解できるのだけれど。
一方的に喋ってしまう気持ちと、その後の気まずさに、私も身に覚えがある。
そんな共感から、私はユリア嬢のフォローに回った。
「もちろん、ウェルンさんも本気ではありませんから。ですが、いつ誰に聞かれて不利になるとも限りませんので、まずは落ち着いて話すことを覚えましょう?」
「は、はい」
さすがにこれだけ諭すと、ユリア嬢も落ち着いたようだけれど、同時に落ち込んでしまったらしい。
そこにまたウェルンさんが容赦なくおっしゃる。
「そもそも、意中の方に失礼なことをおっしゃっている自覚はありまして? ないのであれば、その心持ちが間違っています。あれではお相手が考えることなど、あなたに嫌われているということくらいでしてよ」
「い、意中!?」
「そこではなく、嫌われるかもしれないということを、気にかけましょう?」
私が言うとユリア嬢は初めて思い至ったと言わんばかりに息をのむ。
それだけ思い人の前では平静を保てずにいたのだろう。
ウェルンさんが声をかけたのも、そのせいだ。
あまりにも、このままでは見込みのないユリア嬢が哀れだったから。
「今のままでは決して振り返ってはもらえませんよ」
「う、それは…………」
ウェルンさんは本当に容赦なく突きつけている。
ただユリア嬢も自覚があったようで、悩ましげに言葉を絞り出した。
「で、ですが、話を、聞いてくれないのです! 同じ幼馴染でも、私には声をかけないのに、同性の友人たちには勝手に会って!」
ユリア嬢が堪らず心の内を吐露し始める。
どうやら疎外感もあって、あの過激な対応だったようだ。
魔法学科での状況も、エフィという方は一人で対処しようとした。
近寄るなと拒絶にも近い状態で遠ざけられ、その上で勝手に錬金術科へ転向。
心配しても、何でもないような顔をし、かと思えば、自分以外のレクサンデル大公国出身で、共に帝都で魔法を学んだ者には声をかけていた。
「わ、私だけ、縁を切られるんじゃないかって…………! それに私がいなくても、三人で楽しそうに笑ってたり! なんの話をしてるか聞いても、男同士だからとか! それに錬金術科でも親しい友人を作っていて、紹介もしてくれなくて!」
もうユリア嬢は悔しそうに泣き始めた。
たぶん誰にも言えなかったのだろう。
家の問題に発展し、距離ができてしまったお相手を、素直に心配することも周囲の目とお相手の立場を思えばできずにいた。
力になりたいと願っても、何もできなかった結果だけがあり、同じ立場だと思っていた幼馴染は、同性という理由で近くにあり、自分だけが遠ざけられたような疎外感を感じ。
だから、思いが溢れて制御できなくなるのかもしれない。
私はハンカチを差し出して、ユリア嬢の隣に座ると背中を撫でる。
「「わかります」」
つい口にした言葉が、ウェルンさんと重なる。
顔を見合わせれば、思い浮かぶのはきっと同じ光景だということも想像できた。
何も言わずにいつの間にか仲良くなっていたアーシャさまとソーさん。
しかも二人で何やら隠しごともある様子。
私の方がアーシャさまとは、長く親交がある。
ウェルンさんだって同じだ。
だからこそ、ずるいと思ってしまったことがある気持ちはよく分かった。
「いつの間にか妙に親密で、しかも常にそちらに意識が向いていて、こちらを見てもくれないのです」
「えぇ、そのお心を少しでもこちらにいただけないかと話しかけても、すぐにご友人に奪われてしまいます」
「えぇ、男の子が友人と気兼ねなく語るのが楽しいのはわかるけれど、少しくらい意識してほしいですよね!」
ウェルンさんと私が溜め息を吐くと、ユリア嬢も拳を握って訴えた。
そうして初めて、ユリア嬢は私たちが声をかけた理由を察した顔をする。
その後は、お互いに意中の相手が友人を優先する状況への思いを語り続け、お茶会は思いのほか長引いたのだった。
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