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489話:冬に向けて4

 ハリオラータに対応しつつ、冬を前に天の道のこともやらないといけない。

 雪に閉ざされると対応が遅れるし、皇帝である父から転輪馬のほうを進めるよう言われるし。

 そのため前倒しぎみで天の道を作って試用データを集めることになった。


 そんなこともしつつ、僕は学業も疎かにできない状況だ。


「なぁ、ほら! やっぱり黄色くなるんだって、厚くすると」

「だが、薄く作ったところで回す時に破れては意味がない」


 教室でネヴロフにウー・ヤーが意見を戦わせてる。

 それを見てラトラスが思い出すように錆び柄の手を振った。


「去年は途中で絵自体が破損したもんね。あれは困るなぁ」

「蛇は表面の傷が多すぎるし、ガラスはやはり重量が問題だからな」


 樹脂以外を検討するエフィに、イルメが他にも試した素材を上げる。


「虫の羽根の透明な部分を継ぎ合わせると耐久力が駄目だったものね」


 あれこれ言うクラスメイトに背を向けて、僕は一人机で課題に取り組む。

 錬金術科に限らず、他の学科でももらったせいで、机に積み上がってるんだ。

 もう補習のお願い三回目で、先生たちも適当な過去問ほうってきたりしてる。

 そのせいでひたすら用紙を埋めてく作業が終わらない。


 二人が争ってるのは、樹脂から作ったフィルムについてだ。

 前世でも樹脂だったし、そういうところに落ち着いてるのはいい。

 けど違うのは、樹脂飛ばして攻撃してくる木型の魔物の分泌液ってところ。

 速乾で表面もつるっと固く素材としてはありなんだけど…………。


「はぁ」


 思わずため息が出た。

 僕だってそんな面白素材採集から加わりたかったよ。

 知らない間にみんなで魔物を狩りに行ってて、登校もしてなかっただろって言われればそうなんだけど。


 なんて考えてたら、いつの間にかクラスメイト全員から手元覗き込まれてた。


「え、何?」

「あなたが息を吐くほど難しい問題かと思ったのだけれど」

「普通に解いてるな。特に難問があるようにも見えない。なんだ?」


 イルメとエフィに聞かれて、仕方なく僕は言わずにいたことを口にする。


「樹脂のそのものの色よりも、上から色を塗った時に、透過してどれくらい影響するかを見たほうがいいよ。黄色ってけっこう見えにくいから。いっそ、もっと濃くして黒くすることで、光を無駄に散らさないように作れば、ちょっとの色味は気にならないかも」

