490話:冬に向けて5
今年のマーケットは去年同様、投光器での上映、飲食物の販売、錬金術の展示。
それらの内容は変えて、反応を見る形だ。
その上で、新規でワンダ先輩のプレゼンツの化粧品の展示販売も行う。
「それで、どうして僕たちこんなことに?」
僕は教室でそう聞くしかなかった。
集まってるのはクラスメイトなんだけど、ただ一人、並べられた男子から外れて、イルメだけがワンダ先輩側にいる。
そして僕たちの目の前には錬金術科の女性陣が揃っていた。
イデスはまだ登校できてないけどね。
まぁ、実家が黒だからしょうがない。
変なことをされないように、直接連絡が取れるイデスは軟禁状態だ。
「参加しなかった分の説明でしてよ」
ワンダ先輩はご満悦でそう返す。
どうやらプレゼン参加してないクラスメイトに向けてのデモンストレーションらしい。
「いや、だったらアズがこっちはおかしいだろう」
「っていうか、どうして化粧品俺たちに使うのさ」
冷静に突っ込むウー・ヤーに、ラトラスがそもそものおかしな状況を指摘した。
僕の隣で化粧品のデモンストレーションに使われたエフィも不満を漏らす。
「やるべきはイルメじゃないのか? 男に化粧はどうなんだ?」
「まぁ、先輩方。舞台に立つには男も化粧をするので珍しいことではございませんことよ」
そういうのは上機嫌に太く長い虎の尾を振る後輩のウィーリャ。
もうそんな言い分なんて聞かず、ネヴロフが現状の不満を口にした。
「なぁ、これ何塗られたんだ? 毛が、重いし取りたい…………」
化粧品は、人間用だけではなく、獣人用もあった。
ついでに、海人にも使えるはずってものもウー・ヤーが試されてる。
「あ、あの、使用感をお聞かせいただけませんでしょうか?」
真面目にメモを持って聞くのは、ニノホト出身の後輩ショウシだ。
「毛が重い。あと匂いがなんか、すごく、他の匂いわかんなくなるから嫌だ」
「見る限り毛づやをよくするんだよね? けどこの塗ってる感どうにかならない?」
正直なネヴロフに、ラトラスも猫の手で顔をこすりながら不快感を訴えた。
それにトリエラ先輩が眉を下げる。
「お化粧ってそういうものだからなぁ。私も化粧品の匂い苦手だけど、それはましなんだよ」
「獣人の側の感想は、ウィーリャと同じで想定内ですね。そちら海人としてはいかがでしょう?」
竜人の後輩クーラが、真面目にウー・ヤーへと聞き取りを始めた。
「油多すぎないか? たぶん乾燥防止なんだろうが、皮膚が一枚増えたような感じだ」
基本的に何か塗られたくらいにしか、やられた僕らにはわからない。
洗顔を命じられた後は、三種類くらい顔に塗られた気はする。
さすがに本格的な化粧はされてないけど、触ると指先につくからファンデーション?
前世のオールインワンとかいう化粧品のCMで、化粧水、下地、ファンデーション、これ一本とかあったから、そういうの塗られた?
「アズ、触っては駄目よ。はげてしまうわ」
イルメに怒られた上で、塗り直される…………。
いや、いっそもう落とさせてほしいんだけどな。
「…………女性の、苦労を知ったよ」
「そんなのはもう知っているからどうでもいいの」
反応を見るために無難な感想を言ってみたら、イルメにすっぱり切られた。
つまりほしいのは改善点に繋がる感想らしい。
女性陣で考えて意見交換はすでに終わってるようだ。
その上で性別が違うことから、別の視点を求めてこんなことをしてると。
「女性のあくなき探求心がすごいなぁって」
「それもどうでもいいわ。あぁ、けれどウー・ヤーのような肌色に、人間を元にした色は似合わないし、エフィほど血色の良い肌にも似合わないことはわかったわ」
「はい…………」
考えつつ思ったことをいうと、もう僕たちを並べて眺めたイルメのほうが建設的な意見を言う。
これはちゃんと考えて答えないと解放されなさそうだ。
化粧なんて前世でもしたことないけど、CMや広告のうたい文句は日常的にあった。
化粧品の種類は知らなくても、今ないものならわかるし、ちょっと現状だと僕には必要なものが思い浮かぶ。
「これ、落とすときどうするの? 落としてさっぱりできる?」
聞いたら、揃ってはっとされた。
どうやら化粧落としはないらしい。
油使ってるっぽいし、水だけじゃ落としきれないんじゃないかな?
エフィが気遣い交じりの言葉を無下にされた僕を窺いながら、恐々感想を伝える。
「その、実はすごく今、肌が痛い。これは、何か配合を間違えたりは?」
「あー、肌に合わないのかも? もしくは怪我してるところある? 僕と同じものを塗ったはずだし、ともかく早い内に落としたほうがいいよ」
制汗スプレーとあせもなんかで、僕も経験があって教える。
学生時代の同級生には、日焼け止めが合わなくてひどいニキビ肌になってた人もいた。
武芸の練習で少しというエフィは、すぐさま顔を洗う許可が出た。
途端に地肌が赤くなってるのがわかる。
小さい傷周辺とかじゃないから、何か成分が合わなかったんだろうけど、これ幸いと全員落とした。
「なんか毛がぬるつくぅ」
「俺は毛づやがいいままだから、見た目気にする客相手に会う前にはいいかな」
嫌がるネヴロフと、良くなったというラトラス。
ウー・ヤーも自分の肌を撫でながら頷く。
「確かに落とした後は乾かないし、唇はましになったな」
海人は乾燥に弱い。
冬場はもちろん、春先にも乾燥して僕の警護のイクトに心配されてたのを思い出す。
「えぇ、そちらあなたが愛用しているという保湿剤を元に作ったのです。ですが、あまりいい反応ではありませんわね」
「うーん、慣れじゃないかな? 私もお化粧慣れてないから、やると顔に皮一枚塗りつけた気分になるよ」
貴族庶子のワンダ先輩に、村出身のトリエラ先輩が助言する。
「獣人に毛質の違いがあるように、人間にも肌質の違いがあるのですね」
「うん、私は周辺の水自体が肌に合わないみたいで困ってるもの」
種族差に目を瞠るウィーリャに、ショウシが実は、と苦笑する。
そう言えば遠国のお姫さまだし、水が合わないってあるのか。
軟水とか硬水とかあるし、水自体が駄目なら大変そうだ。
そう考えると、どうしてワンダ先輩に票が集まったかもわかる気がする。
女子会の成果すごいな。
不器用なワンダ先輩一人じゃ無理なところを、仲間を募ったってところか。
けっこうな成長だ。
廃れて使い方さえ間違って伝わるような錬金術を、今の状況に必要とされる形にできるのは、一つの才能かもしれない。
「それで、他には?」
クーラが事務的に聞くんだけど、けっこう積極的だ。
これは竜人用にも何か作ってるのかな?
「エフィの例を見ると、いきなり肌全体はちょっと慎重になったほうがいいかも」
僕がそう言うと、頷いてクーラはメモを書く。
言っていいのかわからないけど、思いつきでも向こうが検討するかな?
「化粧品って、けっこう好みがあったりしない? みんな言ってたみたいに、匂いや肌に触れた時の感触とか。マーケットは不特定多数がやって来るんだ。だったら、少し試せるくらいのもので様子を見るべきじゃないかな。それと、合うなら合うで幅広く使えるものを提供して、より多くの反応を求めてみてもいいんじゃない?」
マーケットは王侯貴族も来るけど、それ以外の平民もいる。
客層の幅はそれなり広い。
特に錬金術科は今までまともに客もやってこなかった。
なので客層を絞ったマーケティングなんてないんだ。
去年の投光器なんて、物珍しさで貴族も町人も幅広く集まった。
今年はある程度落ち着くにしても、やっぱり幅は読み切れない。
そうなるとお高い化粧品とか、価格帯がそもそも違う人たちもいるだろう。
「たとえば、興味を持ったくらいで買える価格帯で…………唇専用の保湿剤とか? 小さくて済むだろうし、誰でも唇切れると痛いし」
ウー・ヤーを見て、そんなことを口にする。
思いついたのはリップだ。
それだったら乾燥肌の男でも使ってた。
口って毎日使うから、割れると本当に痛いしね。
「カラーバリエーションを揃えるは難しいですし、種族ごとにどれくらい需要があるかも未知数。けれど確かに唇と限定するならば、すそ野を狭めるのではなく、老若男女に広げることにも?」
ワンダ先輩が検討し始めると、女子が集まって話し合いが始まる。
僕たちはそれを見て、逃げるように投光器の改良に手をつけたのだった。
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