「それもそうだね。ってことは去年と同じようにまずは絵を描いてもらおう」


 僕の助言を受けて、ラトラスが提案した。

 ネヴロフは厚さの違う樹脂を光に翳しながら、僕に聞く。


「アズはまだ終わらないのか? どうせなら一緒にやろうぜ」

「できれば僕もそうしたいよ」

「だが、授業の合間に課題を済ませて、今日は時間になればキリル先輩の手伝いだな」


 ウー・ヤーがすでに伝えてあった僕の予定を口にする。

 そう、今日はキリル先輩の手伝いという名のマネジメントがある。

 新規の錬金術発表をするかどうかのプレゼンだ。


 僕は課題を切りのいいところまでやった後、一人移動して上級生の教室へと向かった。


「来たな、アズ。ちょっと変更というか、ワンダが上手くやった。思ったより早く終わるかもしれない」

「はい?」


 就活生の教室でキリル先輩がそんなことを言う。

 就活生以外に後輩の新入生たちもこの教室に集まってた。


 僕のクラスメイトは投光器にかかりきりで、プレゼン自体には不参加だ。

 ネヴロフやウー・ヤーが発表できそうなものもやってるけど、他で動いてるし今回は見送りになってる。

 まぁ、僕が口出ししたせいで、発表より先に進んでるからね。

 ラトラスのディンク酒関係やエフィの精霊辺りは表に出せないし。


「その前に、投光器のほうでの用事を済ませていいですか?」

「なにぃ?」


 投光器って言葉だけで、すぐにステファノ先輩が反応した。

 絵の関係だと本当に反応いい。


 僕はクラスメイトから預かって来た樹脂のカードを渡す。

 大きさははがきサイズで厚みは三段階。

 透明度を重視したもの、黄色いけどまだ薄いもの、完全に黄色くて厚いものだ。


「これに同じ絵を描いてください。それで樹脂の色自体がどうなるかを検証してみます」

「いいともー。…………あ、駄目だ」


 勢いから一転、ステファノ先輩が思いの外真剣な声を漏らす。

 見れば、一番薄い透明度重視の樹脂に穴が開いていた。

 ステファノ先輩が持ってるのは絵筆だけで、力ずくで開けたようにも見えない。


「あれ、溶けてる? 不良品でしたか?」

「違うと思うよ。たぶん絵具の何かに反応して溶けたね」


 下絵なんてなしで一発書きしようとしたかららしい。

 とは言え、いったい何が反応したかは想像がつかない。


 この場ですぐに対処はできないだろうな。

 いや、けどステファノ先輩なら対処してくれるかな。


「ステファノ先輩はプレゼン参加しないですよね? 興味は?」

「今はなんで穴開いたかが気になるよぉ。これじゃ絵が描けないしねー」


 だいたい笑顔のステファノ先輩が、珍しく不服そうに樹脂を見てる。

 筆についた溶けた樹脂と見比べて、何が影響したかを真剣に検討しているらしい。


「では、それらと必要な道具を持って、僕たちの教室にどうぞ。そちらで相談してください。樹脂を溶かす要因が何か、厚みで樹脂は対処できるのか、それとも樹脂自体に手を施して対処すべきか。それらを話合っていただけると助かります」

「いいともー。あと、この樹脂ってけっこう描く時に癖がありそう。もしかしたら絵の具を乗せても回すと絵が落ちるかもねー」


 ひと筆でそこまでわかるのか。

 そうなるとなおさら、ステファノ先輩にはクラスメイトと一緒に対処してもらいたい。


「場合によっては既存の絵の具以外での色つけを考えたほうがいいかもしれませんね。速乾、もしくは色はごく薄くても一度で強い色が乗るように」


 つまるところ、油絵的な手法にあわない描き方になる。

 色を重ねて描く油絵よりも、プラスチックにも書けるペンのような。

 何が正解かはわからないけど、まずは目の前の問題から改善していくしかない。


 僕に言われたことに頷きながら、ステファノ先輩は準備を始めた。

 そして振り返ることなく、絵を描くための道具を抱えて教室を出て行く。


「お前もあいつの扱いに慣れて来たな?」

「キリル先輩ほどじゃないですよ」


 言ったらなんとも言えない顔された。


「お待たせしました。それで、何がワンダ先輩を有利にしたんですか?」

「実は、ワンダが女子生徒の票を先にまとめた」

「プレゼン前に? それは少々フェアじゃないですね」

「いや、今集まってプレゼン内容のタイトル報せた瞬間だ」


 つまりは、あからさまなことはしないけど、すでに根回しは終わっていたと。

 決定じゃないけど、先にどんなものかを知らせていた可能性はある。

 知らせて、興味を引いていたんだ。

 これはもしかして、女子会の成果かな?


 四票をすでに獲得してるワンダ先輩に比べて、男子生徒のほうが多いけど浮動票だ。

 さらにプレゼンする側に投票権はないし、進行の僕とキリル先輩にも持ってない。

 つまり、今この場にある中で、四票は投票できる半数になる。

 先に女子を押さえるのは強いとしか言いようがない。


「あと、内容も普通に安定していて期待が持てる。見てみろ」

「あー、化粧品ですでにものもあれば、女子生徒からの使用感の感想を、プレゼン資料として求めていたんですね」


 なるほど、グレーだけどまぁ、白だ。

 根回しはこういうモニターとしての協力の上で、本人は投票を誘導することは言わなかっただろうし。


 それに比べると、竜人のロクン先輩がプレゼン予定の燃焼実験は、展示としての安全確保が難しいし、冬に外で長々と見せるのは辛い。

 駄目な先輩のオレスは、エメラルド板の注釈って手垢がついた内容だし、これと言って客の目を引く工夫もない。

 新入生のポーは、状況によって変化する毒物の紹介って、飲食物扱うところで紹介するものじゃない内容だ。


「この中では、話題になりやすいのは確かに化粧品ですね」

「だろうな」

「「「えー」」」

「わかっているじゃない、ほほほほ!」


 発表予定の三人から文句が上がるけど、ワンダ先輩は勝ちを確信して高笑いを始める。

 うん、これは確かにワンダ先輩が上手くやったね。


「人間に限らず、獣人や竜人、エルフ、海人にも配慮した内容はよく考えられていると思います」

「海人はウー・ヤーだろ? なんであいつ入ってるんだ?」

「海人、乾燥がひどいらしいですよ」


 そんな話しつつ、まずワンダ先輩のプレゼン聞いて、我こそはって三人の中に言える人がいるなら続けてという形になる。

 結果、筋の通ったワンダ先輩のプレゼンを越えられる参加者はいなかったようだ。


定期更新

次回:冬に向けて5

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クラスメイト仲いい~ 種族ごと化粧品はあれば売れるね…!食いついてくる人多そう エフィの決闘ってハリオラータ騒ぎでうやむやになったりした?
学生同士ぼわちゃわちゃにほっこり(´(ェ)`//) 化粧品でウー・ヤーと言えば、7巻でも出てきた保湿剤ですかね? 現代でも手作り保湿剤って質や匂いが良ければ売れるし、市販の油(オリーブ油や無塩バター…
アズのため息で心配してプリントを覗き込んでくれるエフィとイルメ、他みんなでクラスメイトの絆を感じさせる場面でした。 めちゃくちゃ好きなシーンで、伝わってほしい〜! 前回でマーケット無双しちゃう?って…
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